コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「何年か前に、透子、新人研修の指導したことない?」
とりあえず一番最初の出会いをまずは伝えるとするかな。
きっと透子はまったく思ってもいない出会いだろうけどね。
「あぁ、うん。一時期、何人か対応してたことあったけど」
「オレ。その時いたんだよね」
「え?そうなの!? ごめん。いっぱいいたから全然覚えてないかも・・」
案の定予想していた反応が返って来る。
「そりゃそうでしょ。その時オレもこんな感じじゃなくて全然やる気なかったから目立ちもしてなかったし」
「意外・・。今こんなエースなのに、最初はやる気なかったってこと?」
「まぁ。最初は入りたくて入った会社じゃなかったから」
「なのに。なんでそんな変わったの?」
「オレがここまで変われたのは、透子のおかげ」
「えっ!?私!? 全然、意味わかんないんだけど」
だよね。
透子にはまったく記憶にも残っていないようなことだろうから。
「この会社入社してまだやる気も見いだせなかった時、透子が新人研修についてくれてさ。その時さ、透子がオレたち新人にかけてくれた言葉だったり、仕事してる姿勢が、やけにその時のオレには響いてさ。カッコイイな~って素直に思った」
「えっ、いつだろう。どんな私見られてたか不安なんですけど!」
「大丈夫。オレにとってはその時から透子は輝いてたから」
透子がその時かけてくれた言葉は、何の光も見えなかったオレには強く響いて。
透子にとっては何気ない言葉だったのかもしれないけど、オレにとってはそれが大きな光になった。
あの時から、透子はどうしようもなかったオレに光を与えてくれた、ずっと特別な存在だったんだ。
「そん時さ、オレ少し透子と話したことあんだよね」
「えっ! そうなの!?」
「やっぱ覚えてないかー!」
当然といえば当然なんだけど、実際覚えてないって面と向かって言われると、正直ちょっと寂しくてへこむ。
「何、話したの?」
「その時のオレやる気なかったからさ、当時の透子気にかけてくれてさ。声かけてくれたんだよね」
透子にとっては大勢いる中の1人で、毎回あんな風に声をかけていたのかもしれない。
「オレ透子にさ、『やる気ないんですけどどうしたらいいですか』って聞いて。まぁ多分適当にあしらうか、ありきたりな言葉でも言ってくるんだろうなぁって思ってた」
あの時のオレは正直あーいう研修とかも面倒くさくて。
仕方なくその場にいたオレは、やる気もなくただこなしているだけだった。
あの時のオレは頑張る意味なんかわからなかった。
だから正直丁寧に接して来た透子の存在だって、最初は少し面倒だった。
そんな状況が退屈で、ただその時そこにいた透子に対しても、ちょっと困らせたくなったというか、からかいたくなったというか。
単なる暇つぶし的な、適当にあしらう大人の1人だった。
なのに。
透子は違った。
「そしたらさ。透子に言われた言葉が『やる気ないなら別に無理しなくてもいいんじゃない?』って。まさかの答えが返って来て驚いた」
そんな風に返されるなんて思いもしなかった。
仮にも新人育てる立場でそこにいるわけだし、きっとありきたりな正しいこと言って来るんだろうなって思ってたから。
大人なんてオレの気持ちを優先してくれることなんかないと思ってた。
実際、オレの意志なんてその時はどこにもなかった。
何がやりたいのか、どうしたいのか、何を求めてるのか、自分でわからなかった。
それこそ誰かに心動かされることなんてなくて。
その当時言い寄って来る女たちは山ほどいたけど、そこにどう気持ちがあるのかも理解出来なかった。
何を言われても、どれだけ身体を重ねても、なんかどれも薄っぺらく感じて。
オレの何を見てそんな風に言ってるのか、何を思ってオレに近づいて来るのか。
オレ自身、中身は空っぽな、くだらない男だったのに。
思ってることを表に出さなかったのに、何を見て好きだとか付き合ってほしいだとか言って来るのかわからなかった。
だけど、その時のオレには執着するモノも執着する相手も当然いなくて。
それでも健全な男である以上、来るもの拒まずでいれば、身体の欲求は満たされる。
ただそれだけ。
だからオレの言うことに対して、周りはYESというヤツばっかりで、そんな状況にオレも慣れて当たり前に過ごしてた。
なのに。
透子は、オレのそんな救いようのない言葉に対しても、ちゃんと返してくれた。
初めてちゃんと向き合ってもらえたような気がした。
一人の人間として。
「それ新人研修で言う言葉じゃないよね(笑)」
透子にとっては、もしかしたらそんなオレが面倒くさくて、本当に適当にあしらっただけなのかもしれない。
「でもそれが突き放した感じじゃなくてさ。その時のオレの存在を否定しなかった気がして。なんか嬉しかったんだよね」
きっとそこで当たり前のような説教だったり、テンプレみたいな言葉だったり言われていたら、多分オレの中でも何も響かなかったと思う。
だけど、オレのやりたいようにすればいいと言われたことが、なんか嬉しかった。
「否定なんてしないよ。皆どんな状況であってもそれぞれ思うことは違うワケだし、納得いかなかいことを無理にしなくてもいい。自分を偽って自分が無理する必要ない」
そう。
多分こういうこと言ってくれる人がオレの周りにはいなかった。
だからその時の言葉が響いて、この人の言葉をもっと聞きたいって思った。
「それでその時オレ聞いたんだよね。『あなたの仕事してる意味ってなんですか?』って」
なんかこの人は当たり前の言葉は出て来ないような気がして。
なんかオレが求めてるような言葉をくれる人のような気がして。
「そしたら透子。『自分を好きになるため』って言ったんだよね」
「よく、覚えてるね」
「そりゃね。そんな言葉が返って来るとは思ってなかったから」
それは透子が自分に対して言った言葉なのに、やっぱりなぜかオレの中で響いて。
その時までのオレは自分を好きだと思えたことなんて一度もなかったから。
そしてそんな自分になれてないってことに、その時初めて気付いた。
そしたら、なんかすげーちっぽけな人間に思えて。
自分で一ミリも好きだと思えない自分なんて、どれほどの価値があるのだろうと。
そんなオレをなんで周りは好きだと近づいて来るのか、余計にわからなくなった。
だけど、なぜかその時、オレも自分で自分を好きになれる人間になりたいって思った。
そしたら、何かが変わるような気がして。
何かが見えるような気がして。