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「………」
「…ぅ、」
「あ」
カチンッと音が鳴る。
カメラの向こう側から「はいオッケーです」という監督の声が聞こえてきた。続けて「休憩入ります」というスタッフさんの声。
マヨイは椎名を押し倒すような体勢から、素早く腰を上げた。
「すみませんすみませんっ!!やっぱり気持ち悪かったですよねぇえ…!!!私のような蛆虫にはやはり…ぁ、これだと蛆虫様に失礼…!?」
ペコペコと何度も頭を下げたり、顔を赤らめたかと思いきや今度はさー…と青白くなったり、一人で百面相するマヨイに椎名はどこから取り出したか分からない、貪っていた菓子パンを差し出す。
「ちょ、落ち着くっすよ、マヨちゃん!僕の菓子パン食べるっすか?」
「いっいえ、!椎名さんの食べ物を私などが…」
「いーじゃねぇか、ご好意に甘えとけって」
ずしり、マヨイの肩に掛かる重さと酷く楽しそうな声が隣から聞こえてくる。
「ヒッ!あ、天城さん… 」
「はいはァい!燐音くんでェす☆…ちゃんマヨさぁ、肩に力入りすぎじゃねぇの?」
マヨイの肩から腕を退けた燐音は、次にマヨイの肩を労るように揉む。
「あっそんな!だい、っ本当に、大丈夫ですからあぁあ!!」
「そんな嫌がる???」
燐音くん傷つくゥ〜…。
マヨイの肩からパッと手を離した燐音は隠す気のない泣き真似をした。
「ぅう…。(あぁぁ…皆さん良い人だと分かっているんですが…怖い…帰りたい……、いいえ…いけませんよマヨイ、お頭や藍良さんたちに格好がつきません!)」
「もぐ。…んっ…(マヨちゃん、張り切ってるっすね〜、僕もちょっとは頑張らないと帰れないっすから)」
「…大丈夫なンかねぇ、これから…」
「再開します」
監督の一声で、空気がガラッと変わる。
次は、マヨイが捨て犬で遊ぶ所から。
「3、2、…、」
「…ぁあ゛っ!!…クソっ、クソックソ、クソが!!!!!」
薄暗い路地裏に何故かあるゴミ箱やら不法投棄されたテレビやらを衝動のままに蹴り飛ばす。
途端に生ゴミが腐った匂いと、ガラスの破片が辺りに充満する。
そんなことしても、この身を焦がす怒りの激情は抑えられず、脳の血管がぶちぶちと音を立てて切れていくような感覚がした。
“俺”は恩義を尽くしてきた筈だ。
親父と呼ばれる、組織にいる実質的なボス。
そいつに命令されりゃ人も殺したし、組織に歯向かう者も一掃した。馬車馬のように働いた。
それで笑われようが貶されようが、俺には親父がいてくれる。だから大丈夫。だから踏ん張れた。
…なのに、
さっきの親父の顔が浮かぶ。
演技でもなんでもねぇ本物の嘲笑。
隠すつもり…ってか隠しておくつもりだったんだろう。あの笑みがなけりゃあ、一生、俺は何も知らないまま、言われるがままに動く従順な犬っころとして使い潰されていただろう。
滑稽でたまらないという、何度も俺に向けられ見慣れた、俺が見間違うはずもないクソみてぇな笑顔。
両手を服の裾に擦り付ける。
もちろん、汚れてない。驚くほど綺麗にされた両手が気持ち悪くてたまらなかった。
「…なん、で、だよ…」
小さくて頼りない呟きは、誰にも拾われず空気に溶けていく…はずだった。
いいや、消えてしまうべきだった。
「…あの、大丈夫…?救急車、とか呼びます?」
「は?…誰だ、アンタ」
見上げた先の長い紫色の髪は太陽光に反射して眩しいくらいにきらきら輝いている。美しいと評するのが相応しい、艶やかで真っ直ぐで、綺麗な髪。
たれ下がった眉と、心配している、とゆらゆら煌めく翡翠の瞳が、ただ醜いだけの俺を写していた。
「え…っ、と、」
何も知らない。
ただ気分が悪そうにしていた俺を気遣ってくれただけ。
ささくれだった心が静かになっていく気がした。純粋な優しさが、ひどく心地良かった。
思わず目を細めるくらい、今の俺には眩しい眼下の…男だか女だかの、人。
だからこそ、ダメだ。
「…っ、やめろ。関わるな。今見たことは全部忘れて、あったけぇ我が家に帰ンな」
ふい、と顔を背ける。
眩しい。目が痛い。
俺にはやはり、薄暗い路地裏が似合ってる。そっちには行かない。
…行けない。
此方に来る足音がした。
やめろ、来るな。お願いだから、今は、今だけはダメだ。
「…っ、」
影が伸びた。屈んで中腰の体勢になっているらしい。
気配がする。
すぐ近くに感じる呼吸音と吐息。
やめろ、やめろやめろやめろやめろ!!!
「…いたい?」
すり、と頬を撫でられる。壊れ物を扱うように、ひどく優しく顔をそっちに向けられる。
「な、に…」
わからなかった。
理解出来なかった。
「いたいの、いたいの、とんでけ」
ゆっくり紡がれる言葉の節々から、俺の怒りとか悲しみを溶かすみたいな、労る声色が混ざっていた。
「…ふふ…」
下がった眉をさらに下げて、にこりと不器用に微笑んだ。
心臓が痛くなった。
よだれが出そうになった。
何故かは分からない。
可愛いくて可愛いくて、たまらないのに。
腹が減った。
「…え、」
慈愛で満ち溢れた目から、きれいで透明な雫が一滴垂れた。
もったいない。
なんで泣く、とか、なんで笑う…とか、色々思うところはあったはずなのに。
一発で堅気の人間ではないと分かる俺に関わる目の前のおかしい人の異常な思考に気づかないまま、涙の行く末を食い入るように見つめる。
一滴のきれいな雫は呆気なく床に吸われた。
また一滴。
長いまつ毛で覆われた瞳から零れ落ちる。
また一滴。
汚い床なんかにくれてやるくらいなら、俺が欲しい。今度は溢さないように、口を開けて恵みを待った。
一滴。
ちゃんと口の中に入った。少し口内で味わってから飲み込む。
しょっぱいけど、美味しい気がした。
「…」
笑ったり、泣いたり。
感情が忙しい奴だな、…なんて、場違いなことを考えた。間違いなく、正常な思考じゃない。
でも、今度は不思議と眩しくなかった。
その代わり、目の前がぐにゃりと歪んで、目頭が熱くなった。
無数の殴打跡が痛くないといえば嘘になる。
けれど間違いなく痛みは和らいだ。誰が何と言おうと、俺の”痛み”は狂わされた。
「…いたいの、とんでった?」
こてん、と子供みたいに首を傾げる仕草が図体に似合わないはずなのに、可愛いらしく思えてきて、今度は心臓に近いとこが痛みそうだった。
「…あぁ。…ありがとう」
きらきらしてる方に手を伸ばす。
そいつに触れたいのに、もう少しで届きそうなのに、俺は躊躇う。間違いなく俺が触れてはいけないモノだ。触れてしまったら、何かが壊れてしまうような気がして、どうしても触れられない。
「…っ、」
あぁ、だめだ。手を伸ばすには、俺は汚れきってしまっている。
だから、か?
だから、親父は…
「?…触らない、んですか?」
あまりにも簡単に、手を絡め取られる。
白い肌に太陽光が反射して煌めく手は、俺と同じ人間なのかと疑ってしまうほど血色が悪かった。
彼…だか彼女だか…、コイツは本当に人間なのか?
馬鹿みたい。そんなことある訳ないのに。人間であってほしくない、とすら思った。
…あぁ、いや、そうか。
人間じゃないのは、俺か。
「…ふふ、手、あったかいんですねぇ」
はにかむように笑うその人は、俺が生きてきた中で一番綺麗な人だと思う。
「…お前の手は冷てェな。」
いたくて、つらくて、くるしくて、頭がおかしくなりそう。
「おまえ……」
不満そうに、ぽつりと呟いた。
「だって名前知らねぇもん」
「あ、…そっか」
ふふ、って小さく笑った。口の端にあるほくろがただただえっちだと思った。
「さぎ。」
「…さぎ?」
「さぎ、しゅう」
「しゅう」
さぎ、しゅう。
確かめるように紡いだ言葉は、驚くほど口に馴染んだ。
「うん。なぁに、おにーさん」
あまりにも嬉しそうに笑うから、しゅうが歯を見せて笑うから、俺の心臓が壊れたかと思うほど激しく鳴って、目の前がぐにゃりと歪んだ。
しゅうの顔が見たいのに。
しゅうに触れたいのに。
しゅう、しゅう。
しゅうしゅうしゅうしゅう。
さぎ、しゅう。
年齢も知らない。
住所も知らない。
家族構成も知らない。
好き嫌いも知らない。
知ってるのは、顔と名前だけ。
『よく見て、触れて、確かめて』
⇩ CAST ⇩
さぎ しゅう役 :礼瀬マヨイ
???役:天城燐音
志傘役:椎名ニキ
真山・時下・作倉役:金井健
親父(松一郎)役:高家国重
・
・
・
/
「…マヨちゃん、変態さん上手っすねー」
ぽりぽりとカ◯リーメイ◯を噛み砕いていたニキが、感嘆したように呟いた。
ニキ自身は独り言だったのかもしれないが、静かにピシッと背筋を伸ばして座っていたマヨイには一言一句逃さずしっかりと聞こえた。
「へっ!?す、すみませんっ変態でごめんなさぁぁあぁい!!!」
「なはは〜…否定しないんすか」
「あっ!?い、いえっ、私は変態なんかじゃないです!!!」
「はいダウトォ」
「ひぇっ…!」
本日何度目かの、肩に感じる質量。さっきは隅の方でスタッフの人と何か話し込んでいたはずの燐音が、台本を片手にこちらへ話にきた。
「さっきの恍惚顔は何かなァ?マヨちゃん」
ニヤニヤ、意地の悪そうな、ガラの悪い顔。マヨイの警戒と恐怖心がMAXになる。
「ぁヒィっ!…うぅ…」
「…んぃー?(さっきのこーこつ顔…あ、)…国オジサンが演ってる松さんがマヨちゃんのほっぺホントにぶったやつっすか」
マヨイの肩が大袈裟にびくりと跳ねて、燐音の口角が少し下がった。
「ほら。」
ぴらりと燐音がさっきの、件のシーンが記載されているページをニキに見せる。
………?
「…驚き…ご、ごう…、おどろ、ご?」
「きょ、驚愕と読みますぅ…」
「意味はひどく驚くこと…だ。」
つまり、あのシーンでは、親父に手を上げられてしまったしゅうは驚かなくてはならなかったわけだ。
結果的に監督がOKを出したものの、マヨイは怒るべきだった…みたいなことを言いたいのだろう。ぽりぽりと頭をかいて、燐音は言葉を選ぶように口を開く。
「あ〜…、役に入り込んでた国サンが悪ィんだけ「あのっ!」…ど?」
「あ、そのぉ…、本当に、大丈夫です。天城さん。高家さんにはもう充分謝っていただきましたしぃ…」
申し訳なさそうに眉を下げたマヨイが燐音を遮る。珍しいこともあるものだ、とニキはもぐもぐと咀嚼しながら考える。
はぁ…と短いため息が燐音の口から漏れる。
「そゆコトじゃなくて。」
もう腫れも引いたけれど、まだほんのりと赤みが残っているマヨイの頬に手を添える。
「ぁ、のっ…」
途端に視線が四方八方へ泳ぐマヨイを逃すほど、燐音は優しくない。
「アイドル屋さんだろ、マヨイちゃん。せっかく綺麗な顔してンだから、大事にしねェと罰当たりっしょ」
くすぐったいような、うれしいような。心配される…というか、純粋な好意を向けられることに慣れてないマヨイはどうすれば良いのか、ただただ迷った。
「あ、ぅ、っ…はい。ありがとうございます…」
受け取って、咀嚼して、飲み込んで。
そして、燐音に感謝を込めて返した。
どこか満足そうにした燐音は、マヨイから手を離す。それで良ンだよ、でも言いたいような笑みで。
「あ、話終わったっすか?マヨちゃん、これプチシューなんすけど、いる?」
一応行間を読む、ということをしたニキは、燐音とマヨイの話が終わったタイミングでコンビニのロゴが入ったビニール袋を漁って取り出したのは12個入りのプチシュー。
コスパ良し・値段良しで最高なんすよ、といつぞやのニキが言っていた気がする。
「(…いえ、椎名さんなら言いそうという説得力がありますねえ…)…ふふ、はあい、いただきます」
「んっふふー、」
「うっっわ笑い方キッショ」
「はぁ!?ちょっと燐音くん!アンタそういうとこっすよ!!!」
ぎゃあぎゃあ、取っ組み合いを始めてしまった燐音とニキをよそに、マヨイは貰ったプチシューを一つ摘んで食べる。
一口が小さいと定評のあるマヨイでもぱくりと食べてしまえる大きさなら、椎名さんと天城さんは2〜3個ぐらい一気に食べてしまえそうだ。
「…ん、!」
一口噛むと中からカスタードが溢れ出してくる。カスタードは甘く、けれどしっとりした生地の甘さが控えめでとても食べやすい。
「(これは…いくらでも食べてしまえそうですねぇ)」
「もぉー、燐音くんっ…ぁ!マヨちゃん!」
燐音にキメられて反撃しようとしたニキが何かに気づき、マヨイの方に走ってくる。
「ぅえっ!?ぅ、あ、 はいっ?!」
続けて燐音も何してんだコイツ、という顔をしながらノロノロ歩いて来る。
マヨイの近くまで来ると、膝の上に乗せられた箱の中からプチシューを一つ摘んだニキは大口を開けて中に放り込む。もぐんぐもぐ、と口を動かして、喉仏が動く。
「おいしー?」
「…えっ?あ、えっ!?…はい、それはもう…?」
な、なぜ私に聞いたのでしょう…?椎名さん今食べましたよねぇ……?
マヨイが困惑していると、燐音も続けて同じように放り込む。
「おぉ、美味っ。」
「っすよね!コンビニスイーツだからーって甘く見ちゃだめっすよ!これだって結構な数ありますけど、めっちゃコスパいいんすから!僕にとってもう神に等しいっ、デッ」
「うるせーわ」
「ひぃっ!」
「…礼瀬さんって、クレビの人と仲良いんですね?」
「あ?…あぁ、一彩くんのお兄さん怖そうだもんね」
「治安悪い人に絡まれる礼瀬マヨイ…ありがてぇ〜〜〜…拝んどこ」
「オタクくんこわ」