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ヘルヌスの報告にその場にいる全員が言葉を失う。確かに解呪が永続するなどという保証はどこにもなかったが、呪いが何もかも元通りになってしまうなど誰も予想していなかったことだった。再び暗闇に閉ざされ、不浄に満ち、無為な塔を築き、血に塗れることになる。
「そんな……」ユカリは理不尽さと無力さに言葉が絶える。
「祟り神はどうなの?」とベルニージュは尋ねる。
「ああ、そっちは問題ないようだ。つまり鎮まったままだ。新たに出現した、あるいはそのような兆候の報告はない」とヘルヌスは報告する。
「どういうこと? 呪いって勝手に元通りに戻るものなの?」ユカリはベルニージュとジニに答えと安心を求める。
「まずないね」とジニは断言した。「確かに未だに呪いに溢れた土地だから空白地帯に他の土地の呪いが流れ込む可能性はあった。実際は呪いの奔流たる残留呪帯が消えるのはここビアーミナと隣接する部分だけで、他は壁のようになって防いでいるんだけどね。元の呪いが復活するなんてあり得ない、普通はね」
「つまり誰かが新たに土地を呪ったっていうこと」とベルニージュが引き継ぐ。「そしてそれが可能なのは当然、かつて同じ呪いをばら撒いた者たち。ワタシたちが解呪したのはクヴラフワ西部だから四十年前にクヴラフワの西半分に呪いをもたらしたライゼン大王国の可能性が高い」
そう説明してベルニージュは言い訳を求めるようにヘルヌスの方に目をやる。
「少なくとも俺はそんな話は聞いてないよ。それにライゼンがもたらした呪いって言っても、想定以上の暴走と変容が起きたからクヴラフワは呪いごと封印されたんだ。それを四十年越しでやっと対策ができて、調査隊を送りこめたんだぜ? わざわざ呪い直すとは思えないね。それだけの魔術師を連れてきているはずもない。それと、『快男児卿の昇天』に関しては救済機構の呪いだろ」
ユカリはベルニージュとジニの反応を窺う。少なくとも二人の納得できる説明だったようだ。
「じゃあ救済機構?」とユカリは聞いてみる。
「もっと無理だよ」とグリュエーがにべもなく否定する。「大王国の呪いを元通りにできるほど研究できているはずがない」
「だとすると残る可能性は一つだけですわ」
レモニカの想像している可能性は全員の頭に浮かんでいる。
「でも理由がないでしょ?」ユカリは何となく弁護したくなる。シシュミス教団もまた何かの思惑があるようだが、少なくとも自分たちの生きる土地を住みづらくする必要はないはずだ。「克服の祝福だっけ? 呪いに対抗するために自分たちを変えるような魔術まで生み出してるのに、どんな目的があれば救われつつある故郷を呪いに沈めようなんて思うの?」
「私たちの知らない動機があるのかもしれない」ソラマリアは冷静に述べる。「それに素人考えだが、大王国の屍使いの屍を盾にする方法や機構の石像の結界に比べて、使い勝手のいい呪い対策だと思わないか? その強みを生かして大王国と機構を牽制しようという腹かもしれない」
自分自身が呪いを防げるようになる克服の祝福は他の対抗策と比べれば扱いやすい。攻撃衝動という変身自体の問題に目を瞑れば。
だとしても苦痛と不幸の嵐である呪災を再びもたらしてまですることとはユカリには思えなかった。
「だとすれば勇み足だよ」とベルニージュは意見する。「普通の魔法使いなら、克服の祝福は未完成だと考える。ワタシたちを襲おうとして、その衝動の理由は分からないとか言ってたよ? それが本当だとしたら使い物にならない。本当のことを言っているかどうかは怪しいけどさ」
「もう一つ、その教団への疑念を補強する情報があるんだ」とヘルヌスが新たな報告を加える。全員の視線が再びヘルヌスに集まる。「以前からハーミュラーは時折各地に慰問目的で訪問するそうなんだが、最近はその訪問順が気まぐれに移り変わっているんだそうだ。調べてみると、まさにお前たちが解呪した順に各領地を訪問しているようだ」
「最初に言ってよ」とベルニージュが苦言を呈する。「ともかく一度巫女ハーミュラーに直談判すべきじゃない?」
「今はビアーミナ市にいないぞ。どこに行ったのか詳しい行先は知らないが、お供を引き連れて北東門の方から出ていくのを見たぜ」
「北東は何領だっけ?」
そもそも聞いたことがあったかどうかもユカリは覚えていなかった。
「クヴラフワの北東にあるのは鬼の根城領」とベルニージュがすらすらと答える。「だけど北東門から伸びる街道が枝分かれして東のシュカー領と北の狼の縄張り領にも繋がってる」
「詳しい行き先は知らないと言いましたね?」レモニカが少し強い口調でヘルヌスに確認する。「それは分からなかったという意味ですか?」
ヘルヌスは観念したように答える。
「ええ、その通りです。もちろん更なる詳細な情報を得ようとしましたが、まだ新入りだからでしょう。行き先すら教えてもらえませんでした。目的は言わずもがな、です」
諜報を疑われているのではないだろうか、とユカリは思ったが口にはしなかった。
キールズ領、シュカー領、ヴォルデン領はどれもユカリたちのまだ訪れていない土地だった。つまりまだ解呪されていない土地だ。これは偶然だろうか。ユカリは考えるが、ハーミュラーの意図などまるで想像もつかなかった。
クヴラフワを呪災から救うことが巫女ハーミュラーの使命に違いないはずだ。特にユカリは各地でハーミュラーの幻を、過去を、グリュエーの記憶を覗き込んだことで、とてもそれが嘘だとは思えなかった。克服者のこともあり、全面的に信用できるわけではないが。だとすれば狙いを知りたい。
「どういたしましょうか?」レモニカが言葉にしながら状況を確認する。「ハーミュラーさまが各地で何をなさっているのか直接見聞きしたいところですが、三つの領地を巡るならば呪いや魔導書を見てみぬふりは出来ませんわね」
いずれにせよ、魔導書を集めるために向かわなければならない土地だ。ユカリはそう考えたところで、クヴラフワで集めた魔導書が魔導書ではない疑惑が生まれたことを思い出した。せっかく手に入れた髪飾りの魔導書が壊れてしまい、変身の力も失われていた。
ユカリが一度手に入れた魔導書が破壊されたのは初めてのことだ。魔導書ではないのでは、という疑惑を皆は抱いているが、ユカリは魔導書の気配を感じている。それらの矛盾について、ベルニージュにかかれば二十も三十も仮説が思いつくそうだ。いずれにせよ、魔導書の気配を発する装身具の収集の他に真実へたどり着く手立てはない。
「三手に分かれるのはどう?」とユカリは提案する。「もう全員が呪いを除けられるわけだし」
ハーミュラーを見つけるだけでなく、三つの土地で一度に解呪すれば呪いが復元する理由の手がかりをつかめるかもしれない。
その案に反対する者はいなかったが、どのように分かれるかは少しだけ揉めた。
グリュエーとレモニカはユカリと同行することを希望し、ソラマリアは言わずもがなだ。
特に魔法に精通しているベルニージュとジニは別の組に分けるとして、次点で魔法の得意な人物はグリュエーだが、機構に直接狙われているグリュエーはベルニージュかジニと共にいるべきだという結論に至った。
結果、ユカリ、ジニ組。レモニカ、ソラマリア組。ベルニージュ、グリュエー組に分かれることとなった。
「俺は?」というヘルヌスの冗談は誰も聞いていなかった。
「すまない」といつの間にか戻っていたカーサが前置きもなしに突然謝る。「エイカを見失った」
半透明蛇カーサは意気消沈した様子で蜷局を巻いている。