「………ハロの奴、まさか、変な事してないだろうな」
「可能性は大ありだな。どうせだったら、別の者を彼らの元においてきた方が良かったのでは?」
「ずっとあっちで召喚をしておくには、体力的にきつい。それに、まあ、色々と事情があってね。彼らには、少し苦労してもらわないとなんだ」
「ふむ、マスターも相変わらずか。……そろそろ、彼も来るはずだが」
ベリアルは時計を見る。現実世界でもよく見る、高級腕時計だ。
「早くしないとな。グールもかなりの数が先ほどの裂け目に吸い込まれたみたいだし。典晶君達が心配だ」
その時、那由多は不思議な気配を背後に感じ取った。振り返ると、空間が歪み、一匹の悪魔が姿を現した。
「コイツが……」
那由多は目を見張った。
「そうだ。彼がマスターの探していた悪魔だ」
その悪魔は、異形の者だった。一言で言ってしまえば、翼の生えた狼。毛並みは黒く艶やかで、そのしなやかな動き方は獲物を狙う動物そのものだった。こちらを見つめる深い緑色の瞳には、隠すことのない殺気が現れている。
「………」
知らずのうちに唾を飲み込んでいた。握りしめた拳の中に汗が浮かび上がるのも気が付かなかった。それほど、空間を割って出現した悪魔に那由多の注意は注がれていた。
「遅かったな、待ちくたびれたぞ」
ベリアルは音もなく歩みを進める狼を見て目を細める。
「コイツが、あのデヴァナガライか?」
狼の口からは、流暢な日本語が流れてきた。と言っても、それは那由多が頭の中で変換しているのであって、本来ならば人間には理解できない言語だ。
「マルコシアスだな? 実は頼みがある。俺と契約してくれ。お前の力が必要なんだ」
狼、マルコシアスの不躾な殺気を一身に浴びながら、那由多はマルコシアスに近づいた。
「ほぅ、デヴァナガライが我が力を欲するか……」
低い声でマルコシアスは笑う。
「さて、どうしたものか……。我は三〇の軍団を率いる悪魔ぞ。デヴァナガライといえど、我を容易く従えられると思うな」
マルコシアスは値踏みするように那由多の周囲を回る。
「何が望みだ?」
「果たして、その華奢な体で、我を従えられるか?」
「だったら、試してみるか? お前を従わせるくらい、ワケが無いぜ?」
腕を組んだ那由多は、鼻で笑う。
こうして居る間にも、どんどんマルコシアスの纏う気配は剣呑になっていく。
「そうか……ならば、そうさせてもらう!」
マルコシアスの気配が変わった。マルコシアスは見た目通りの俊敏さ那由多の背後に回ると、口を開け那由多の足に噛みついてきた。
「マスター!」
ベリアルが声を上げるが、那由多は手を上げて制止した。
「問題ない、大丈夫さ……」
那由多は笑うと、脹ら脛に噛みついているマルコシアスを摘まみ上げた。
そう、マルコシアスは放つ気配と尊大な言葉とは裏腹に、体のサイズは子犬程度だった。翼が生えていなければ、悪魔、いや、狼どころか愛くるしい子犬と間違われても不思議ではない。
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