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とある晴れた日。ルシンダは一人で街に買い物に来ていた。
先日クリスにドレスとネックレスを買ってもらったお礼に、自分からも何かプレゼントを贈ろうと思ったのだ。
(お金がないからささやかなものしか買えないけど……)
もちろんクリスには内緒で、出かけるときには本屋に行くと適当に言い訳をして屋敷を出てきた。
(何がいいかなぁ。前世ではお兄ちゃんに何をプレゼントしたっけ)
買い物の参考にしようと、前世の記憶をたどる。
たしか、定期入れに、ペンケースに、手袋にマフラー。そんな感じの身につけるものや、普段から使ってもらえそうなものをプレゼントしていた気がする。
(お兄様は何が欲しいかな? 事前にさりげなく欲しいものを聞いておくんだったなぁ……)
リサーチ不足を悔やみながら歩いていると、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ルシンダ」
「……!」
一瞬、クリスかと思って焦ってしまったが、振り向いた先にいたのはライルだった。
「ライル! こんなところで会うなんてビックリしました。王宮でのお茶会以来ですね」
「ああ、そうだな。ルシンダは今一人なのか?」
「はい、ライルは?」
「俺も一人だ。……もしよければ、少し話さないか? 茶会ではあまり話せなかったし……」
たしかに、王宮ではアーロンからたくさん話しかけられたこともあって、ライルとはあまり話せなかった。
今日はプレゼントを買う用事だけで、特に予定が詰まっているわけでもないし、せっかく会えたのだから一緒にお喋りするのもいいかもしれない。
「いいですよ。どこかに行きますか?」
「そうだな、広場に行ってみないか。こっちだ」
そうして、そのまま案内されて広場に着くと、ライルが出店でドーナツを買ってくれた。
ベンチに並んで座ってドーナツを食べる。ほかほかの揚げたてでとても美味しい。
「茶会でのルシンダ、いつもと雰囲気が違って驚いた」
「そうですよね、私も自分で驚きました」
えへへと笑うと、ライルが柔らかく微笑んだ。
「……綺麗だった」
「あ、ありがとうございます……」
面と向かって褒められたのが恥ずかしくて小さな声でお礼を言うと、ライルは黙りこくってしまって、しばらく沈黙が続いた。
(やっぱり何か悩みごとがあるのかな? 本人から言い出すのをしばらく待ってみよう)
ルシンダは黙ってドーナツを頬張る。ライルはなかなか話さない。
ルシンダがとうとう最後の一口を口に入れたとき。ふいにライルがこちらを見つめているのに気が付いた。
「……ルシンダは、クリス先輩のことをどう思ってるんだ?」
「え? どうって……優しくて頼りになる兄だと思ってますよ」
ルシンダはライルの質問の意図が分からず、きょとんとしながらも素直に答える。
クリスはあのランカスター家で唯一自分の味方になってくれる、かけがえのない家族だ。クールなように見えるけれど、いつもルシンダのことを気遣ってくれる。クリスがいなかったら、自分はあの家でやっていけてなかったかもしれない。心から大切な兄だ。
「……そうか。特別な関係という訳じゃないんだな?」
「え? 私とクリスお兄様は義理の家族だから、特別と言えば特別かもしれませんけど……」
「……ああ、そうだな。ちなみに、アーロンのことはどう思う?」
「アーロンですか? 入学したばかりの頃は少し控えめな雰囲気でしたけど、最近は自信に溢れていていい感じですよね。きっと立派な王様になると思います!」
「……ルシンダは、王妃になりたいとか思うことはないのか?」
「えっ、どうしてですか? 私の夢は魔術師になることと、旅をすることだって知ってるでしょう?」
先ほどから、ライルの質問の意味が分からない。ルシンダが不思議そうに首を傾げると、ライルはほっとしたように笑った。
「ああ、そうだったな。ちゃんとまだその夢を目指していたんだな。……なあ、この広場のこと覚えてるか? 俺たちが子どもの頃に初めて出会ったとき、ここでお前と串焼きを食べたんだ」
「もちろん覚えてます。あの時はまさかライルが貴族とは思いませんでした」
「はは、俺もお前のこと平民だと思ってた」
ライルが可笑しそうに笑い、昔を懐かしむように目を細めた。
「……ここで俺が悩みを打ち明けて、ルシンダが俺の夢を応援すると言ってくれたんだ。すごく勇気づけられた。お前のおかげで、俺は両親を説得して、今も魔術騎士を目指していられる。入学式の日にも言ったけど、本当に感謝しているんだ。あの日、ルシンダに出会えてよかった」
真っ直ぐに向けられるライルの眼差しから、目が逸らせない。
「……だから、俺もルシンダの夢を応援したい。ルシンダが魔術師になって旅に出るなら、俺も必ず魔術騎士になって、お前を守る。約束だ」
ライルがそんなにも自分の夢を大事に思っていてくれたことを知って、ルシンダは胸が熱くなった。
「ありがとうございます……。私もライルに出会えてよかったです」
「……今はそう思ってもらえるだけで十分だ」
ライルが微笑みながら呟く。
「え?」
「いや、お前の鈍感は想定内ってことだ」
「?」
ますますよく分からない。今日のライルは少し変だ。ルシンダが戸惑っていると、ライルが「そういえば」と言い出した。
「何か用事があって街に来たんだろう? 時間は大丈夫か?」
ライルにそう言われ、ポケットから懐中時計を出して時間を確認する。
「あ、そろそろ行こうと思います。プレゼントを探さないといけなくて……」
「プレゼント?」
「はい、この間お兄様から色々高価なものを買ってもらったので、そのお礼にと思いまして。……あ、ちなみにライルはどんなプレゼントがいいと思いますか? やっぱり手袋とか身につけるものがいいでしょうか?」
ルシンダは、男の人の意見を聞いたほうがいいかもしれないと閃いて、ライルに尋ねてみる。
「……クリス先輩へのプレゼントか。菓子がいいんじゃないか?」
ライルが、にこりと爽やかな笑みを浮かべる。
「なるほど……。でも、もう少し記念になるもののほうがいいような。マフラーとかはどう思いますか?」
「……身につけるものは趣味もあるからな。文具のほうがいいんじゃないか」
「なるほど! 文具のほうが無難かもしれませんね」
貴重なアドバイスをもらい、ライルに相談してよかったと思っていると、その彼がぼそりと呟いた。
「──身につけるものを他の男になんて贈ってほしくないからな」
「……え? ごめんなさい、よく聞こえませんでした。今なんて?」
うっかり聞き逃した言葉を聞き返すと、ライルはふっと笑って首を振った。
「大したことじゃない。それじゃあ、俺も行くよ。また学園で」
手を振ってライルと別れた後、ルシンダはまた大通りの方へと戻っていった。
いい助言ももらえたことだし、早速クリスへのプレゼントを買いに、文具店に行かなければ。
ルシンダは足早に広場を抜け、街一番の文具店を目指すのだった。