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この世界には『獣人』がいる。
基本的には人型で、獣の外見的特徴や能力を持っている種族だ。
人の顔に身体、狐耳と尻尾を持つ狐人(フェネック)や、人型ながら狼の頭と全身毛に覆われている狼人(ヴォール)が有名だ。
他にも犬や猫、猪、鹿、豚、牛など多種が存在する。
熊人であるドラウトは、身長二ミータを超え、たくましい体躯の持ち主だ。
全身に毛が生えているため、ズボンは穿くが、上は薄手の布切れじみた服を羽織っていた。
団長の部屋。慧太は、ユウラと共にセラフィナの件を報告すれば、ドラウトは愛用の椅子に深々ともたれ、口を開いた。
「人間の、お姫さま……?」
「聖アルゲナムの王女殿下、のようですね」
ユウラが涼しい顔で来客用の椅子に座り、お茶をすする。ドラウトは舌を鳴らした。
「アルゲナムっていやぁ、アレか? 人間たちの伝説にある白銀の勇者なんたら、の」
「そうです。かつて、暗黒大陸より侵略してきた魔人の軍勢に立ち向かい、人類の希望として先頭に立って戦った白銀の勇者、その一族」
「天上人の加護を得て、地上の悪を掃った光の勇者」
ドラウト団長は、机の上の皿にある、二十テグルほどのミルズ木の根をかじった。
「ん……そのアルゲナムのお姫様が魔人に追われているってぇのは、妙じゃないか」
「いえ、ちっとも妙な話ではありませんよ、団長」
ユウラは木製のコップを机に置いた。
「聖アルゲナムは、一週間ほど前に魔人軍勢の侵攻を受け、王都は陥落したのですから」
「え……?」
思わず慧太は声に出していた。
「それ本当なのかユウラ?」
「ええ、三日前、西方の連絡員が報告を寄越しました。他の報告書と一緒に団長の机の棚に……」
青年魔術師が言えば、熊人の団長は棚を一瞥(いちべつ)した。……どうやら目を通していなかったらしい。
「ってぇことは、また魔人によって西方の国の一つが陥ちたっつーことか」
「三国目、ですね。一年以内に」
「……」
慧太は押し黙る。魔人による攻撃によって陥落した国。その最初に犠牲になったのはスプーシオ王国という。……一年前、慧太ら三十名の高校生を召喚し、見事に全滅させたあの国である。
ドラウトは目を険しくさせ、鼻をひくつかせた。
「聖アルゲナムが陥ちたとありゃあ、人間は大騒ぎじゃねーか?」
「この情報が広まれば、ですね。ただ、その報の伝達はかなり遅いようです」
ユウラは机の上に肘をついて腕を組んだ。
「魔人らは、かなり注意を払って侵略した国の国境線を監視しているようです。アルゲナム陥落の報が外部に漏れるのを防ごうと、ね。……まあ、いずれは周辺国も気づくでしょうが、その間に魔人たちは地盤を固めているでしょう」
「よくそんなことがわかるなァ」
団長が感心も露にすれば、ユウラは眉をひそめ、棚を指差した。
「報告書にそう書いてあります。読んでください」
「……オイラは字が読めないんだよぅ!」
「嘘つけ!」
思わず反応してしまったユウラは、額に手を当てため息をつく。
「まあ、そういうことです。獣人の能力でようやく伝わった情報ですから、人間たちが気づいて対応を見せるのは、もうしばらくかかるでしょう」
「ってぇことはだ。そのアルゲナムのお姫さまは、ライガネンにそれを伝えようと旅をしている、そういう解釈でいいか?」
ドラウトが二本目のミルズの根をとった。ユウラは首肯する。
「ライガネン王国は、聖アルゲナムとも深い友好関係にあり、また周辺諸国の雄として諸問題に対応しています。軍備もある。聖アルゲナムを滅ぼされたセラフィナ姫が助力を請うとしても不思議はありません」
「で、魔人はそれが気に入らねえから、追っ手を差し向けている、と」
ふわぁ、とドラウトは椅子の上でだらけた。慧太は団長のもとへ歩く。
「どうする、親爺?」
「どうもこうもねえよケイタ。お姫さんがおれらに護衛してくれって依頼してくるなら、話は別だけどよ。……いま、文無しだろ?」
「ええ、見事に、すっからかんです」
ユウラは肩をすくめた。
「あるのは彼女の身一つ。あぁ、後は聖アルゲナムのお姫様だったという肩書きと、それに関連する信頼くらいでしょうか」
「どれもおれらにとって金にはならない!」
ドラウトは天井を見上げ、唸った。
「おい、ケイタ。オマエはどうしたいんだ?」
「え、オレ?」
「オマエが助けたんだろうが。それにここまで連れてきた。……別に責めてるわけじゃねえが、オマエはどうしたいんだ?」
「オレは……」
慧太は考える。どうしたいか――彼女が魔人に襲われていたから助けた。
かつて魔人に襲われ殺された記憶。それが魔人と敵対する者に加担する心理に繋がる。
国を滅ぼされたお姫様が、助けを求めるために旅をしている。たった一人で。
魔人に立ち向かった凛とした横顔。森の中で見せた決意の眼差し。
その心にあるのは国を滅ぼされた無念か、魔人への復讐か。
どちらにせよ、知ってしまったからには放っておくのは慧太の良心が許さなかった。
「……力になってやりたい」
呟くように、慧太は言った。はっきり言えば、彼女に同情している。
手助けしたい。
「それがオマエの本心か」
ドラウトが言えば、ユウラは苦笑した。
「そうでしょうね。偽りのない本心だったように思えます。……惚れたんですか?」
「はぁ!?」
思わぬ言葉に慧太は途端に顔が熱くなった。ユウラは片目を閉じる。
「セラフィナ姫はお美しい方ですからね。慧太もいい歳ですから、これはもう惚れてしまったかも」
「ちょ、んなわけねぇよ――」
「めでたい! ケイタが女を好きになったか! めでたい!」
ドラウトがはやし立てる。慧太は自身が赤面しているのを感じながら、そっぽを向いた。
「るせぇよ! 惚れたとか、そんなんじゃなくてだな! 人として、そう、人として! 困っている人を見過ごせない、つーか!」
「人として?」
ユウラが真顔で言えば、ドラウト団長も肩を落とした。
「ケイタ、オマエまだ……」
あ――慧太は気まずさを感じる。人として――もう、人間じゃないのに。
「人としての良心は、捨ててないつもりだけど」
ようやく、そう言った。ユウラは黙し、ドラウトはボリボリと頭の毛を掻いた。