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サンタモニカ・フリーウェイが太平洋にぶつかって終ると海沿いをマリブ方向へ向かい、うるおぼえの記憶を手探りに小道を曲がった。友達から二千ドルで買ったフェスティバは、坂を登るのにわざわざ大きなエンジン音を立てる。
静かな住宅地が終わると坂も終り、ハンドルを左に切ると人影のない広い空き地に出た。車から降りると、真っ暗な天空一面に星が瞬いている。
地面が途切れた崖の先端に、ベンチが一つだけある。そこへ二人で座る。潮の香りのない太平洋の海風が吹きつける。空と海は暗黒一色で、水平線は見えない。たまに漁船なのか、光の点が見えるのと、航空機らしい光が動いている。砂浜沿いに白波が僅かに見える。波の音が小さく聴こえる。崖下左右に延びる光の粒は車のヘッドライトとテールランプで、サンタモニカとマリブを結んでいる。
「私ね、これまでの人生で、あなたみたいな人はじめて」奈津美さんの長い髪が海風を浴びてなびいている「私は意外と不満の多いタイプなんですけれど、あなたには全く不満がない」
それはもしかすると、愛の告白のようにも聞こえるし、そうでない気もする。とにかく、彼女の話を黙って聞く。
海風が冷たくなってきた。両手を革ジャンのポケットに突っ込んでベンチを立った。奈津美さんが続いた。遠くに一つだけある照明に輪郭を顕し、斜に停まっているフェスティバへ向かって歩く。
心臓の鼓動が高鳴る。車の前まで来て、振り返った。彼女へ向かって右手を伸ばした。
彼女は手を引っ込めた。
俺は一歩踏み出して、彼女の手を取った。
「こういう状況には、慣れてないもので……」
そっと包んだ奈津美さんの指は、こわばり震えていた。