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太陽は高く、地平の彼方に滲むように昇っていた。焼けつくような光に導かれるように、ひとりの男がゆっくりと歩き続けている。
その男――呪いを受けた勇者は、ボロボロの衣をまとい、鞘を失った剣を引きずりながら、虚ろな目で前だけを見つめていた。
もはや彼に自我はない。ただ、生きているという形だけを保った、“動く影”のような存在だった。
その進行を阻むように、一人の青年が道の真ん中に立った。
神官の装束に身を包んだその青年――勇者の幼なじみである神官は、唇を強く結び、風に吹かれるままにその場に踏みとどまっている。
その手には祈りの杖、瞳には決意と――隠しきれぬ悲しみがあった。
「……勇者。聞こえる? ぼくだよ。ーーだよ……。お願い、思い出して」
神官の呼びかけに、勇者は無言のまま立ち止まる。
焦点の合わないその目に、神官の姿がどこまで映っているのかは分からない。
やはり、もう神官の声は届かないのだろう。
手を伸ばせば、触れれば、自分は塵になると分かっている。
それでも神官は、一歩も引かずにそこにいた。
「……きみに触れられないなんて、ぼくは嫌だよ」
その言葉に、勇者が足を一歩、神官の方へ踏み出す。
神官もまた、そっと手を差し伸べた。
その指先は震えていたが、ためらいはなかった。
神官の指先が勇者の胸に触れた、その瞬間。
空気が弾け、光が広がり、神官の身体が粒子のように崩れていく。
灰のように、風に溶けて消えていく神官。
そのとき、勇者の目に一瞬だけ輝きが戻った。
「」
唇が動いた。
かすかに揺れた声が、確かにーー神官の名を呼んだ。
その声には、痛みと温もりが混ざっていた。
だが、それもすぐに消える。
すべてを見失ったように、勇者だった何かは再び歩き出す。
今度は、ためらいもなく。
自我の残滓すら焼き尽くすように、太陽に向かって真っすぐに。
光に導かれ、彼はまた“何か”へと進んでいく。