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「はーい、みんな!
次は──ソーレンお兄ちゃんとの
楽しいお遊びの時間だよ!」
アラインの澄んだ声が、店内に響き渡った。
声に反応した子供たちが、いっせいに
「わーーーい!!」
と歓声を上げる。
ドタドタと椅子を押し
弾むような足取りで裏庭へ向かって走り出す
その後ろ姿を見送る職員たちも
思わず笑みを漏らしてついていった。
午後の柔らかな陽光が裏庭の芝生を照らし
風に揺れる桜の枝が
優しく子供たちを迎え入れる。
──しかし
「──っ!?
アライン⋯⋯てめ、このやろっ!」
裏庭の出入口に現れたソーレンが
両手を広げて迫り来る子供たちに包囲された
その瞬間
地団駄を踏むように怒りの声を上げた。
アラインは笑いを堪えながら小首を傾げる。
「ソーレン?
子供たちの前で
そんな言葉遣いは良くないわよ?」
「⋯⋯レイチェル。お前まで、俺を⋯⋯!」
レイチェルが、手にトレーを持ったまま
裏庭を覗き込み、くすくすと笑っている。
「だってぇ
ソーレンがちびっ子に囲まれてるなんて⋯⋯
おもしろ──じゃなかった
頼もしいじゃない?」
「ふふ⋯⋯
ソーレンさん、完全に人気者ですね?」
時也は穏やかに微笑みながら
空いた皿を一枚一枚慎重に重ねている。
賑やかな裏庭の声を背に
喫茶桜の中では
ゆったりとした片付けの時間が始まっていた
「⋯⋯そう言えば
子供たちの前にアラインさんが現れることも
あるんですね?」
時也がふと問いかけるように言葉を継ぐ。
「まぁね?」
アラインは肩を竦めて答える。
「一応、双子って設定で通してあるよ。
説明も簡単だしね」
「⋯⋯なるほど。
それならば、ライエルさんの穏やかな印象が
損なわれることもありませんね」
「ふふふ。時也?
ボクだって穏やかな
〝お兄さん〟のつもりだけどなぁ⋯⋯
さて、 ソーレンがもみくちゃになってるとこ
見物しに行こうかな」
アラインは軽やかに言い残すと
裏庭への扉を開けた。
⸻
裏庭では、まさに
〝小さな嵐〟が吹き荒れていた。
ソーレンが両手で子供を持ち上げ
くるりと一回転させては
そのまま空中にふわりと浮かせて──
ふわっと安全に降ろす。
「もう一回!」
「次はわたしー!」
と次々に手が伸び
彼の両肩にはいつの間にか複数の子供が
しがみついていた。
顔を引き攣らせながらも
ソーレンは丁寧に一人一人対応していた。
「ほら、バランス崩すなよ?
勝手に手ぇ離すなって!
服伸びんだろ、こら⋯⋯!」
そんな様子に
アラインは芝生の端で立ち止まり
口元を指で隠して笑みを深めた。
「みんな、楽しんでるね
⋯⋯って──ありゃ?」
次の瞬間、突然身体が〝引かれた〟
ぐん、と強引な力がアラインの足元を崩し
地面から数センチ浮いたと思った瞬間──
引力が向かった先には
子供たちの中心で腰を据えたソーレンがいた
「ちょっ⋯⋯ソーレン!?」
「逃がすかっっ!!」
ソーレンの拳がぶん、と唸りを上げて
振るわれる──!
だが、その直前。
アラインの体はふわりと回転し
ソーレンの肩に手を乗せ
まるで踏切台のように押し返して──
後方へ華麗に宙返りする。
コートの裾が弧を描き
着地の瞬間には草花さえも乱れなかった。
「うわぁ!」
「アラインお兄ちゃん、すっげー!」
「かっこいいー!」
歓声が、庭に満ちた。
アラインはクルリと一回転しながら
子供たちに手を振る。
「ふふ⋯⋯
ボクは、優雅なヒーローだからね?」
その時
ソーレンが口元を歪め、片眉を吊り上げた。
「⋯⋯アラインお兄ちゃんよぉ。
戦いごっこ、付き合えよ。
お前が怪人役な?」
「おやおや、それはつまり──
ボクが〝悪役〟ってことだね?」
「合ってんだろ」
「ふふ⋯⋯
じゃあ、ボクが〝絶対悪〟として登場して
君が〝正義の味方〟として
華麗に敗北する構図かな?」
「やかましいわ!!」
ソーレンの声に
子供たちがきゃあきゃあと歓声をあげる。
裏庭の中央、芝の上。
子供たちの歓声が遠くに霞んで聞こえるほど
その空間の〝温度〟だけが
ひとつだけ異質だった。
向かい合うのは、アラインとソーレン。
互いに笑みを浮かべてはいるが──
その瞳には一片の油断もない。
アラインは、細い身体をゆるりと左に開き
右足をやや後ろに引く。
その姿は踊るように優雅でありながら
指先にまで殺気を帯びている。
脚の重心は見えにくく
相手に〝隙〟を錯覚させるような構え。
対するソーレンは、両足を肩幅に開き
重心を深く腰に乗せていた。
全身の筋肉が無駄なく締まり
獣が地を這うような低姿勢。
顔には不機嫌さを隠せないままだが
その奥に潜む集中は鋭い。
──見た目は
子供たちへの〝ヒーローショー〟
だが、二人にとっては
それを口実にした〝真剣な組手〟だった。
「──いくぞ」
ソーレンの唸るような声が
地を揺らすように響く。
次の瞬間、地を蹴った。
砂埃が巻き上がる。
ソーレンの拳が
一直線にアラインの顔面を目がけて走った。
だが──
アラインは微笑んだまま、一歩。
それだけで、拳は虚を突き抜けた。
その場に残ったのは、アラインの〝残像〟
「おっと、惜しいね」
その声が聞こえた時には、ソーレンの背後に
すでにアラインの姿があった。
鋭く振り返ると同時に
肘打ちが振り抜かれる。
だがアラインは身を捻りながら
手首を捕らえ
そのままソーレンの腕を利用して
肩越しに投げ飛ばす──!
「うおっ⋯⋯!?」
ソーレンの体が宙を描く。
だが地面に叩きつけられるその直前
重力を逆転させるように、ふわりと着地する。
「ちょこまかと⋯⋯!」
再び、踏み込む。
今度は下段蹴り。
地を薙ぐような強烈な蹴りが
アラインの足元を襲う──!
だがアラインは、跳ぶ。
細い身体が宙を舞い
まるで重力など存在しないかのように
ソーレンの肩に着地する。
「ほんと、キミってば
動きが直線的なんだよねぇ」
その言葉にソーレンの眉が跳ねる。
「だったら止まってろ!!」
咆哮とともに
ソーレンが重力を反転させる。
アラインの足元に、逆向きの圧が走り──
が、それすらも読み切っていたかのように
アラインは宙返りをしながら
彼の背後に柔らかく着地する。
その間、子供たちは大歓声だった。
「ソーレンお兄ちゃんがんばれー!」
「アラインお兄ちゃんつよーい!」
職員たちも拍手しながら
「まるで本物のヒーローショーですね」と
目を輝かせている。
だが、ただひとり。
厨房の片隅から裏庭を見守る男──
時也だけは
その場の〝空気〟が変わったことを
察知していた。
そして、静かに──袖口に指を滑らせる。
⸻
決着を告げるように。
ひらり──と
空に舞ったのは、無数の〝桜の花弁〟
だが、それはただの花ではなかった。
──刃だ。
気付いた二人は、ほぼ同時にステップを切り
互いに距離を取って着地した。
空気が張り詰める。
しかし──
「わぁぁぁ!お花だー!!」
「きれーいっ!さくらださくらーっ!」
無邪気な子供たちは
花弁に歓声を上げて駆け寄っていく。
だが──
彼らが手に取る頃には、すでにその花弁は
鋭さなど持たぬ〝本物の花〟になっていた。
「はい、皆さん!
本日の〝ヒーローショー〟はここまでです」
時也の声が、柔らかく裏庭に響く。
「また次回
素敵な冒険をお楽しみにしてくださいね?」
「「はーーいっ!!」」
子供たちの声が、裏庭いっぱいに広がる。
ヒーローと怪人の戦いの幕は
花吹雪とともに閉じられた。
そして──
その裏で火花を散らしていた二人は
何事もなかったように
それぞれの〝お兄さんの顔〟に戻るのだった