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泣かずに済んだけど、酔っ払ってしまった。最近胃腸が弱っていたせいかもしれない。
「さっきまで普通だったのにな……大丈夫か?」
藤原雪斗は困った様に言う。
「大丈夫です、大したことないので」
そう答えながらも、足はふらついてしまう。
「彼氏に迎えに来て貰えよ。それまでつきあってやるから」
藤原雪斗の何気ない一言を、私は即効で否定した。
「一人で帰れますから」
「結構、酔ってるだろ? いいから迎えを呼べよ」
呼んだところで湊が来てくれるとは思えない。
でもそんなことは言えない。
「彼も今日、会社の飲み会なんです。まだ途中で抜けだせないだろうから」
適当に誤魔化すと、藤原雪斗は少し考えた後、仕方無さそうな顔をした。
「タクシーで送っていく」
「え、いいです」
即答すると、藤原雪斗の機嫌が悪化した。
「お前、今、本気で嫌そうな顔したな……人の親切に対して」
「いえ、そんなことは……」
有るけれど。
だって藤原雪斗に送って貰うなんて、本当に気が進まない。
家を知られるのも嫌だし、だいたいタクシーで行くなら藤原雪斗が同乗する意味は無いじゃない。
「明日も会社だし、藤原さんは気にせずに帰って下さい」
できるだけにこやかに言った。
「そう言う訳にはいかないだろ? 途中で具合が悪くなったらどうするんだよ」
藤原雪斗は私をタクシーに押し込み、自分も当たり前の様に乗り込んで来た。
めちゃくちゃ強引でおせっかい。
藤原雪斗と接する様になって以来、何だかいろいろな事が思い通りに運ばない、藤原雪斗の意見が通ってしまう。
多分、彼の強引さはわがままとは違うと分かるから、逆らえないんだろうな。
「家どこだ?」
タクシーの窓から見える景色をなんとなく眺めていると、藤原雪斗の声が聞こえてきた。
「この先を真っ直ぐ行くとスーパーが有るんでそこで下ろして下さい」
運転手に告げると、直ぐにはいと返事があった。
「その近くに住んでるのか?」
藤原雪斗は目を細めて窓の外を見ながら言う。
「わりと近くに」
本当はスーパーから家まで10分くらいかかるけれど、なんとなく家を見られるのは嫌だし、スーパーは24時間営業だからついでに買い物をして行きたい。
休んだせいか酔いも醒めてきたし、のんびり歩いて帰るのもいいかもしれない。
目的地に着き、タクシーを降りてゆっくりスーパーの建物に向かう。
入口が近づいたとき、私はその場で立ち止まった。
「……湊?」
入口近くの自販機の隣にいる男性。こちらに背中を向けた格好だけど、シルエットとたたずまいから湊だと思った。
彼も買い物に寄ったのかな?
ここで会うとは思わなかった。偶然がなんだかうれしくて、足早に近づく。
湊はもう買い物を済ませたようで、右手に大きなエコバッグをもっているのが。
あんなバッグ持っていたっけ?
些細な疑問に感じたのをきっかけに、不安がこみ上げてきた。
さっきから湊の身体も目線もスーパーの入り口の方を向いたまま。まるで誰かを待っているかのように。
でも……一体誰を待っているの?
嫌な予感が全身に巡り、私はなにかを恐れるようにその場で立ち止まる。
それでも目は湊から離せなくて……彼の顔が最近では見たことが無いような嬉しそうな笑顔に変わっていくのを息もできずに見つめていた。
湊の視線の先には、私の知らない女性がいた。
彼女は肩まで届くフワフワとした髪を揺らすように首を傾げると、輝くような笑顔を湊に向けた。
少女の様なそのしぐさにドキリとする。
可愛い人……同性の私から見てもそう思う。
湊はこの人が好きなの?
笑い合う二人はただの友達には見えない。
この人がカードの贈り主なの?
頭の中で様々な疑問が渦巻いて身動きがとれない。
胸が苦しくて、どうすればいいのか分からない。
多分、私は浮気の現場に遭遇しているのに、湊に詰め寄る勇気が無い。
だって……彼の笑顔を見れば分かってしまう。
今、私が二人の間に割り込んで責めたら湊は彼女をかばい、今よりももっと傷付くことになるだろうって。
気分が悪い。目の前が暗くなる。周囲の音が遠くなって……体がふらりと揺らいだとき、背中を強い力で支えられた。
「おい、大丈夫か?」
頭上から届いたのは、藤原雪斗の声だった。
「あ……」
どうして藤原雪斗が?
さっきタクシーから降りたときに、別れたはずなのに。
そう思いながらも動揺が激しくて、言葉が出て来ない。
「お前……何で震えてるんだ?」
藤原雪斗の不審そうな声にすら反応出来なかった。
「秋野?」
このままじゃ湊に気付かれてしまう。
今の精神状態じゃまともに湊達に向き会えない。
浮気相手の前で取り乱したり、泣いたりする姿だけは絶対見せたくないのに。
「……私、帰ります」
なんとかそう言って逃げ出そとした。でもそれより先に、
「藤原さん?」
私達の間に、高い女性の声が割り込んで来た。
誰? こんな時にと焦りを感じながら声の方を振り向いた。
その瞬間、衝撃が体を走り抜けた。
声をかけて来たのは、湊が笑いかけていた女性だったから。
湊も私に気付いたようで、信じられないとでもいうように顔を強ばらせている。
どうしよう……こんな状況で何を言えばいいのか頭が回らない。
彼女はなぜ藤原雪斗に声をかけて来たの?
二人はどんな関係なの?
彼女は自然な笑顔を藤原雪斗に向けていて、隣の私には見向きもしない。
私と湊の関係は知らないってこと?
心臓が痛いくらい脈打っている。
緊張でどうかしそうな私の隣で、藤原雪斗が固い声を出した。
「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」
「……え?」
彼女の笑顔がさっと曇るのを、私は呆然と見つめていた。
「あの……」
彼女は予想外の事態に遭遇したかのように口ごもっていたけれど、気を取り直したように再び笑顔になる。
「クレイコーポレーションの藤原さんですよね? 私、水原奈緒です。保険の件で何度かお話させて頂いて……」
「ああ……すみません、印象が違ったものだから」
藤原雪斗は彼女を思い出したようだった。
「あっ、今日は休みだったんで、こんな格好なんです」
彼女は少し恥ずかしそうに、自分のラフな服を見下ろしながら言う。
和やかなふたり。
でも私はそれどころじゃなかった。
彼女の名前は水原……いつか湊の電話に表示された名前と一緒……湊と彼女の関係はもう疑い様が無い。
勇気を出して湊を見つめる。
相変わらず強張った表情の湊は、それでも私に声をかける気は無いようで黙り込んでいる――。
私を拒絶して何も言わない湊。
楽しそうな彼女の声。
それらが私を追い詰める。
どうかしそうな程苦しくて、周りのことや、先のことなんてもう考えられなくなる。
「……湊!」
気が付けば大声で叫んでいた。
彼女と藤原雪斗は会話をぴたりと止めて、私に注目する。
湊の瞳に怒りが浮かんだ気がする。
余計なことをいうな。彼の心の声が聞こえるようだったけれど、私は衝動を止められない。
「湊、こんな所で何してるの? 今日は会社の飲み会じゃなかったの?」
湊は答えない。答えられるわけがない。
代わりに彼女が、遠慮なく話に割り込んで来た。
「あの、あなたは?」
私は初めてからここに居たというのに、今更存在に気付いた様に言う。
「私は湊の彼女です。一緒に住んでもいます。あなたは湊とどういう関係なんですか?」
強い口調で言うと、彼女は絶句して目を見開いた。
「湊の……彼女? じゃああなたが美月さん?」
私は内心驚愕していた。彼女が私の存在を知っているなんて。
それならどうして湊と?
混乱しながらも追求しようとすると、湊が初めて発言した。
「美月、事情は後で話すから」
そう言う湊の顔は迷惑そうに歪んでいる。
だから私はますます頑なになってしまう。
「事情って何? 今、説明して!」
「美月……頼む」
何を頼まれているのか分からない。
こんなときに私に頼みことができる湊の気持ちなんて分からない。
「説明なら家で聞くから、今から帰るでしょう?」
「……まだ、帰れない」
ムキになって言い募る私から、湊は目を反らして言った。
「こんな状況でこの人と出かけるの?」
「ああ、約束していたから」
信じられない思いと、やはりという落胆。
ふたつが押し寄せて、声が出ない。
約束って何?
こんなときでも果たさなくちゃいけない約束なの?
私を裏切るのは平気でも、彼女との約束は破れないの?
悲しみと悔しさが込み上げて、気が付けば決定的な台詞が口から零れていた。
「湊……今この人と行くなら、私達はもう終わりだよ?」
湊がぴたりと動きを止めて、瞬きもせずに私を見る。
でも……それでも私の言葉に湊を止めるほどの力は無かった。
「後で話し合おう」
そう言うと、湊は彼女の手を引き行ってしまった。
私を一度も振り返る事も無く。
ああ……最悪。
私は取り返しのつかない間違いをした。
湊と別れる気なんて無いのに、自分から終わりを告げてしまうなんて。
今まで辛くて苦しくても、必死に耐えていたのに。
でも……実際彼女を見てしまったことで何かが崩れてしまった。
冷静に考える事が出来なくなった。
だって私にだってプライドが有る。
彼女に対する湊の態度を見ていたら、自分がどれだけ蔑ろにされてるのかを改めて感じた。
そんな扱いを受けても、何も言えずに湊にすがる様な自分が情けなくて我慢出来なくて……だから湊を試す様なことを言ってしまった。
はじめから結果は分かっていたはずなのに。
私は何て馬鹿なんだろう。
感情的になって自分から恋を手放して、次の瞬間には後悔してるなんて。
胸が痛くて涙が溢れて来る。
この場に崩れおいて、声を上げて泣いてしまいたい。
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