テラーノベル
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昨夜の落ち込みを引きずったまま、重い気持ちで夫と千愛を見送ったあとの家事ははかどらない。
夫のマグカップを洗うにも、いつものマグカップなのに三倍の重量に感じる。
はぁ…
今夜は何を作ろうかな…?
メニューを考えながら、飾ってある花の水を変えていると、聞こえる声。
「直美、俺が鍵閉めるわ」
「お願い、ハルくん。ありがとう」
完璧なほど、徹底して“ハルくん”と“パパ”を使い分ける直美さんがあざとく見えるほど、中西夫妻が羨ましく、苛立ちの目を向けてしまいそうだ。
決して監視しているのではなく、5月という季節のせいで家中の窓が全開だから、二階を掃除していたら家の前の道路がよく見える。
そこで私は、直美さんが亜優ちゃんを送り届けた公園から一旦帰宅し、そのあとで着替えて出掛けることに気づいた。
いつも同じ時間に、着替えて出掛ける…どこに?
そして、今日は夫婦揃って出たのね……
と、手を繋いで家から歩いて行く二人の姿を見る。
私と同じ専業主婦だと思っていたのに…と、気になってしまうから、少し話をしてみよう。
翌朝、直美さんが公園から戻ってくる頃を見計らって、表の掃き掃除をしていたら、彼女から挨拶があった。
「おはようございます!」
「おはよう。おかえりなさい、いつも千愛も一緒にありがとう。亜優ちゃん、もう慣れたようね」
私が手を止めて聞く間、彼女は体も顔もこちらへ向けているが、手探りで斜め掛けしていた小さなバッグを開けて家の鍵を取り出した。
「はい、毎朝騒がしくてご迷惑お掛けしました。すみません」
明るく笑いながらペコリと頭を下げた彼女に
「全然迷惑なんかじゃないわよ。大声で泣くわけでもないしね」
と応えると
「玄関に座ってささやかな抵抗を続けていたんです…私も主人も大学と就職がこっちやったんで普通に話が出来ますけど、関西勤務のうちに亜優は生まれて育っているんで、イントネーションが関西丸出しなんですよね」
と返ってきた。
あなたの言う“普通に話ができる”というのも微妙だけれどね…そのイントネーションは関西丸出しですよ…嫌いじゃないけれど。
「お友達で“関西弁はテレビの人が喋る”という子がいたんですって。それで初日にばーっと亜優が大勢に囲まれちゃって、ちょっとしばらくビビってました」
「子ども同士って、大人じゃ思いも寄らないことが起こるわね」
「ほんと驚きましたけど、何とか落ち着きました。最近はごちゃ混ぜイントネーションで喋っていますね」
そう言ってニコッと笑った直美さんは
「失礼します」
と続けてドアを開けると、ペコリ…家の中へ入ろうとする。
「お急ぎだった?ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
「お出かけ?」
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