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真夜中になると、リーゼロッテとテオは図書館の中へと転移した。
厳重に鍵の掛かった書庫の扉。リーゼロッテは敢えてその扉を避けた。
手に魔力を流しながら、扉から少し離れた壁に触れると、そのままズプリと入っていく。
壁を抜けると、埃と紙とインクの匂いがした。
リーゼロッテとテオはぐるりと周囲を見渡すが、窓の無いその部屋の中は真っ暗で、何も見えない。
用意してきた明かりを灯し、部屋全体を確認するように照らす。
扉以外の壁は全て本棚になっていて、部屋の中心には、本を読む為の立派なテーブルと椅子が置かれていた。王族専用の場所だけあって、書庫といえど豪華な造りだ。
(さて、どこから調べていこうかしら?)
女神について書かれているなら、相当古い物だろう。
リーゼロッテは並んだ本の背に、歴史を感じそうなものがある棚からスタートした。勿論、テオにも手伝ってもらう。
背文字がある本は、分かりやすくて助かった。
それに最近の物は、天の部分に害虫を防ぐ為の金付けがされているようだ。
いかにも古そうな物は、装飾はされているものの何も書かれていないので、いちいち開かないといけない。
どのくらい本を引っ張り出した頃だろうか――。
天の部分に、見覚えのある花が描かれている本があった。
リーゼロッテの喉がゴクリと鳴った。
(これ……桜だ)
その本を抱えて梯子から下り、テーブルへ置くとテオを呼ぶ。
表紙にも背にも、何も書かれていない不思議な本。
本を開き、中を見ると――白紙だった。
「何も書かれていないわ……。特殊な細工でもされているのかしら?」
「その可能性は高い。誰にも見せたくない物なのかもしれないな」
「そうね」
この本に、リーゼロッテには『凛子』について記されていると確信があった。天に描かれていた桜は、とても薄くて見難いが……まるで着物の小紋の柄みたいで、日本的だったからだ。
そっと本の表紙に手を添え、目を閉じた。
(……どうか、私に大切なことを教えてください)
祈るようにリーゼロッテは、緩やかに魔力を本へと流す。すると、今まで何も無かった臙脂色の表紙に、金の魔法陣が現れる。
――だがそれは、中心部の文字が欠けている、未完成の魔法陣だった。
「どうやら、その魔法陣は鍵のようだな。穴の空いた部分に、正しい文字を入れれば開く仕組みかもしれないぞ」
術式を読み解いたテオの言葉に、リーゼロッテも頷いた。
「二箇所の文字……。それに、この和風な天。それなら、ここに入るのは漢字の――凛子しか無いわよね」
この本の著者は、別の人物だ。それも『凛子』をとても大切にしていた――。
本人が書いたのなら、敢えて表紙に自分の名前を使わない気がしたのだ。
リーゼロッテは指に魔力を溜めて、漢字で凛子と書いた。
(ん……凛子? あれ?)
何かを思い出しそうになった途端、魔法陣は輝きグルリと回転する。
そして、本は勝手にパラパラと開いていき、白紙だったページに次々と文字が現れていく。
(すごい……)
最後のページまで開かれると、その部分だけは文字でなく、絵が描かれていた。仲が良さそうに並ぶ、3人の肖像画。
ひとりは、偽レナルドになっていたテオの弟ヨルムンガルド。
その隣には、リーゼロッテによく似た儚げな美しい女性。
そして、もうひとり――明らかに王族らしい衣装の、ジェラールにそっくりの男性だった。
「もしかして、この女性が凛子さん? そして、こっちはテオの弟。この、ジェラール殿下そっくりな人は――」
「当時の王太子だ」
リーゼロッテはガバッと本から顔を上げ、テオを見る。ジェラールが、なぜループしたのか……少しだけ分かった気がした。――原因は、この人物にあるのだと。
「テオは、王太子を知っていたの?」
「いや、知らぬ――というか会ったことはない。当時の国王は見たことはあるが。私は弟と違って、人間の世界には興味が無かったからな。弟は、凛子と王太子を慕っていた。それも、書かれているのではないか?」
リーゼロッテは頷くと、1ページ目から読み始めた。
――それは、王太子の日記のような手記だった。
最初の方は、当時のこの国の情勢や本人の考え、策、悩みのような内容が綴られていた。
他人の日記を読むのは、リーゼロッテ的にとても心苦しかったが……心の中で謝りながら読み進めていく。
途中からナデージュという少女との出会い。ナデージュに惹かれていく様子が切切と綴られていた。
(王太子は、ナデージュが好きだったのね)
どうやらナデージュも王太子を愛していたようだ。
ページが進むと、内容は核心へと向って行った。
ナデージュは、桜坂凛子という日本からの転生者だった。
戦争で命を落とし、この世界に転生したのだ。だから、絶対に争いは駄目だと王太子に伝えていたらしい。
(戦争の時代の、凛子さん? んん? 桜坂?)
「あああ――――っ!!」
リーゼロッテは大声をあげた。
「どうした!? 何が書かれていた?」
驚いたテオは、口をパクパクしているリーゼロッテの肩を掴むと心配そうに覗き込んだ。
「テオ、思い出したのよっ。凛子さんは、私のひいおばあちゃんだわ! そして、私は桜坂……凛」
「ほう……」と、テオも驚いたようだ。
「確か、おじいちゃんが自分の母親の名……つまり、若くして亡くなった曽祖母から名前の1文字貰って、私を凛と名付けたって言っていたわ」
転生してから、ずっと思い出せなかった自分の名前を、ようやく思い出せた。
女神は、本当に本当のご先祖様だったのだ。
(なぜ、このタイミングで私は思い出したのかしら? もしかして、転生は偶然では無く必然だった……)
リーゼロッテは、肖像画の人物に視線を落とした。