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それは当然の事であった。既に布団に乗ってから三時間ほどの時が経過している。夜とは言えども室内には昼間の熱が残留しており、そんな空間でずっと頭を動かし続けていたのだ。今着ている衣類はもう水中にでも潜ったかのように濡れていて、背中の方からはもう生乾き臭までしている。自分の世界に没頭し過ぎていて今まで気付かなかっただけであって、これも眠れない要因の一つであったのかもしれない。
仰向けのまま右手を伸ばして机を探る。その時、柔らかくも重みのある音がこの部屋に響いた。驚きのあまり心臓が握られたような痛みに襲われる。手に触れた、ほぼ飲み終えているペットボトルが落ちてしまったようだ。ジュースが飲みたくなり買ったが、飲んでみると思っていたよりも人工的な甘みが強く、しばらく放置してしまっていたものだ。もちろん冷蔵庫に入れてはいたが今日の昼に勉強前の気合い入れとして持ってきていたのをすっかり忘れていた。これで乾きを潤すという手段も考えたが、すぐにそれは不可能であると悟った。こんな味の濃い飲み物ではむしろ水分を吸われそうだ。いや、奪われる。確実に逆効果となるだろう。
こうして視界に頼らずに物を探っていれば不思議と心は落ち着いてくる。何も成せていないと理解しながらも、何かをしている気になれる。それに少しではあるが動く、という事をしているのが大きいのかもしれない。単純にその分の思考は奪われ、蝉の鳴き声も薄くなったように感じる。休む事無く掛けられた、息をする価値を問う呪いが、その時だけは解けてくれるのだ。
やっと探していた照明のリモコンを手にした僕は、その中で一番大きいボタンを押した。強い光が網膜を焼く。温かみも何も無い無機質なその痛みが、僕に唯一『生』を教えてくれる。それは虚しい事であるはずなのに僕は嬉しく感じていた。それが余計に心にある穴の存在を揺るがない絶対的なものなのだと、死んだ蚯蚓を照らす陽の光のように僕を炙る。反吐が出る。
扉を開き小さな門を潜ると、変わらず蒸した空間が広がっていた。僅か数メートルの台所までの道が遥か遠くに思える。眠気のせいか暑さのせいか、その先で陽炎が静かに揺れている。まるで何かを伝えようとしたがるように、ゆらゆら。ただゆらゆらと、僕の心を揺さぶった。脳が焼ける。死を叫ぶ蝉の声が鼓膜をぶち抜く。それは魂の落雷。
「お前は誰だ」
僕は気付けばその空気の揺れを追っていた。こんな僕が珍しく、生まれて初めてだと言っても間違いないほど、思考を抜きにして動いた。そこには法律や倫理とかいう常識は存在していなく、ただ感情という曖昧なもののみがあった。だが、その曖昧な道を迷いなく選べるほどに、直感は明瞭にある未来を見ていた。