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「……国王陛下が目覚めた、ですって?」
王妃カサンドラは、王妃付きの侍従からその知らせを受け、ゆっくりと目を細めた。不快そうに。けれど、どこまでも優雅に。
「そう。まだ、お目覚めになる力が残っていたのね」
指先が、手元のチェス盤に触れる。盤上には、白と黒の駒が整然と並んでいた。
「聖灯の儀を早めましょう」
「は……?」
「今夜、執り行いなさい。有力貴族たちも、全員集めるのです」
侍従の顔が青ざめる。
「しかし、今夜ではさすがに準備が……」
「わたくし」
カサンドラは、にっこりと微笑んだ。柔らかな声。けれど、その場の空気が一瞬で凍りつく。
「二度は言わない主義なの」
「ひっ……」
「それとも……命令に従えない理由でもあるのかしら?」
「め、滅相もございません! すぐに手配いたします!」
侍従は深く頭を下げ、逃げるように部屋を出ていった。扉が閉まる。静寂が戻った室内で、チェス盤の上に立つ白いキングを、指先で撫でた。
「誰が次の王にふさわしいのか」
カサンドラの唇の端が、かすかに持ち上がった。
「今夜、皆さまに見せて差し上げましょう」
***
王城、聖灯の間。高い天井の下には、高位貴族たちがずらりと集まっていた。左右の壁に並ぶ無数の掛け燭台。
そして、広間の中央に据えられているのが――『王家の聖魔石』。透明な結晶の中では、無数の光の粒子が、生き物のようにゆっくりと渦巻いている。
聖灯の儀。次の王となる者が、王家の光魔法をこの魔石に流し込み、広間すべての燭台へ一斉に火を灯す儀式。
それは、ただの儀式ではない。継承者としての正統性を、貴族たちの前で示すためのものだった。
「カサンドラ王妃殿下、ならびにユリウス王太子殿下のお成り!」
侍従の声が響き、重厚な扉が開く。
王妃とともに現れたのは、王太子ユリウス。次期国王とされる、まだ十五歳の少年だった。
豪奢な礼服に身を包んでいても、その姿に王太子らしい華はない。顔立ちは平凡で、視線も落ち着かない。誰もが頭を垂れる中、ユリウスは母の後ろで小さく身を縮めている。
「王太子」
カサンドラの声が、静かに響いた。
「早く前へ。今こそ、力を示すのです」
「……は、はい。母上」
ユリウスはびくりと肩を揺らし、慌てて一歩踏み出した。王族としての作法は、身についている。けれど、背筋は強張り、指先は礼服の袖口を何度も握り直していた。
(ずいぶん急な儀式だね。父上が目覚めたのが、よほど都合が悪かったのかな)
レオンは、人垣の奥からその様子を眺めていた。
ユリウスが、聖魔石の前に立つ。そして、右手をかざす。
「王家の光よ」
手のひらから、淡い光が流れ出す。けれど、その密度はあまりにも薄かった。
一つ目の燭台に、弱々しく火が灯る。少し遅れて、二つ目。三つ目。まるで消えかけの蝋燭の炎を、無理やりつないでいくような、頼りない光だった。額に、うっすらと汗が浮かぶ。
「おお……さすがはユリウス王太子殿下」
「これが、正統なる王家の光……」
貴族たちは口々に賛辞を述べる。だが、その声には明らかな戸惑いが混じっていた。本当に、これでいいのか。そんな疑念が、広間の空気に薄く滲み始める。
本人も、それを分かっているのだろうか。かざした手が、ほんのわずかに震えていた。玉座の傍らで、カサンドラだけが優雅に微笑んでいる。その時だった。
――パキィン……ッ!
破裂音が、広間に鋭く響き渡った。聖魔石の表面に、大きな黒い亀裂が走る。隙間から噴き出したのは、どろりとした漆黒の瘴気。
「な、なんだあれは……!?」
「まさか、魔石に黒魔法が!?」
悲鳴が広間を満たし、貴族たちの顔色が一変する。聖魔石が、台座から転げ落ちた。
――ドゴォォンッ!
重い音を立てて床を砕き、黒い煙を撒き散らしながら暴走する。
「逃げろ!」
「魔石がこっちへ来るぞ!」
「誰か、止めろ!」
混乱の中、ユリウスは手をかざした。
「鎮まれ……!」
指先に、かすかな光が灯る。けれど、それはあまりにも弱かった。瘴気に触れる前に、淡い光は消えていく。
「……っ」
血の気が引いた顔で、ユリウスは俯く。分かっていた。自分に、聖灯を鎮めるほどの力などないことくらい。聖魔石は、まるで明確な悪意を持つかのように、人垣の奥へ突き進んでいく。
その先にいるのは、レオン。
「レオン殿下! お逃げください!」
「危ない!」
コメント
1件
第86話、読んだよ……!王妃カサンドラの「二度は言わない主義なの」、あの静かな圧が本当に怖くて好き。ユリウスくんのぎこちない祝福の光と、割れて瘴気をまき散らす聖魔石……対比が鮮烈すぎて鳥肌立った。十五歳で母の駒にされてる感じ、胸が締め付けられる。最後、レオンのところに魔石が向かって終わったのも気になる!続きどうなるんだろ…!
柊トワ
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Jasmine
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