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「お母さん、謝りたいこと、あるんだ。」
夕食の準備をしないと、とせかせかとキッチンで野菜を切っているお母さんに、
僕は聞こえるかわからないくらいにポツリと言った。
「…どうしたの?」
元貴から謝りに来るなんて珍しいわね
──なんて顔で、お母さんは真剣な僕のことを見詰めた。
正直いうと、言葉が詰まった。
こんな弱々しい僕をずっと見守ってくれているのに、友達はゼロで、
中学生3年生になっても変わろうとしない僕。
自分に嫌気が差す。
お母さんも…きっと、
「……今日の授業で、“みんなの将来の夢を発表しよう”っていうのがあって。
…僕、もう中3なのに、将来やりたいこととか、ちっとも決まってないもんだから、みんなに笑われて。
……そしたら、クラスのYくんに、シャーペン、へし折られちゃって…。」
お母さんが、僕に嫌気が差さないように、なるべく軽い口調で、ヘラヘラ笑いながら折られたシャーペンを見せた。
でも、僕は嘘をつくのが大の苦手だから、僕の放ったその声は震えていたみたいで、お母さんはすぐに僕を叱った。
「元貴は何も悪くないんだよ。だから───」
「事務所、入れてくれたのに…!やっぱり、僕が弱っちいから…!!───家族のためになれてなくて、…ごめんなさい……」
折られたシャーペンを両手に強く握りながら、いつのまにか僕は涙していた。
そんな僕を、お母さんは昔からずっと変わらない温もりで抱きしめてくれた。
じんわり、そっと、お母さんの温もりが伝わって、尚更涙が止まらなくなった。
「ううん…、謝ることはないよ。これからだよ。元貴!…今は後先が見えなくても、きっと必ず…!!─── フフ、私ったら、無責任になっちゃった。」
お母さんの言った言葉がどれだけ無責任でも、今だけは温もりを感じていたかった。中3にもなるのに、だらしない。
でも、今だけは涙を流すことしかできなかった。
・・・・・・・
もし、僕が誰よりも成長した時、僕をいじめてきた人とか笑ってきた人は、どんな見返りが訪れるんだろう。
─── そんな下劣なことをベッドの上で考えてしまって、その夜はなかなか寝付けなかった。
目覚まし時計をチラリと覗くと、ベッドに入ったのは23時だったというのに、そうこうしているうちに いつのまにか日を跨いでいた。
僕は焦って、悩みで溢れんばかりの脳を眠らせた。
・・・・・・・
──── 目が醒めると、朝だった。
いや、それは夢の中だった。
頭の中では夢だと認識しているのに、
現実の僕は何もないように眠っているようだ。
まさに『夢』って感じのゆめかわ、ユニコーン、薄紫の月・・・・って感じの空間で、頭がホワホワする。
─── 僕が辺りを見回していると、どこからか幼い笑い声が聞こえた。
──── それは、紛れもない…僕だ。
幼少期の僕が、そこにいた。
「お兄ちゃん、なんで泣いてるの?」
幼少期の僕が、喋った。
泣いてる?と聞かれて、
初めて目頭が熱くなるのを感じた。
「ぁ…ううん、なんでもないよ。…えっと、ここはどこかな?」
僕は指で涙を拭った。
幼少期の僕は、ミニカーで遊びながら、子供らしくない口調で話す。
「ここはね、お兄ちゃんの“人生の待機場所”。」
「は?なんだよそれ。」
“人生の待機場所”なんて言われたら、僕は死んだみたいに言われた気がして、幼少期の僕相手に、少しキツイ言葉遣いをしてしまった。
「うーん。ボクもよくわからないんだぁ。ごめんねっ?」
仕草は子供だ。少し嫌悪感を持った。
「う、ううん…大丈夫。ありがとう。」
でも、やっぱり、子供は可愛らしい。
大人には知らないこととか、大人では気付かないことを教えてくれる。
「ねぇ、お兄ちゃん。ボクとしばらく遊んでよ。ひとりぼっちで寂しいんだっー。」
僕は末っ子なものだから、今更だけれどお兄ちゃんと呼ばれるのは、なかなか慣れないものだ。
遊ぶ…と言っても、幼少期の僕のそばには3台のミニカーだけ。
「うん、いいよ。何すればいいかな?」
僕は、幼少期の僕と視線を合わせるようにして、保育士のように屈んで、そう聞いた。
「お兄ちゃんは、このパトカーさんして!」
パトカーのミニカーを持って、幼少期の僕と遊んだ。
幼少期の僕は、満足そうに、笑顔をたくさん見せてくれた。
それがなんだか、嬉しかった。
僕も、笑顔になっていたような気がする。
・・・・・・・
目が覚めると、今度こそ朝だった。
昨晩の記憶は、ないと等しい。
よく眠れていないから、ピリピリと頭痛がした。
でも、これだけは確かだった。
───僕は、人を笑顔にさせる仕事がしてみたいと、うっすらだけど、心の奥から感じた。
「おはよう、お母さん。」
昨日の夕食前、散々泣き腫らした顔が、明るい様子で挨拶をする。
お母さんも内心驚いただろう。
僕も、今日の僕は昨日の僕じゃない気がして、びっくりしたくらいだ。
「おはよう、元貴。よく寝れた?」
「んーー、あんまり。なかなか寝付けなかったよ。」
「そっかぁ、最近寒暖差が激しいもんね。」
僕のお父さんとかお兄ちゃんには、昨日僕が泣きじゃくっていたことは内緒だ。
お母さんも、それをわかっていたから、昨日寝付けなかったことについて、大きく踏み出さずにいた。
朝食を食べ終えた僕は、珍しくもルンルンな気持ちで身支度をして学校を出た。
その1日からは、着々と、誰のものでもなく、僕のものになっている気がした。
───今日も、あの夢を見れたらいいな。
コメント
1件
ああ、もうめっちゃ沁みた……。いじめられて泣きじゃくる元貴くんのお母さんの温もりが、地の文からじんわり伝わってきてこっちも泣きそうになったわ。幼少期の自分と遊ぶ“人生の待機場所”っていう設定、めちゃくちゃファンタジーで好き。夢の中で「人を笑顔にしたい」って気付く流れ、自然でグッときた。第3話も絶対読むわ🔥