テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
地面を揺らすように聞こえ続ける足音。
いくつかは遠くに消え、いくつかは近くを通り、いくつかは付かず離れずな場所を駆け巡っている。
ご丁寧にも廃屋のひとつひとつを見て回っているような物好きにしか俺の隠れ場所はわからないだろう。
さて、今回は人数的にも環境的にも、こちらのほうが圧倒的に分が悪い。
この捜索フェーズである程度敵を散開させ、もし見つかっても一気に追い回される事態を防ぐ。
そしてひたすらに逃げ回り、孤立した敵からダウンさせていく寸法だ。
殺し屋のときも、複数人を相手にする場合はよくやっていた。
だから、作戦を見透かされていてもおかしくはないのだが。
「なんでこんなすぐ見つかんねんっ!!」
俺だってそこそこの隠密術は会得している。
だからこそ暗殺などの依頼も受けてきたのだが、流石に見つけるのが早すぎる。
なんなんだコイツは。
組員の中でも相当腕が立つ方だろう。
「きょーさんはじめまして!運営マフィア精鋭部隊『ら民』のメンバー、みこだよって言います!」
「追っかけながら自己紹介すんのはどうなん!?」
落ち着いた信号機カラーのパーカーと同じ色のメッシュ。
みこだよと名乗るそいつは開幕一番に片っ端から廃屋を漁っていた足音の主のようで、思っていたよりも早く見つかってしまった。
精鋭部隊『ら民』。
運営マフィア組員の中でも特に古くからいたり、特別強いメンバーで構成された少数部隊。
個性豊かで様々なことに精通しているメンバーが多いので、オールラウンダーな強さで有名だ。
中でもみこだよは実力派の一角で、器用な運動神経やエイムの良さには定評があるらしい。
「んでその『ら民』が何の用や?」
「質問する余裕あるんすねー」
とぼけるので軽く睨んでおく。
「⋯じゃなくて、俺達『ら民』は運営マフィアの幹部に最も近いとされているメンバーです」
「…幹部ではないんやな」
「はい。だからこそ、新人の洗礼役として、こうして模擬戦をしてるんです」
言葉が切れた瞬間、後ろから風を切る音が聞こえた。
「すごっ。今の蹴り避けれるんすね」
「さっきまで喋っとったと思ったら急に黙るんやから、なんか来るとは思うやろ」
そもそも追いかけながら話しかけて更に蹴ってくる時点でおかしいが。
まあ音より光のほうが速いので、今の蹴りを避けられたのは本当にギリギリだ。
後ろに目が付いていれば楽なことだが、あいにく俺は人外になる気は無い。
「普通は次の言葉を待つか不思議に思って振り返ると思うけどなぁ⋯」
突然少女のような高い声の呟きが聞こえ、反射的に間合いを取りつつ振り返る。
少女のようなどころか完全にJKの声だ。
おっさんがこの声を出していたら驚愕でいつでも死ねる。
「あ、ほらほらそういう感じで振り返ると思ってたー」
活発そうな声の主は、思った通り白髪に赤い目の少女だった。
俺の死角を突くように現れたその少女は、俺の後ろのみこだよにぱっと笑って手を振った。
「やっほーみこだよさん。今これ何やってんのー?」
「あ、りおりんごじゃん。どっから来たんだよびっくりするからやめて?」
みこだよが名前で呼んだので、このJKは『ら民』の中でも潜入捜査やチェイスを得意とするりおりんごで間違いないだろう。
らっだぁ曰く、口が回り身体能力も高いので潜入されたら最もめんどくさい奴らしい。
「それはちょっと無理。てかきょーさんのこと見つけんの早いねー」
「絶対開幕は隠れてるだろうと思ってさ、片っ端から廃屋探してた」
「俺を挟んで会話すな。つかお前らは俺を追いかけるんやろが」
左右で平然と話し続ける二人に思わずツッコむ。
ちなみに今も追いかけられたままだ。
そんなに話したいならこの模擬戦が終わった後でいいだろ。
というか、コイツらはそろそろ始末しなければ。
「そうだねー。じゃあきょーさん倒すかぁ」
「りおりんごの攻撃だと俺きょーさんの巻き添え食らいそうなんだけど」
「範囲攻撃ってそういうもんじゃない?」
「…まぁこうなるわな」
知ってた。
裏社会の警察と謳われるマフィアの中でも特に強い精鋭部隊『ら民』だ。
戦闘好き以外の何者でもない。
…ひとまず逃げるか。
ぼふんっ
「わあ!?…煙幕か、びっくりしたぁ〜」
「コンタミさん特製のやつじゃん、目ぇ痒い…」
「じゃあまたあとでな〜」
任務のときにコンちゃんがくれる煙幕弾を投げて走り出す。
さすがに飛び道具を持っているとは思わなかったのか、見事に引っ掛かってくれた。
一旦敵の体力を減らして、ひとりずつ相手にしなければ俺の身は保たない。
「…きょーさーん!」
煙幕の中から、くぐもったみこだよの声が飛んできた。
名指しなのでちゃんと耳を傾ける。
「…の…擬戦……相手…全………民…」
「あ?…何つった?」
「…気…つけ……さい!」
煙幕と風に邪魔されてよく聞こえない。
だがこの鋭い声は、なにか重要なことなのだろう。
一応聞こえた部分を頭に留めた。
向かい風で、動きが少し鈍くなる。
一旦どこかで体制を整えるべきか。
…らっだぁが書類頼みに来るまでと言ったが、あいつサボってないだろうな…?
とりあえず今は、勝つことが最優先だ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!