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兄でーす!大学の合間に投稿wたいへんだぁ…w
第2話 —残響—
雨は翌日も止まなかった。
梅雨の東京は街ごと憂鬱を纏い、灰色の雲が空を覆っていた。
アスファルトの上をタイヤが水をはねる音が遠くまで響く。
ほとけは、組の本部の奥の小部屋で、黙って座っていた。
まだ肩の傷が痛む。
シャツは着替えたばかりで、縫合したばかりの包帯に滲む血が赤く目立つ。
組長の机越しに、若頭が目を細めて見ていた。
「ほとけ、説明しろ」
若頭の声は低く押し殺されていたが、怒気が滲んでいた。
木の机に並ぶ資料の上に、昨夜の現場写真が何枚も置かれている。
血痕。転がる死体。
雨で濡れた弾痕。
暴力の爪痕。
「……予定通り、取引成立の振りをして呼び込んだが、向こうの手際が予想以上に早かった。こちらも即応したが、敵が散開して逃走。いふ……向こうの幹部格との撃ち合いになった」
「結果はどうだ」
「取引は潰した。商品は押収。だが取り逃がした。死傷者はこちら二名、敵側三名。だが奴は生きてる」
「肝心の奴を取り逃がした理由は?」
若頭の目は冷たい。
ほとけは口を閉ざした。
喉がひりつくほどの沈黙。
「……撃ち漏らした。以上です」
「……ほぉ?」
若頭がゆっくり立ち上がる。
組長は何も言わない。
眉一つ動かさず、煙草をくゆらせていた。
「ほとけ、お前は今まで一度も取り逃がしたことがなかったな?」
「……」
「お前に任せたのは“殺れ”という意味だ。それが出来なかった理由を聞いてる」
ほとけは視線を落とした。
返す言葉がない。
「まさか情でも移ったか?」
机の奥で煙草の先が赤く光る。
組長の低い声だった。
部屋の空気がピリ、と張り詰める。
ほとけはゆっくり首を振った。
「ありません」
「なら次は殺れ」
「……はい」
「次もしくじったら、お前を処分する」
それは脅しではなかった。
事実の通告だった。
ほとけは深く頭を下げた。
部屋を出ると、若衆たちが廊下で目をそらした。
冷たい視線、噂話。
「ほとけがしくじった」
「相手は関西のあの“いふ”だ」
「容赦しないほとけが情をかけたらしい」
そんな囁き声が耳に突き刺さる。
「……バカみたいだ」
呟く声が震えていた。
どうして躊躇った?
殺せばよかった。
仕事だ。
いつも通りだったら、今ごろ奴は棺桶の中だ。
けれどあの目が、忘れられなかった。
笑っていたのに、泣きそうだった。
諦めたような目。
なのに戦うことをやめなかった。
誰も信じていないのに、何かを守るような目。
「クソが……」
ほとけは拳を壁に叩きつけた。
コンクリートが痛みを返す。
血が滲む。
その痛みだけが現実だった。
一方、その頃。
都内の別の廃ビルの一室。
簡易の医療道具が広げられ、椅子に座ったままいふは肩を縫われていた。
「痛いのう。お前、手荒いわ」
「文句言うなら自分でやれ」
関西弁の舎弟が不機嫌そうに針を引いた。
血が滲む度にいふは小さく笑った。
「……ほとけ、言うたな」
「は? あの相手か」
「おう」
いふは天井を見上げた。
鉄骨がむき出しで錆びている。
電球がチカチカと不安定に光る。
「綺麗な目しとったわ」
「はぁ?」
「殺す目やったけどな。嘘つかへん目やった。ほんで、どっかで諦めとった目や」
舎弟は縫合を止めていふの顔を覗き込んだ。
「兄貴……殺りそこねたのって、わざとちゃいますよね?」
「アホか。あいつのが上手やったら死んどったわ」
いふは薄く笑った。
その笑みは苦い。
「けど、引き金引けへんかった。……俺も、あいつもや」
「……意味わからんすわ」
「俺もわからん」
縫い終わった傷跡を見下ろした。
血が滲む糸の縫い目。
生き延びた証。
「せやけど、次は殺す」
「当たり前っすわ」
「次こそ撃ち抜く。……それがケジメやろ」
いふは立ち上がった。
肩が痛むのを無理に抑え込む。
舎弟は慌てて荷物をまとめた。
「……兄貴」
「ん?」
「殺るんはええですけど、ビジネスも考えてください。こっちも被害出たんすから」
「そんなん知るか。組長には俺が謝っとく」
「勘弁してくださいよ……」
舎弟がぼやく中、いふはポケットから煙草を取り出した。
火をつけて、一口吸う。
煙が喉を満たす。
頭がクラクラする。
血の味が蘇る。
「ほとけ、か」
独り言のように名前を呟く。
雨音が窓を叩く。
東京の夜は、関西人には冷たすぎた。
数日後。
東京湾岸の倉庫街。
ほとけは部下たちを前に立っていた。
「次の襲撃だ」
地図が広げられる。
敵組織のルート、アジト、警備の配置。
いふの組の勢力図。
「目的はただ一つ。いふを殺す」
部下たちの目が鋭く光る。
ほとけの声は感情を押し殺していた。
「必ず仕留めろ。俺もやる。何があっても逃がすな」
「了解です」
「これがケジメだ」
誰にも悟られないように。
ほとけは拳を握り締めた。
血が滲むほど。
その夜。
いふもまた、仲間たちに指示を出していた。
「ほとけが来る。来んかったらこっちから行く」
「兄貴、無理しすぎっす」
「うるさい。あいつとは決着つける」
「どうしてそこまで――」
「殺さなあかんからや」
いふは吐き捨てた。
煙草をもみ消す。
灰が床に散る。
「なあ……もしも」
「……」
「もしも、殺したくなくなったら?」
舎弟が小さな声で聞いた。
いふは返事をしなかった。
代わりに鋭い目で睨みつけた。
その目の奥で、何かが揺らいでいた。
雨が続く東京。
灰色の空。
湿った空気。
生臭い血と硝煙の匂い。
二人はそれぞれの組織のために、相手を殺す準備を整えていた。
覚悟を決めていた。
なのに。
どこかで、たった一度でも、あの夜のあの目を思い出してしまう。
殺すべき敵。
それなのに、心を掴んで離さない。
雨が止むころ、どちらかが死ぬだろう。
それが、二人の結論のはずだった。
ほとけは最後に一人になった部屋で、机に肘をつき、血のついたグローブを見つめた。
手が震えていた。
「……次こそ殺す」
それが使命だ。
それが自分だ。
だけど喉の奥から滲む声は、震えていた。
泣きそうなほど。
いふもまた、血の滲む包帯を外し、縫い跡を爪でなぞった。
痛みで目が覚める。
「殺したる。絶対に」
けれど胸が苦しくて、呼吸が乱れた。
二人はそれぞれ別の場所で、同じ夜を過ごした。
雨音を聞きながら。
同じ後悔を抱えながら。
同じ決意を固めながら。
次こそ、必ず終わらせると。
コメント
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お兄さん大学生!? 大学お疲れ様です! 大学生か......年上だぁ......
お兄さん大学生なんですねっ!?お疲れ様ですっ!!(( この小説めっちゃ好き…()
大学生なんすか!!? 小6と大学生関わってるだけでなんかすごい…(?? こ、ろ、し、やって感じがしてすき…