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「九条? 大丈夫? 緊張してない?」
「ええ、もちろん。王宮には何度かお邪魔してますし、慣れたもんですよ」
あれから数日。俺はバイスに借りたぶかぶかのスーツで、王宮へと向かう馬車の中にいた。ネストにバイスにミア、それと四匹の従魔たちも一緒だ。
馬車の中で式典の流れを確認すると、ほどなく馬車は王宮へと辿り着く。
俺たちのためだけに開催される叙勲式典。点数稼ぎに忙しい貴族たちも続々と集まってきている様子。
「やれやれ。やっと一息つける」
大きなソファにドカっと腰を下ろすバイス。授与式までは割り当てられた控室で待機である。
沢山の貴族たちの相手は大変だ。受勲おめでとうございますに始まり、べた褒めの嵐。
社交辞令的なものだとは理解しているが、慣れていない俺はその全てをネストとバイスに任せていた。
控室の扉がノックされると、入って来たのはドレスに身を包んだリリー。それは|曝涼《ばくりょう》式典の時と同じ純白のドレス。
「本日は受勲おめでとうございます」
他人行儀に言うリリーは自分でそう言っておいて、クスクスと笑っていた。
一緒にいたのはヒルバークではなく、見知らぬ男性。歳は五十歳前後。短髪で口ひげが凛々しい中年の男だ。
背が高く身長は百八十センチほどあるだろうか。スーツがビシッと決まっていて、ダンディなおじさまといった雰囲気を醸し出している。
「始めまして九条様。マイルズ商会の会長をさせていただいておりますウォルコットと申します。本日は受勲おめでとうございます」
「ありがとう。ウォルコット。会えて嬉しいよ」
出された手でしっかりと握手を交わす。
マイルズ商会はリリーの派閥で懇意にしている組織。式典の場は商人にとっても重要な場所。貴族に取り入るため、多くの商会関係者も参加している。
貴族は貴族で商人から旨い汁が吸える。所謂賄賂だ。断る理由はない。
しかし、ウォルコットがこの場にいる理由は少し違っていた。
「上手く行くかは不明ですが、そうなった場合はよろしく頼みます」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します。王宮へ商品を卸せるなんて願ってもない機会。いくらでも協力させていただきます」
皆と相談して決めたのだ。モーガンを直接叩くより、カーゴ商会にダメージを与えた方が堪えるのではないかと。
それは結果的に、リリーの勢力を強めることにも繋がる。
王宮に品物を卸している業者はギルドと同じ三社。そこからカーゴ商会の契約を打ち切るとすると、代わりの商会が必要になるだろうと言われ、急遽マイルズ商会に白羽の矢を立てた。
リリーがカーゴ商会の納品書をウォルコットに見せると、すぐに用意できるとの解答だったため、協力をお願いしたのだ。
こう言ったら申し訳ないが、マイルズ商会はグループの規模としては全体で六位とやや劣っている。とは言え、旨味のないリリーに付いて来る商人たちだ。ウォルコットの人を見る目に狂いはないだろう。
マイルズ商会の信条は『商売は金より人』だ。それは信用に値する。
「では皆様、わたくしは先に会場へと向かいます。また後程お会いしましょう」
ウォルコットは丁寧に一礼すると、部屋を出て行った。
式典までもう少し。俺たちは一連の流れを再度確認し、万全を喫したのである。
――――――――――
「皆様。式典の準備が整いました。これより会場へとご案内致します」
会場に足を踏み入れると、多くの関係者から拍手で迎えられる。
部屋の端に並べられている真っ白な丸いテーブルの数々。勲章の授与が終われば立食パーティーだと聞いているので、恐らくはその時に使う物だろう。
久しぶりの王の間だ。それに懐かしさを感じるのは、スケルトンロードとして一度訪れたことがあるから。
そこは一見和やかな雰囲気ではあったが、派閥で固まっている貴族たちの瞳の奥は笑っておらず、中には怪訝そうな表情を浮かべ、負の感情を隠せていない者たちも見受けられた。
それこそがリリーが見返してやりたいと言っていた貴族たち。すでに悔しそうな顔をしているので吹き出しそうになる。
そんな中、ミアだけがガチガチに緊張していた。
王の間なんて、一般人には一生縁のない場所と言っても過言ではない。不安そうにキョロキョロしている姿は年相応で愛らしく、俺と繋いだ手にも力が入っている。
一方の俺は元の世界での職業柄、人前に出るのはそれなりに慣れている。特に緊張することはないが、立てた作戦が上手くいくのか多少の憂慮はしていた。
会場内では四匹の従魔たちが俺たちを取り囲んでいるため、俺たちには近寄りたくても近づけないといった者が大半。名実ともに最高のボディーガードである。
その中から一人。恐る恐るではあるが、近づいて来る者がいた。カーゴ商会のモーガンだ。今日は商人のなりではなく、正装を着用している。
「これはこれは九条様。お久しぶりでございます。本日は誠におめでとうございます」
「ああ、モーガンか。ありがとう」
ワザとらしくその名を口にする。これで皆、この男が誰なのか理解したはずだ。
ネストとバイスはそれを態度に表すことなく、モーガンと次々と握手を交わす。
俺が出席するのだ。カーゴ商会は顔見知りのモーガンを出席させると踏んでいたが、予想通りの結果となりまずは第一段階クリアといったところ。
その時だ、足音が聞こえるほどの強い足取りで俺たちに近づいてきたのは一人の男。その男はモーガンを押しのけ声を荒げる。
「何故、貴様がここにいるのだッ!」
コット村で俺を第一王子の派閥に勧誘しようとしていたグラハムだ。
まさかここで遭遇するとは思わず、礼儀など忘れて素が出てしまった。
「あ……お久しぶりです……」
どうせ俺の顔なんて知らないだろうと、自分を九条の弟子だと偽って応対していたのを思い出す。
「貴様が九条だったのかッ!」
「いえ、代理で自分が出席することになったんですよ……」
咄嗟の嘘に、ネストとバイスは首を傾げる。
二人はグラハムのことを知っているかもしれないが、俺との関係は知らないはず。
グラハムが何かを言おうとした瞬間、それを遮るようにミアが声を上げた。
「ネストさん、バイスさん。お手洗いって何処ですか?」
「え? あっ、ああ、こっちよ。私が案内するわね」
ネストはミアの手を取り、王の間を後にする。
それは俺に不都合があった場合の合図であったが、まさかこんなに早く出すことになるとは思わなかった。
「……本当か?」
「ええ。勿論ですとも。ねえ? ガルフォード卿?」
「あ……ああ……」
返って来たバイスの相槌は、少々頼りない。
自分でも正直言って無理があるなとは思った。ミアの咄嗟の機転でネストもバイスもその事態を察することは出来ただろうが、怪しいことこの上ない。しかし、式典に代理人を立てることは良くあること。遠方に住む貴族は尚更だ。
祈る想いでグラハムの顔を見ると、その険しかった表情が少し綻んだように見えた。
それにつられてニコリと微笑む俺。
「そんなわけあるかぁ!」
モーガンが俺の名を出し握手を求め、それに応じたのだ。見ていれば誰でもわかること。まぁ、バレたからと言って何かが起きる訳でもないのだが……。
怒号を飛ばしたグラハムであったが、怒りというよりは呆れにも似た表情を浮かべていた。
「はぁ……まあいい。今日は祝いの席だ。そう言うことにしておこう。最早何も言うまい。兎に角おめでとうとだけ言わせてもらおう」
「あ……ありがとうございます」
出された手を強めに握られた気がしたが、去り際の笑顔は上辺だけではなかった。
俺の勧誘に来た時は随分と強引に話を進める奴だと警戒していたが、案外物分かりのいい人なのかもしれない。
恐らくグラハムは第一王子の代理で出席しているのだろう。辺りを見渡しても当の本人は確認することが出来なかった。
そんな者たちの中で一際目を引いていたのが第二王女グリンダだ。複数の貴族たちに囲まれながら、こちらを睨むように見ている。その一団の中にはモーガンもいた。
歳の頃は二十前後といったところ。ネストより若干若く見えるものの、その派手なドレスと化粧で、逆に老けて見える。
手に持っているのはケバケバしい羽根扇子で、気になるのはその態度のデカさ。
もちろん王族なのだから偉いのは知っているが、俺がこちらの世界に来る以前に持っていたイメージ通りの王族といった印象。
マリーアントワネットを彷彿とさせる立ち振る舞いで、リリーとは真逆の存在だ。
羽根扇子で顔の下半分を隠し、隣の貴族らしき人物と何やら話しているようだが、俺に向ける視線は、敵意しか感じられないほど強いもの。
顔を半分だけ隠す意味がわからない。どうせなら全部隠せばいいのに……。
しかし、それは予定通りの反応である。何を隠そう俺たちのターゲットは第二王女でもあるのだ。
リリーは、姉であるグリンダに嫌悪感を抱いている。
グリンダは欲しいと思った物は必ず手に入れなければ気が済まない性格のようで、それはリリーの物でさえも奪うほど。
同じ王女でありながらもリリーの派閥が比較的小さい規模なのは、それも原因の一端だ。
現在リリーの派閥に所属しているネストやバイス、その他有力な貴族たちは第二王女の誘いを断った猛者たちとも言える。
リリーが俺に対して中立を求めたのはこのためであり、俺を引き抜こうと画策しているグリンダは、既に何度もネストの所に使用人を送り付けているらしかった。
リリーの人徳は高く、国民からも評判はいい。子供とは思えぬほど聡明で社交性も申し分ない。
グリンダは魔術を学ぶリリーに対し、無駄な努力だとバカにしたりするらしいが、リリーはそれが嬉しいのだと言っていた。
グリンダには魔術の適性がない。それはリリーとの明確な違いであり唯一の自慢であるからだ。
リリーはそんなグリンダを、ほんの少しだけでいいから見返してやりたかった。
グリンダが懇意にしている組織。それがモーガン所属のカーゴ商会。それを実行に移すには、絶好のタイミングであったのである。