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俺は、LINEで七美を夕食に誘った。
後日、本来自分とは縁のない三ツ星レストランにやってきた。閑静な高級住宅街の中にひっそりと佇む洋館風のレストラン。予約は、三年待ちとか……。
「青井様。お待ちしておりました。さぁ、こちらへ」
「は、はいっ!」
今も手の平で光る黒いカードを見つめた。二川さんから貰ったこのプラチナカードは、予約せずに自分が好きなタイミングで食事が可能。夢のような、フリーパスだった。
テンションが上がり、ニヤニヤが止まらない俺とは対照的に、七美は先程から明らかに機嫌が悪かった。
「あっ、俺さ………。こういう店、慣れてなくて……。七美なら、詳しいだろ?」
「まぁ、そうですね。アナタよりは、慣れてますけど」
頬杖をついて、つまらなさそうに窓の外を見ている。
「……ふ…二川さんにせっかく貰ったカードだからさ、使わないと勿体ないだろ? 一度くらいはさ」
「私がいれば、そのくだらないカードすら必要ないですけどね。顔パスなので」
「へ、へぇ………そうなんだ。やっぱり、すごいなぁ。七美は」
「別に大した事ではないです」
「…………………」
雑誌でしか見たことのない鮮やかな料理群が、テーブル上を華やかに彩る。個室なので、他の客の目を気にする必要もない。
「七美は、食べないの?」
「食欲ないので、私の分も青井さんが食べてください」
七美が、俺と敬語で話す時ーーー。
それは、彼女がかなり機嫌が悪い時だと過去の経験で知っていた。
「なんだよ、さっきから。気に入らないことがあるなら、はっきり言えよ!」
焦りながら、少し怒った振りをした。
「っ……。すごく……楽しみ…に………」
「えっ? なに」
「タマちゃんが、食事に誘ってくれるなんて滅多にないから、昨日から眠れないくらい楽しみにしてた………。それなのに実際来てみたら、あの泥棒猫グループのレストランだし……」
「泥棒猫? え、ン? それって、二川さんのこと? いやいや、彼女はそんなんじゃないだろ」
「はぁ…………。明らかに彼女、タマちゃんのこと好きじゃん。まさか、気付いてない? どんだけ鈍感なの。ってか、このカード、一体いくらすると思ってるの? 百や二百じゃないんだよ」
「えっ!? いや………そんなに高価なモノだなんて知らなくてさ。二川さんには、これは明日返すよ。でも俺は、ただ……七美と一緒に夕食を楽しみたかっただけなんだ……」
「もし、二川のアバズレに告白されたら、どうするの?」
涙目で見つめる俺の彼女。唇を切れそうなほど噛んでいる。
「もちろん、断る。俺が好きなのは、七美だし。あのさ……二川さんは、アバズレじゃないよ」
「あの女ーー。アバ川は、私より美人だし、おっぱいも大きいし、足も長いし、二川は神華と違って比較的良い金持ちだし………男としてもそっちの方がお得でしょ?」
「アバ川? だから、彼女はアバズレじゃないって!」
席を立ち、正面に座る七美まで歩き、彼女の席の横で中腰になった。
「俺には、七美がいる。他の女じゃ代わりにならないよ」
「もう……飽きたでしょ? 私のカラダ………」
「そんなことない。明日は土曜日だしさ、今夜は俺のアパートに泊まれよ」
甘い匂いが、七美の首筋から漂う。理性を保てるのも時間の問題だった。
「んっ! うん……。お泊まりする……」
……………………。
………………。
…………。
今夜食べた高級フレンチよりも深夜二時、風呂上がり。パジャマ姿の七美と一緒に食べたカップアイス(バニラ)の方が何倍も旨かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いつも猫背で、極度の人見知り。常に人の目ばかり気にしている。前髪が長く、下ばかり見ているせいで誰も彼女の素顔は知らない。
一言で言うなら、目立たない地味な女。
それが、番条 鈴音(ばんじょう すずね)だった。
前に俺が見た彼女は、近くにいるのに、わざと本人に聞こえるように悪口を女生徒に言われている姿。それにも関わらず、彼女は何も言わない。出来ない。
昼休みーーー。
二川さんの影響なのか。
基本誰もいない学校の屋上が、最近の俺のお気に入りになっていた。購買で買った焼きそばパンを食べながら、至福の時間を過ごす。
ギィィ…………。
珍しく鉄扉が静かに開く音がしたが、気にしない。生徒立ち入り禁止のこの場所に来る生徒は、一人が好きな奴だと勝手に決めつけている。俺に干渉などしないだろう。
「なに…を……食べてるの?」
「………………」
速攻で干渉してきた邪魔者を横目でチラ見。隣のクラスの番条だった。
「青井くんは……今…なにを………食べてるの?」
なぜか涙声になったことにひどく焦り。それに加え、番条が俺の名前を知っていたことにも驚いた。
「や、焼きそばパンだよ。購買にあるだろ、普通に………。あ~、えっ……と、番条さんは、これから昼飯? なら、早く食べないと授業始まっちゃうよ」
「……お金……ないから……何も買えなかった……」
「はぁっ!? 財布忘れたの?」
「ううん……違う……。二組の左山さん達にお金を貸したの………だから………今、無一文になった………」
「いやいや! それは」
バカなのか、この女は。
それは貸したんじゃなくて、カツアゲされたんだろ?
「でもね……こうやって……いつもみたいに……屋上の新鮮で美味しい空気を食べるから……大丈夫………です」
突然、天然を発動し、深呼吸を始めた。
「これ、あげるからっ! それ、やめろ!! こっちが恥ずかしくなる」
俺は、慌てて未開封の揚げパンを彼女に手渡した。
「………食べて……いいの? お金……一円も持って…ない………」
「遠慮するな。………お節介だと思うけどさ、今度から嫌なことは嫌ってはっきり言った方がいいよ。さっき、金を貸したって言ったけど、奴等が律儀に金を返すわけないだろ? 誤魔化されて終わり。まぁ、もし今度それでイジメられたら会長に相談すればいいよ。助けてくれるから」
「………モグ……モグモグモグ……ん……」
揚げパンに夢中で俺の話など聞いちゃいない。小さな口で食べるその姿が、小動物のようで可愛いかった。
「このご恩……一生忘れません……」
「ハハ、大袈裟だよ」
笑いながら、鉄の扉に手をかけた。
「でも、貸したお金は利子をつけて彼等から必ず回収するので大丈夫ですよ。だから、心配無用です」
そう話した彼女の口調は、さっきとはまるで違い、別人のように力強く聞こえた。驚いて振り向いた俺の目に写る彼女は、また元のように揚げパンに夢中で………。
「モグモグ……美味しぃ……」
俺は頭に『??』を浮かべながら、静かに扉を閉めた。
それから一週間後。
二組の左山ほか、生徒三人が学校を辞めた。理由は家庭の事情らしいが、噂によると彼等の家に恐い高利貸しのお兄さんが毎日のように来ていたらしく、夜逃げしたとか……捕まって外国に売り飛ばされたとか……。まぁ、実際のところは良く分からない。
その日の放課後。臨時の全校集会があり、俺達はいつものように体育館に押し込まれた。俺達を見下ろす会長の横で、猫背の女性がモジモジして立っていた。壇上が一番似合わない番条だった。
「今日は、皆さんにご報告があります。長い間、不在になっていた副会長のポスト。その役をこの番条さんにお願いすることにしました。あと、数字に強い彼女には会計も兼任してもらいます」
「よ…よろしく………お願い……します…。青井くん……」
なんで、俺だけを名指し?
俺と目があった番条は、ニカッと怪しく笑った。光った八重歯が見えた瞬間、なぜか全身に鳥肌が立った。
ーーーこの時の体の異常が、彼女が持つ『悪魔的』なものが原因だったと気付くのに、そう時間はかからなかった。