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「みどり、ほら…もう少しだから…」
「ぃ、やっ…も…ムリ……!」
揺れる視界。
回された腕が強くて少し苦しい。
「頼むからくっつかないで!暑い!!」
「人、多いから…ムリ…っ!!」
突然だが、俺の弟は恐ろしくモテる。
アンニュイな雰囲気と中性的な顔立ちに加えて、華奢な体格と庇護欲をそそるしぐさ。
揃うものがカンペキに揃ってしまった弟は、本人が意図していないところでハートを浮かべる連中に飽き飽きしているのか、最低限の関わり以外を持とうとしない。
それすらも高嶺の花、と崇められる要因になるのだから、かえって可哀想に感じる。
「前半エロい会話に聞こえるんやけど」
「続きは普通だけどね」
「みどりくん!らっだぁ溶けてるよ!?」
でもそれとこれとは別なのだ。
電車に乗ったはいいものの、この時期、そして田舎であることもあり、車内は見知った顔の連中で溢れていた。
とはいえそこまで狭くも無い車内。
空きスペースなんてそこらじゅうにあるってのに、何の嫌がらせか俺を盾にして電車の隅っこでやり過ごそうとするみどり。
「みど_」
「イヤ」
「あぁー…」
腹部に回された腕だって本気にならずとも振り解けるのだけれども、他人の視線に敏感なみどりをムリに晒すわけにもいかない。
それこそ最近になって良くなってきたのに、悪化させるのはよくない。
実際に俺の後ろにいるであろうみどりを少しでも目にできないか…と、さりげなく寄ってきているヤツだっているのだ。
「なぁ、どりみー」
「ねぇ、みっどぉ!」
まぁそれだって保護者、もとい盾が増えることで防げるのだが。
もう少しこっちに涼しい風来ないかなぁー…
何とか熱を下げる術はないかと考えていると、ふわりと冷たい風が顔の熱をさらった。
「れぅ〜! ナニそれ、すげぇ」
「この前買ったの、今日持ってきてよかった」
小さな扇風機に取っ手がついた、はんでぃーせんぷぅき(?)を俺に向けて爽やかに微笑むレウが今日ばかりは神に見える。
「あー涼しー」
「…」
「ん?みどろさん?」
「……」
「あれ!?みどりー!?」
力が緩んだと思って振り返れば、暑さに目を回しているみどりがてろんと溶けていた。
近くに座っていた学校のヤツらを退かして、みどりをそこに座らせる。
グルグルしている瞳と目が合った。
「あちゅぃ…」
「ぇ、かわいーん」
そうだもんね、暑すぎて頭も舌も働かないよな、ウンウンわかるよ。
車内の隅で頬に手を当てて萌えているヤツらはさておき、電車が目的地に着く前にみどりを固形に戻さなくてはならない。
なんかあったかなぁ…冷たいもの、冷たいもの……何もねぇや。
「どりみー、まだ口つけてないから飲みな」
「ヴゥ〜…」
「ちゃうちゃう、それで涼むな! 飲め!」
きょーさんが凍らせたスポーツドリンクのキャップを開けて手渡すと、みどりはコクコク音を立てて溶けていたぶんを飲み干した。
少し良くなったのか、タオルハンカチで額の汗を拭うと小動物のように小さく唸った。
トドメとばかりにコンちゃんが冷感スプレーをうなじのあたりに軽く吹きかければ、あっという間に元通り。
「ジュース飲んじゃってゴメンネ…あとで買うね」
「ええよ別に、それくらいやったら」
「コンちゃんありがとう」
「みっどぉが元に戻ってよかったよ」
「あ、みんな次で降りるよ!」
万事解決、よかったよかった。
雑談を始めたみんなをそのままに、少し離れた位置に座る男にこっそり近づく。
男は確か俺の隣のクラスだったはず。
手元のスマートフォンに夢中な男は、俺が目の前に来ているのにも気がついていない。
「あぁ…かわいい……」
スマホにはさっきの暑さでやられていたみどりの写真が写っている。
そう、隠し撮り。
しかもうまい具合に視線を合わせて撮っているのがまた一段とキモチワルイ。
「クソッ、番犬さえいなくなれば…」
「……どーもその番犬ですが、う・ち・の・みどりに何か用ですか?」
「なっ…!? か、返せ!!」
取り上げたスマートフォンには他にも体育の授業中であったり、食事中であったり、とにかくいろいろな写真が保存されていた。
これは…キモすぎてみどりが見たら悲鳴をあげてドン引くだろうな…
「悪けどコレ盗撮だから、消すねー?」
「何を勝手な!」
「いや、そっちこそなに勝手に撮ってんの?」
「っ…」
「はい、どーぞ!……二度とするなよ?」
スマホを相手の膝の上に置いて、にっこり圧をかける。
口頭注意しかできなかった俺にコンちゃんが教えてくれたテクニック。
コレがもう効くわ効くわで重宝している。
他にもきょーさんの脅し術とか、レウさんの精神攻撃とか、たくさんテクニックがあるけど、きょーさんとかレウさんのやつは相当ヤバいやつにしか使わない。
「らっだぁ〜?行くよぅ」
「ハーイ」
男の言葉が頭に残る。
番犬…みどりを守るように動いていたら、番犬だとか番人だとか、いつのまにかそんな大層な二つ名ができてしまった。
「おまたせー」
「ナニシテタノ?」
番犬だろうが番人だろうが一向に構わない。
「知り合いと話してた!」
「…ふぅん」
下手に好きだなんて言って避けられるより、斜め後ろで控える今の立ち位置の方が…他の嫌われた連中に混ざるより、よっぽどいい。