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「……っ、あぁ……頭、痛っ……」
土曜の朝。
カーテンの隙間から差し込む陽の光が容赦なく目を射し、若井滉斗は頭を抱えたままベッドの中で呻いた。
胃がむかむかしている。
口の中も乾いていて、何を飲んでもスッキリしない。
(……こんなになるまで、飲んだのか)
思い出せる限りの記憶をたどる。
歓迎会の席、先輩方との乾杯、藤澤先生が横にいて──
(……あの人、帰る間際、やたらと優しかった気がする……)
そこまで辿ったとき、唐突に脳裏に走った“記憶”。
——唇が、重なった。
——吐息が、混じった。
——熱が、喉を滑った。
「っ……!」
心臓が跳ねた。
(……あれ……夢じゃ……ないよな?)
キスの感触だけが、妙に鮮明だった。
柔らかくて、でもどこか切ないような、そんな長いキス。
だけど、それ以降のことがどうにもぼやけている。
情けないことに、酒のせいで途中からの記憶が曖昧だった。
「……っく……っ」
額に手を当てながら、ベッドに深く沈み込む。
(……でも、まずは、お礼しとかなきゃ)
そう思って、若井はスマホを手に取った。
文字を打つ手が、少し震えていた。
(……これでよし、っと)
───
同じ頃。
藤澤は、自宅のリビングで小さな子供とブロック遊びをしていた。
「見てー!パパ、これタワー!」「おーすごいなー!」と笑いながらも、心のどこかでずっと引っかかっていたのは、昨夜のこと。
(……なんで、俺……あんなこと……)
あのキスは、自分からだった。
あの熱は、理性を超えた瞬間だった。
ピロン、とLINEの通知が鳴った。
『若井滉斗』
画面に映る名前に、一瞬で心臓が高鳴る。
何気ない顔で子供に「ちょっとだけトイレな」と言いながら、スマホを手に洗面所へ向かう。
『お疲れ様です。
お休みの日にすみません。
昨日は家まで送って頂きありがとうございました。
また今度どこか行きましょう』
(……それだけ?)
期待していたわけじゃない。
でも、胸の奥に空いた空白が、急に冷たくなる。
(……覚えてないのか?……あのキスのこと)
視線を落とし、指が勝手に動く。
『こちらこそ、昨日はお疲れ様でした。
二日酔いは大丈夫ですか?
また飲みに行きましょうね、先生』
表面上は軽やかに。
でもその一言の裏に、いくつもの言えない感情を隠したまま。
(……なかったことにする、ってことなんだな)
『……また飲みに行きましょうね、先生』
そのLINEを見た瞬間、若井は複雑な吐息を漏らした。
まるで、“何もなかった”ことが確認されたような、そんな気持ちだった。
(……やっぱ、あれ……夢だったのか?)
でも、どうしても夢とは思えなかった。
あんなに熱を持った唇が、夢の中の感触で済むはずがない。
(……けど……向こうが何も言ってこないってことは……)
指の先が、LINEの画面をじっと見つめる。
既読がついたことに安堵しながらも、胸の中ではもやが渦を巻いていた。
若井の脳裏には、確かに“あの目”が焼きついていた。
少し潤んだような、でもどこか切なげな藤澤の瞳。
(……どうして…)
胸のざわつきは、何度頭を振っても消えなかった。