テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
高校を卒業してから一年間、長野でバイトをしては通い続けた芸能事務所の音楽科。中学で出逢ったフルートのプロを夢見て、この春、やっと上京した。
僕、藤澤涼架は、この度初めての、クラシック音楽のCD制作に、フルートで参加することが決まった。
今日は、事務所の広めの会議室で、それぞれのセクションに分かれて、様々な部門の打ち合わせが行われていた。
「それでは、説明は以上です。最後に、それぞれ自己紹介だけでもしておきましょうか。」
クラシック部門の担当さんが、集まった僕たちにそう言った。自己紹介、苦手なやつだあ…。
そんな心配をよそに、みんな自分のパートと名前だけを次々に言うだけだった。
「フルートの、藤澤涼架です、よろしくお願いします。」
すごく簡素な自己紹介ですんで、ホッと胸を撫で下ろした。すぐに全員が名前を言い終え、解散の空気になった。
「あの、涼架さんって、素敵なお名前ですね。」
もらった資料なんかをカバンの中にしまっていると、横から女性に声をかけられた。確か、バイオリンの…ああ、名前が出てこない…。
「ありがとうございます、名前だけだと、よく女の人と間違われたりするんですけどね。」
「そうなんですね、珍しいお名前ですもんね。フルートは長いんですか?」
「中学からなんで、6年、7年?ですかね。」
「へぇ〜。」
お話上手な人で、いくつか会話が繋がる。ふと、女性が口に手を当てて、小声で僕に耳打ちしてきた。
「…なんか、あの子、ずっとこっち見てませんか?」
「え?」
女性の視線の先へ目を向けると、他のセクションから、こちらを見ている、ように見える男の子がいた。僕と目が合うと、こちらに向かって歩み寄ってきた。
その子は、女性に向かって会釈をした後、僕を指差し、良いですか?と訊く。女性が、あ、ではまた、と僕に挨拶をして、この場を去って行った。僕は、改めてこちらを向き直った男の子を見て、あ、この子は…、と自分の記憶を辿った。
それは、まだ長野から週一でレッスンに通っていた頃。音楽科の在籍者の中で、ある男の子の名前がよく囁かれていた。
「ね、藤澤くん、『おおもりもとき』って知ってる?」
あるレッスンの休憩中、ある人にそう話しかけられた。
「ん、誰?それ。」
「なんか、シンガーソングライター?なのかな、もう1人で曲作って、ライブハウスで歌ったりしてる、すごい子みたいよ。」
「へえ〜。」
僕が当たり障りない返事を返すと、ほらあの子、と、他のスタジオから出てきた、小柄な細身の男の子を指さした。
「へー、中学生くらいかな。」
「いや、そこまで若くはなかったと思うけど…。」
僕らが話していると、ふとその子が、こちらを見て歩み寄ってきた。僕に話しかけていた人は、気まずそうに離れて行った。
あ、見捨てられた…。
「どうも、高校1年の、おおもりもときです。」
「あ、高校…ごめんなさい、聞こえてました?」
「まあ。」
「すみません…。」
「いえ。…ここは?クラシックですか?」
「うん。おおもりくんは、有名なんだってね、すごいですね。」
「有名って…ただクチ聞いてもらって、ライブハウスに出入りさせてもらってるだけです。」
「でも、自分で曲作ってるんでしょ?すごいですよ。」
「ありがとうございます。」
「シンガーソングライター目指してるんですか?」
「んー、いや、色々考えてはいるんですけどね、まだ構想段階で。まあ、高校出るまでには形にできたら良いなって思ってるんですけど。」
「へぇー、すごぉ!僕なんかまだ上京目指してバイト三昧なのに。」
「あ、東京じゃないんですね、じゃあ通うのも大変ですよね。」
「うん、でも、僕が選んだ道だし、やっぱり楽器が好きだから。なんか、僕も力もらえました、ありがとう。」
「いや。じゃあ。」
「うん、頑張ろうね。」
ペコ、と頭を下げて、廊下を歩いていく彼の背中には、なんだか普通より大きく見えていそうなギターが、彼にピッタリとくっ付いていた。
そんな彼が、ふと振り返って、僕に言った。
「あなた、金髪とか、似合うかも。」
「え?そう?」
僕が自分の髪を触ると、ニコッと笑って、彼はまた自分の道を進んで行った。
というふうに、一度だけ、この『おおもりもとき』くんとは話したことがあるんだけど、今の彼の口から出た言葉は。
「初めまして、俺、あ、僕、おおもりって言うんですけど。」
「え?あ、は、はじめまして。」
つい、彼に覚えてもらえていない事に少し恥ずかしさを抱いた僕は、同じく初対面を装った。
「あの、実は、僕バンドを組んでて。」
「バンド?」
「今、ギターと、ベースと、ドラムがいるんですけど、あ、ボーカルは僕で。」
「うん。」
「それで、キーボードを探してて、金髪の人がいいなぁって考えてたら、…ピッタリで。」
僕に向かって手を広げる。僕は、上京する時に思い切って金髪にした髪を触って確認する。
「え、ぼ、僕!?」
「はい!さっきからお話ししてるところずっと見てたんですけど、すごく良い人そうだなって。俺、ずっと続けられる人間性重視で、メンバー集めてるんですけど。ぜひ、バンドに入ってもらえませんか。俺のバンド、99%デビューするんで。」
99%?人間性バンド?キーボード?金髪?なんだかいろんな言葉がグルグルして、ちょっとしたパニックになったが、彼のキラキラした目でこんなに見つめられると、なんだか物凄く自分が必要とされてるんじゃないか、と自惚れてしまいそうだった 。
東京に出てきたばかりで、ここには知り合いもいない。そんな僕に、バンド、なんて、すごい仲間が出来るような、僕もキラキラしたものの一部になれるような、そんなワクワクが、何もわからない不安にアッサリと勝ってしまった。
「うん、僕でよければ、いいよ。」
そんな言葉が、口をついて出ていた。おおもりくんは、喜びを前面に押し出した笑顔で、良かったぁ!と安堵する。
「じゃあ、早速だけど、明日、スタジオに来てください。」
「うん…うん?え、明日?!」
「場所送るんで、連絡先、良いですか?」
「あ、はい。」
なんだか、おおもりくんのペースにすっかり飲まれてしまって、全てが言いなりに進んでしまった。おおもりくんが、僕の連絡先QRコードを読み込む。
「あ、出ました、えっとぉ、ふじさわ…。」
「りょうか、って言います。」
「へぇ〜、涼架、えーカッコいい。素敵ですね。」
僕の名前をまじまじと見ながら、彼が僕にメッセージを送った。『よろしく!』とかかれたスタンプが、トーク上に出る。
「これ、追加する、で良いんだっけ。」
「はい、そうです。」
「はい、できた。大森、もときくん。」
僕も、トーク先の名前を、読み上げる。
「あ、げんきって読まないんだ。珍し。」
大森くんが、僕が一発で正しい読み方をしたのに、意外そうに笑った。だって、知ってるからね、と思いながら、えへへ、と笑った。
「じゃあ、明日のスタジオの場所送りますね。」
僕たちは、会議室のざわめきの中で、頭を近づけて明日のことを確認し合った。
翌日、約束の場所へと向かうと、大森くんが入り口で待っていてくれた。
「ごめん、お待たせ。」
「いえ…。」
大森くんが、僕の全身をゆっくりと見ている、気がする。
僕は、バンドの見学ということで、カッコいい鯉の描かれたタイトめの黒いVネックシャツと、細身のホワイトスキニーに赤いエナメルベルトを合わせたコーデで、バッチリ決めて来たんだけど…。
「…僕なりの、バンド感。」
「…めっちゃ、いいっすね。」
絶対嘘だな、とは思ったけど、大森くんの言い方に嫌味がないので、悪い気はしなかった。でも、これあんまりなのかなぁ?東京のオシャレって、難しいな…。
大森くんに案内され、いくつかあるスタジオの中の、一室に入った。
中にいる人たちが、一斉に僕を見る。
うわ、緊張する。
「はい、俺が声をかけた、キーボードの藤澤涼架さん。拍手!」
2人は拍手してくれたが、ギターを持っている男の子はポカンとした顔で僕を見ていた。大森くんと同じく、僕の全身を見ている。
「あの、はじめまして、藤澤涼架です。長野県出身で、フルート専攻してます。」
「フルート?」
この中で唯一の女の子が、訊き返した。
「ドラムの山中綾華。で、ベースの松尾拓海。この2人は、俺が事務所に頼んで見つけてもらって声かけたの。んで、ギターの若井滉斗。」
「よろしくお願いします。」
大森くんが一人一人紹介してくれた。僕の挨拶に、山中さんと松尾くんが会釈してくれる中、若井くんだけ、目が合わない。ギターを置いて、ちょっと、と大森くんの腕を引いて部屋の外へ出て行った。明らかな、僕への拒絶だった。
「フルートで入ったんですか?」
山中さんが気を遣って話しかけてくれた。
「はい、えっと事務所は、そうですね。でも、昨日大森くんにキーボードで声かけてもらって、でも、僕未経験なんですけど…。」
「え、弾けないんですか?」
松尾くんも、話に入る。
「あ、ううん、ピアノは副科でクラシックやってたから、弾けることは弾けるんだけど、でもキーボードは触ったこともないんです…けど…。」
2人が顔を見合わせる、そりゃ、不安だよなぁ…。気まずい空気の中に、大森くんたちが戻ってきた。
「じゃあ、藤澤さん、ここに座って見ててください。ちょっと試しに一曲合わせてみよ。」
大森くんが全体にテキパキと指示を出し、みんなもそれぞれの持ち場についた。その表情は明らかに困惑と不安を含んでいて、若井くんに至っては、睨んでる気がする。
「どうだった?」
居酒屋のバイトの時間が迫っていたため、先に出る僕を、大森くんが見送りに出てくれた。
「すっっっごくカッコよかった!バンドって、すごいね、まだドキドキしてる。」
僕が胸を押さえて感想を伝えると、大森くんがニコッと笑ってくれた。
「でもさ、僕、キーボードほんとに触ったことないよ?大丈夫なのかな…。」
「あ、じゃあ、今度時間ある時に、俺と一緒にキーボードやってみようよ。」
「ホント?いいの?やってみたい!」
「やった。いつにする?」
僕たちは、予定をすり合わせて、都合のいい日にまたスタジオに来る約束をして、別れた。
スタジオに入ると、大森くんがキーボードの椅子に座って待っていた。
「おはよ。」
「おはよう。」
僕が荷物を置いて、大森くんのそばへ行くと、キーボードの前の椅子を譲られた。キーボード前の譜面置きに、紙を置く。
「これ、綾華が書いてくれたやつ。多分、簡単なアレンジにしてくれてると思う、俺読めないから知らんけど。」
「え、楽譜読めないの?」
「読めないし書けない。」
「え、じゃあみんなどうやって…。」
「俺のデモ聴いて耳コピとか、自分でアレンジ考えたりとか、かな。」
「はぁ〜…僕ホントに大丈夫かなぁ…。」
「いけるって、技術なんて後からついてくるから。」
大森くんの顔を見て、よし、と気合を入れて、楽譜と向き合う。何度か試し弾きをしてから、短いフレーズを弾いてみる。大森くんが、僕の肩に手を置いて、トントンとリズムを取って歌っている。
「いいじゃーん、できてるできてる。」
「ふぅ、ほんと?」
「この曲は結構エッジが効いてるから、この音色が良さそうかな。」
大森くんが、アレコレといじって、音を変えていく。
「ここを触るの?」
「えっとね、こっちが…」
大森くんから色々と教わって、さまざまな音色で試し弾きをして、その印象の違いを語り合う。
ああ、なんだこれ、めちゃくちゃ楽しいな。
「いいなぁ、キーボード、欲しくなってきたよ。」
「…楽器屋、見に行ってみる?」
「え、行きたい!」
僕たちは、そのまま、大森くんの行きつけの楽器屋さんへと向かった。
広い店内には、幾つものキーボードが並んでいた。やっぱり、どれもこれもお高い。
「この辺なら、ライブでもいけるかな?」
「まあ、弾けないこともないけど、やれること少ないよ?結局みんな足りなくなってこっちの方買い直したりするし。」
「うーん…。」
大森くんと店長さんが、話し込んでいる。僕は、ふと、スタジオで大森くんと音を鳴らしたキーボードと同型のものを見つけた。
ポロン、と試し弾きをすると、さっきのワクワクが蘇る。
ああ、やっぱり、これだな。
「これにします。」
僕の声に、2人が固まった。
「これ、めちゃ高いよ?」
「藤澤さん、お金大丈夫なの?」
全くもって大丈夫ではない。なので、店長さんに頼み込む。
「お願いします、分割させてください!」
店長は、思った通り、と言う顔で、肩をすくめた。
「しょーがない、君たちの未来に賭けて、今回だけ特別だよ?」
ありがとうございます!と、僕と大森くんが頭を下げる。
おまけに、キーボードスタンドは、中古のものを安く譲ってくれるとの事で、重ね重ね僕たちはお礼を言った。
「うー、重い…。」
早速僕は、ケースに入れたどでかいキーボードを家へ持ち帰るため、フラフラと駅へ向かう道を歩いていた。
「藤澤さん、ホントに大丈夫?いろいろ。」
「はは、だいじょぶじゃないかも。バイトますます頑張んなきゃ。」
「…なんか、ごめんね?」
「え、なんで?大森くんのおかげで、すっごくいいキーボード買えたんだもん、ありがとうだよ。」
大森くんが、眉を下げて、なんだか泣きそうな顔で笑う。
「…元貴。」
「ん?」
「元貴でいいよ。」
「モトくん。」
なんかさっそく噛んじゃって、モトくん呼びになっちゃった。誤魔化すように、僕も続けて言う。
「僕も、涼架でいいよ。」
「んー、じゃーあー、涼ちゃん!」
横から、キーボードを支えて、無邪気に笑う。
僕たちは、長く伸びた影を、同じ方向へと伸ばしながら、歩いて行った。
コメント
9件
以前もコメントしましたが、フィクションとわかってるのに本当にこんなやりとりがあったんじゃないかなと思わせるリアルな表現力が改めてすごいと思いました!ラブコメということで、それだけでワクワクします☺️これからどうなっていくのか楽しみにしてます✨
はじめまして 出会いのストーリー読んでみたかったんです。ありがとうございます♡ 最新話を楽しみにしております( ´∀`)
こんにちは。 新作の更新ありがとうございます💕 出会いのシーン、ドキドキしながら拝見しました。 続きが楽しみです🥰