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ピンポーン。
インターホンが鳴る。私は胸の高鳴りを抑えつつ、玄関に向かう。ドアを開ける前から、誰がやってきたかはわかっている。今日は彼が我が家にやってくる日なのだから。
「あのっ! 初めまして! 僕はショウっていいます。今日からこちらでお世話になります!」
扉を開けると、帽子をかぶった小柄な青年が慌てた様子で一気に自己紹介をする。緊張しているのか、その頬と耳にはうっすらと赤みが差していた。そんな青年の様子に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「どうぞ。中へ入って」
私はそう言うと、彼を家の中に招き入れる。彼は緊張した面持ちで靴を脱ぎ、私の後についてきた。
居間に到着したところで、改めて彼の姿を観察してみる。背丈は160cmくらいだろうか、小柄ですらっとした体つき。
部屋に上がって脱いだ帽子の下からは、ショートボブの黒髪が現れている。顔立ちもかわいらしい感じで、中学生や高校生と言われても通用するだろう。しかし、彼の服装がただの青年ではないことを表している。
アンドロイド専用制服。街中で人間とアンドロイドの区別がはっきりとわかるように着用するシリアルナンバー入りの制服。また、さらさらとした黒髪の隙間から見えるこめかみにはアンドロイドであることを示すLEDリングが見え隠れしていた。
そう、彼は私によって購入されたアンドロイドなのである。通販の需要が増えて宅配業者が人手不足なこのご時世、自力で歩けるアンドロイドは自ら配送先に赴くのである。
「あの、ご主人様のことはなんとお呼びしたらよろしいでしょうか?」
今まで黙って立っていたショウが、おずおずといった様子で声をかけてくる。
基本的にアンドロイドは主人の命令がなければ何時間でも黙って立っている。だが、事前に『人間らしく』するように設定しておいたので、こうして声をかけてきたのであろう。
「ご主人様という響きにもちょっと心惹かれるところはあるけれど、やっぱりそれは違うかな。名前呼びでタカヒロさんって呼んでくれると嬉しいな」
「はい。えっと……タカヒロさん」
私が少し考えて答えると、ショウは恥ずかしそうに私の名前を呼ぶ。見た目も中身も大人しそうな青年をイメージして注文したのは私だが、こうも反応がかわいいと参ってしまう。思わず、手を伸ばしてその頭を撫でてしまった。
「わっ」
ショウは一瞬驚いたような声を出したが、大人しくされるがまま黙っている。だけど、顔はどんどん赤くなっていって、そんなところまでリアルなのだなあと感心してしまう。
ビバ・技術革新!
髪も金属感や繊維感はなく、本当に人間の髪を触っているようだった。延々と撫で続けていたいところではあるが、それでは話が進まない。私は居間の隅に畳んで置いてあった服を拾い、ショウに手渡す。
「家の中ではそれを着てくれないかな?」
「うわぁ、僕のために服を用意してくれたんですね。すごく嬉しいです!」
ショウは笑顔を見せながら、着ていたアンドロイド専用制服を脱いでいく。見た目は金属のような硬い印象を与える服だが、別に金属でできているというわけではないらしい。
ショウは決して筋肉質な体型ではないものの、余分なぜい肉などがないので引き締まっているように見えた。一応成人アンドロイドだし、それなりにしっかりした体型になっているということか。
私はさっきからショウの正面のソファに座ってじっと着替えを観察しているわけだが、そこはさすがアンドロイドだけあって特に抵抗はないらしい。性格設定には反するような気もするが、主人の命令に従うというルールがより上位に働いているのだろう。
着替えが終わると、半袖半ズボン姿のショウがそこに立っていた。こういう服装になると、より中高生のような雰囲気が出る。露出した腕や脚もつるつるで、それが余計に幼さを感じさせた。
ちなみに髪の毛と同じように髭やすね毛などを生やすこともできるそうで、そこも購入者の趣味嗜好に合わせて変化させることができるらしい。私は小柄なアイドルっぽい容姿が好きなので、ムダ毛は極力排除した。
「おいで」
私は自分の隣をぽんぽんと叩いて、ショウに座るように促す。
「はい」
二つ返事でそこに座ったショウは、それから思い出したように照れる。膝に両手を置き、少し身体をこわばらせたような様子は本当に人間らしい。私はおもむろにショウの腕を持ってみた。
「え?」
ショウは驚いたような声を上げるが、されるがままになっている。なるほど、見た目も人間っぽいが触り心地も本当に人間っぽい。特殊な化合物で皮膚を再現しているらしいが、ここまでリアルだとLEDリングやアンドロイド専用制服を着ていなければ人間と区別がつかないだろう。
続けて私はショウの足元に座り、おもむろに脚を撫でてみた。
「え? え?」
今度はショウも大きく驚き、目を丸くする。驚くという表現一つでも、しっかりとバリエーションが用意されているようだ。
私はふくらはぎの弾力を確かめた後、ショウの足を覆っている靴下を脱がせる。
露わになった裸足は少し赤みを帯びていた。なるほど、頬や耳といった目につきやすい部分だけでなく、こんなところまで人間っぽさを再現しているらしい。人間の心拍数上昇による体温の変化を全身きちんと再現しているということか。
触ってみると、少ししっとりした感触がある。緊張して汗をかいているということだろうか。
「あの……汚いですよ?」
ショウがおずおずと意見するが、私は気にせず顔を足の裏に近づける。
くんくん
うん、臭いはしない。足の匂いは足の裏の汗が細菌を繁殖させ、臭いを発生させているらしい。しかし、アンドロイドの皮膚は細菌の繁殖を防ぐようになっているだろうか。
アンドロイドは介護需要の高まりによる人手不足から生産数が爆発的に増えたということを考えると、それは当たり前のようにも感じる。
納得した私が顔を上げると、泣きそうな顔になっているショウと目が合った。なんということだろう。これでは私がいじめているみたいではないか。
「ごめんね。アンドロイドとこんなに身近に接したのは初めてだったので、ついつい好奇心が抑えられなかった」
私がそう謝罪の言葉を口にすると、ショウは首をぶんぶんと横に振る。
「いえ、構わないんです。ご主人様のお役に立つのが僕たちの仕事なんですから」
そう言ってにっこりと微笑む。なるほど、こんな反応をされてはアンドロイドとずっと暮らしていたいという人が増えるのも必然だろう。私だって危うくノックアウトされそうだ。
「ん……んん。そう……仕事……仕事だね。君は家事全般ばっちりなんだよね?」
私は咳払いと共に立ち上がり、話を変えようとショウに確認する。
「はい。各ご家庭のやり方に合わせられるように、何十種類ものパターンがインプットされています」
なぜかショウも立ち上がり、心なしか得意そうな口調でそう述べる。
「じゃあ、とりあえず部屋の掃除をしてもらおうかな。プリント類は必要なものかもしれないから、テーブルにまとめておいてくれると助かるよ」
「はい。お任せください」
私が指示を出すと、ショウはすぐに掃除を始めた。言ったとおり、プリント類はテーブルの上、明らかにゴミだとわかる物はゴミ箱に。その他、ゴミではないけれど出しっぱなしになっているものは、私に確認したうえで使いやすそうな場所へと置いてくれている。
普段よく使うものと使わないものがわかるのか、出しっぱなしになっている物でも使わないものは箱にしまうことを提案する等、きめ細かい配慮がなされていた。片づけマニュアルみたいなものが、彼の頭の中には入っているのだろう。それこそ、プロのハウスキーパー並みの掃除力だった。
能力は凄まじいのだが、見た目が愛らしいので『家の片づけを手伝っている』みたいな感じが出ているのが面白い。さらに言うと、高いところのものを片付けるときは背伸びして一生懸命がんばっている感じが本当にかわいらしい。
やがて背伸びだけでは届かない部分の掃除をするため、椅子を運んでくる。手の届く範囲を掃除しては椅子を移動させることを繰り返す作業は、機械的ではあるものの、効率の悪さが人間的でもある。
私はおもむろに立ち上がると、掃除をしていたショウの身体を持ち上げた。アンドロイドといっても特に重い素材でできているわけではないらしく見た目通りに軽々と持ち上がる。
「え? え? 何ですか?」
ショウは驚き、抗議の声を上げるが、私は気にせずにそのまま地面へ下ろす。そして、ショウが手に持っていた雑巾を奪い取った。
「ここは私が拭いておくよ。君は他の所を掃除するといい」
「いえ、お掃除するのが僕の仕事ですから。それに、ここの掃除が最後です」
私の言葉に、ショウは見上げながら口答えをする。これは人間らしい反応を見せているということなのか、アンドロイドとして基本原理である『人間に使役される』という部分が優先されているということなのか。
「いいから、いいから。君はそこのソファで休んでなさい」
「でも……。いえ、タカヒロさんがそうおっしゃるなら……」
ショウは逡巡しつつも、私の言葉に従ってソファに座る。私はその姿を横目に見ながら、さっさと雑巾がけを終わらせた。すると、すぐにソファから起き上がったショウが今度は私の手から雑巾を奪い取る。
「お風呂場できれいにしてきますね」
そう笑顔で宣言すると、バケツに雑巾を入れて風呂場へと歩いていく。アンドロイドとして仕事熱心なだけなのだろうが、見方によってはお手伝いの続きを待ちくたびれているようにも見えて非常に愛らしい。
今日から彼との生活が始まると思うと楽しみで仕方がなかった。きっと、刺激的な日々が待っているだろう。