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とりあえず、600までしときました
「あー!疲れたぁー!」
そう叫びながら訓練場の床に大の字になって寝転ぶと、真希ちゃんに「まだまだだな」と笑われる。先日、「もっと強くなりたい」「もっと頑張りたい」と決意した私は、真希ちゃんに体術訓練の相手をしてもらっていた。私も運動は得意な方だけど、真希ちゃんにはまだまだ敵わない。
「でも、昨日よりは動き良くなってたぞ」
「ほんと!?やったぁ!」
「まだ隙だらけだけどな」
「上げてから落とすのやめない???」
ストレッチをしつつ良かった点と改善点を聞いていると、訓練場の入り口で棘くんがひょこっと顔を覗かせるのが見えた。あー!可愛い!!
「あれ、棘じゃん。コイツに会いに来たのか?」
「いやまさか」
「しゃけしゃけ」
「えっ」
「そのまさかだったぞ。良かったな」
自販機に寄ってから来たのか、ペットボトルのお茶を二本持って中に入ってくる棘くん。
「ツナマヨ〜」
「わぁ、ありがとう!」
「私の分もあるのか。サンキュ」
私と真希ちゃんにお茶を渡すと、棘くんは当然のように私の隣に座り、頭を撫でてくる。棘くんの癒しぱわーが疲れた身体に染み渡る…。
その状態のまましばらく三人で話していると、棘くんがそうだ、と何かを思い出したような素振りを見せ話題を変えた。
「いくら、明太子」
「え、明日私と棘くん二人で任務あるの?」
「しゃけ。ツナマヨ〜」
「うん!頑張ろ!」
棘くんと二人での任務なんて久しぶりだ。足を引っ張らないように頑張らないと。
「かすり傷ならまだしも大怪我だけはするなよ。絶対に棘が面倒だから」
「さすがにそんなヘマはしない……はず」
「そこは『しない』って断言しろよ」
「しゃけ」
うーん、今まで特に大きな怪我をすることも無く任務を遂行してきたけど、絶対に怪我しないとは言い切れないからなぁ。何度か危ないことあったし、前にパンダに「危なっかしい」って言われたこともあるから…。あと私そこまで強くないし。
「あはは……気を付けます、はい」
口酸っぱく「怪我はするな」という二人。棘くんは単純に私が怪我するの嫌なんだろうけど、真希ちゃんはあれだな。さっき言ってた「棘が面倒だから」って理由が八割くらいな気がする。私が出血なんてした日には私よりも慌てそうだもんなぁ。容易に想像出来る…。
─✻─✻─✻─✻─✻─✻─
容易に想像出来るなら、もっと考えて行動しなければいけなかったのだ。私の迂闊な行動のせいで棘くんを泣かせてしまう可能性があることを。
翌日、二月二十六日。私達は、補助監督の伊地知さんが運転する車で、任務先であるN県のA山付近へと向かっていた。今回は二級呪霊一体と三級呪霊二体の祓除。それらの呪霊が確認された近辺では、いくつか死体も見つかっているらしい。目的地周辺に着き、車を降りる。
「……ご武運を」
「はい!」
「しゃけ」
伊地知さんの言葉に返事をし、鬱蒼とした森の中を進む。呪霊との遭遇場所によっては戦い方を考えないといけない。当たりを警戒しながら歩いていると、呪霊の気配を察知する。攻撃のタイミングを伺っているのかこちらをじっと見ているのが分かった。
「…いくら」
「私は右をやる。棘くんは左をお願い」
「しゃけ」
刀を取り出して、右側に潜んでいる呪霊に向かって走る。自分に向かって来ているのが分かったのか、木を薙ぎ倒し私の妨害をしようとする。それを避けつつ、倒れた木を足場に上へと跳ぶ。そして頭から真っ二つにしてやろうとしたのだが。
────────ガキンッ
「硬っ!?は、何お前!そこは斬れとけよ!!」
皮膚が硬いのか、刃が通らず斬ることが出来ない。一度立て直そうと呪霊の顔面を蹴って後ろへ下がる。
「うーん、斬れないなら殴るかぁ……」
刀を手放し、トンファーを取り出す。某風紀委員長(推し)が戦闘時に使っている武器だ。推しと同じ動きが出来るようになるまで何十回とアニメを観たし、真希ちゃんに訓練に付き合ってもらったりもしたから前よりは使いこなせるもんね!
地面を蹴って、呪霊に向かって走り出す。姿勢を低くして懐に入り込み、トンファーで殴る。すると、呪霊は吹っ飛んで近くにあった木にぶつかる。動きが鈍いうちにトドメを刺すためにもう二,三発ぶち込む。運良く急所に当たったのか、呪霊の身体は崩れ始めた。
「ふぅー…柔らかそうな見た目しておきながら硬いってどういうことだよ……」
悪態をつきつつ、棘くんと合流しようと来た道を戻ると、少し離れた場所から何かが地面に叩き付けられる音が聞こえた。棘くんのことだから三級の呪霊は既に祓っているはず。だとすると二級と対峙しているのか。
音がした方に向かうと、何本もの木が薙ぎ倒されており、その中心にはサソリのような姿をした呪霊。どうやってバランス保ってるんだってくらい尾がデカい上に、動きに規則性が無さ過ぎる。先程の音は棘くんが吹き飛ばされた時のものだったようだ。
大きく尾を振りかぶり、もう一度棘くんに攻撃しようとする呪霊。そうはさせるか。三級の私じゃアイツは祓えないけど、棘くんのサポートくらいなら出来る。
「呪絵・武具四番『鉄鎖』!」
鎖でサソリの尾を縛り上げる。その隙をついて棘くんが呪言を使う。
「 捻 れ ろ 」
足が二本ほど捻れたことで、バランスを崩して倒れる呪霊。そして「ゲホッ」という咳と共に血を吐いて片膝をつく棘くん。
(え、なんで、だって二級じゃないの……!?)
二級呪霊と二級呪術師なら、強いのは呪術師。そのため、棘くんが呪言を使ったとしても声が枯れる程度で吐血とまでは行かないはずだ。それなのに吐血したということは。
(準一級か……!)
動揺したせいか術式が乱れ、尾を縛り付けていた鎖が壊される。そして再び尾を大きく振りかぶると、先程の反動で未だに動けずにいる棘くん目掛けてそれを振り下ろす呪霊。
「棘くんッ!」
咄嗟に地面を蹴ってその場を駆け出し、棘くんを突き飛ばした。コンマ数秒遅れて、呪霊の尾が私の身体に当たり骨が折れる音が聞こえた。そのまま吹き飛ばされ大木に背中を打ち付ける。当たり所が悪かったのか酷く気持ちが悪い。口の中に鉄の味が広がる。吐血すると同時に私は地面に倒れた。
意識が途切れる寸前、棘くんが私の名前を呼んだ気がした。
▷side 棘
今回の任務は二級一体と三級二体の呪霊祓除。そう聞いていた。彼女のサポートを得つつ呪言を使ってすぐ終わらせようと思っていたのに、呪霊は倒れず。そして俺は血を吐いた。
(…は、二級じゃないのか)
憂太と初めて任務に行った時もこんなことがあったなと思い出す。一度引いて体勢を立て直そうとするも、身体が上手く動かなかった。呪霊が俺に目掛けて攻撃してくるのが視界に映る。
「棘くんっ!」
彼女の叫ぶ声が聞こえた後、突き飛ばされた。そのすぐ後、呪霊が勢い良く吹き飛ばしたことにより、大木に叩き付けられたのは。
「れ”な”っ!!!」
口から血を吐き倒れる彼女。ようやく動くようになった身体を起こし駆け寄るも、打ち所が悪かったのか青い顔をして気絶していた。微かに息をしているがこのままでは危ない。愉快そうに尾を揺らしケタケタと笑う呪霊を睨み付け、怒りのままに口を開き叫んだ。
「 潰 れ ろ 」
音を立てて地面にめり込むように潰れる呪霊。喉薬を使わずに立て続けに呪言を使用したせいで先程よりも多めに血を吐いてしまう。だが、自分のことなんて今はどうでもよかった。彼女を、玲奈を何とかしないと。苦しそうに息をする彼女を横抱きにし、車まで走る。早く病院に連れて行かないと。早く早く早くッ!
「た”か”な”ァッ!」
「あぁ、お帰りな、さ……早く車に乗ってください!病院まで運びます!!」
現在地から一番近い病院は車で七、八分。それまでは耐えてくれ、と車の後部座席で彼女の体を力強く抱き締める。嫌だ、死なないで、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
スピード違反で捕まるのでは、というくらいスピードを出して病院に向かってくれた伊地知さんのおかげで、通常よりも早い五分ほどで病院に着く。彼女が治療を受けている間に自分も治療を受ける。東京からここまでは少し離れているため、硝子さんが来るのは二時間程かかると言われた。
五条先生から先に高専に戻ってこいとの連絡が来たため伊地知さんの運転する車に乗る。軽くしか治療を受けていないため喉が痛かったが、それよりも締め付けられる胸の方が何百倍も痛かった。俺が、あの時もっと早く動けるようになっていれば。もっと強ければ。彼女に怪我なんてさせなかった。なのに、なのに……ッ!
「…ぅ、あ”……ッ、れ”、なぁ…」
情けなくボロボロと涙を零しながら泣きじゃくる俺に、伊地知さんが躊躇いながらも優しく声をかける。
「……家入さんが『絶対に(・・・)治す』と仰ってたんです。信じて待ちましょう。それに彼女は、比名瀬さんはあれだけあなたのことを大事に想ってらっしゃるんです。あなたを置いて逝くような真似はしないですよ」
その場凌ぎの言葉ではなく、本心でそう言ってくれているのが伝わってくる声音だった。伊地知さんのおかげで、少しだけ胸の苦しさが和らいだ気がした。
▷side 五条
教え子の一人、比名瀬玲奈が任務先で大怪我をしたとの報告を受け、病院に向かう。彼女が眠るベッドの傍らには硝子がおり、先程まで反転術式で治療をしていたであろう様子が窺えた。
「…容態は?」
「叩き付けられる寸前に無意識に懐に入れていた護符に呪力を込めたんだろう。そのおかげで致命傷は避けられているが、当たり所が悪かったのか未だに意識は戻らん」
「そっか」
「……狗巻の様子は?」
「車内で泣いてたってさ。伊地知から聞いた」
「そうか」
優しく彼女の頭を撫でる硝子は、落ち込んでいるように見えた。「青春だな」と言いながら、何気にあの二人のこと気に入っていたからだろう。
「窓からの報告だと二級だったそうだが、実際には準一級だったんだってな」
「たぶん上層部から僕への嫌がらせ(プレゼント)ってとこだろうね。可愛い生徒が傷付けば、それなりに僕にダメージを与えられるから。……でも、僕じゃなくて生徒を泣かせるような嫌がらせはちょっと、ね」
僕の言葉に、「同感だな」と呟く硝子。ここに来る前に棘と会ったが、目元は赤く腫れており、見たことないほどに酷く落ち込んでいた。今回の件はさすがに笑って流せるものでは無い。上層部のおじいちゃん達に文句を言いに行かないと。
「狗巻のメンタルケア、ちゃんとしてやれよ」
「分かってるよ。でもその前におじいちゃん達にお礼(殴り込み)しに行かなきゃ」
「…思いっきりやってこい」
「あれ、珍しい」
「癒しを奪われたら仕事に集中出来ん」
「……お前だいぶ入れ込んでんね?」
「気のせいだ」
嘘つけよ、憂太達から二人のエピソード聞き出してるの知ってるんだからね。まぁ僕もなんだけど。硝子に、あと頼んだよと告げ病室を出る。さーて、おじいちゃん達にどんなお礼しようかな。
「若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。何人たりとも、ね」
─✻─✻─✻─✻─✻─✻─
あの後、玲奈は高専の治療室に移され今もまだ目を覚まさないらしい。既に三日は経っており、その間の棘はほぼ無表情だった。彼の中で彼女の存在がどれだけ大きかったかがよく分かる。放課後になると必ず見舞いに来ると硝子が言っていた。
「見舞いに来る度に花を持ってくるんだよ」
「花?庭に咲いてるやつ?」
「いや、恐らく花屋で買って来ているんだろう。中庭で見たことは無いからな。確か、クリスマスローズって名前の花だったかな」
「何それ、初めて聞いた」
「私もだよ」
わざわざ買いに行ってるってことは何か意味があるのだろうか。いや、棘のことだからちゃんと意味があるんだろうな。どんな理由でその花を持ってきているのかと硝子と話していると、彼女が寝ているベッドから微かに声が聞こえた。
ベッドに近付くと、少し震えた声で「調子はどうだ」と聞く硝子を見て、僕はスマホを取り出していち早く彼女に会うべきであろう人物に電話をかける。
「あ、もしもし棘?玲奈が目を覚ましたよ」
誰かが話している声が聞こえた。何の話をしているのだろうか。その声に引っ張られるように、私の意識は浮上する。目を覚ますと、何となく見覚えのある天井。高専内にある治療室だと遅れて気付いた。
あぁ、そうだ。私、棘くんを呪霊からかばって……。
「とげ、くん……」
そう呟くと、話し声がピタリと止み、誰かがこちらに向かってくる音がした。カーテンが開く。私の顔を覗き込んできたのは家入さんだった。
「調子はどうだ?」
「たぶん、大丈夫です。…あの、今日って何日ですか?」
「今日は三月一日だ」
「……三日も寝てたんですか私」
えっ、めっちゃ寝てるじゃん。そんなに重症だったのか。だとしたら棘くんに申し訳ないなぁ。めちゃくちゃ心配させただろうな。
家入さんに喉が乾いてるだろうと水が入ったコップを渡され、ベッドから起き上がりそれを飲む。すると家入さんの後ろから五条先生が現れた。
「おはよう玲奈」
「…おはようございます、先生」
「生きてて良かった。棘達ももうすぐ来るから。だいぶ落ち込んでたからさ、いっぱい慰めてあげて」
わしゃわしゃと私の頭を撫でる先生。加えて家入さんにも頭を撫でられる。よく分からずに、とりあえずされるがままになっていると、治療室の扉が勢い良く開く。
「おっ、来たね。じゃあ僕はもう退散しよっかな」
「あまり騒ぐなよ」
ベッドから離れて行く二人とすれ違うようにやって来たのは、棘くんだった。
「あ…棘くん。えーっと、おはよう。かな?」
私がそう言った途端、棘くんは両目から大粒の涙を零して泣き始めてしまった。棘くんが泣くところを初めて見た私は、どうすればいいのか分からず慌ててしまう。
「と、棘くん。え、待って、泣かないで。ごめんね、いっぱい心配させちゃったよね、不安だったよね、本当にごめんね」
抱き締めようと手を伸ばそうとした瞬間、ぎゅうっと力強く抱きつかれる。微かに棘くんの手が震えているのが分かり、それだけ心配させてしまったのだと罪悪感で胸が痛んだ。何て言おうか頭の中で言葉を選んでいると、少し掠れた声で棘くんが話し始める。
「……高菜、明太子」
「うん、ごめんね。棘くんが危ないって思ったら咄嗟に身体が動いちゃった」
「……こんぶ、すじこ」
「…そう、だね。でも、棘くんが怪我するの嫌だったから。なら私が怪我した方がマシかな、って」
そう言った瞬間、棘くんは両手で私の顔を挟むと、真っ直ぐ私の目を見て声を荒らげる。
「……ッ、おかか!高菜!高菜!!ツナマヨ!!!」
「うん、ごめん。私が棘くんのこと大事に想ってるように、棘くんも私のこと大事に想ってくれてるんだもんね。もっと考えて行動するべきだった。……ごめん」
「おかか!ツナ!……明太子、おかか」
「約束する、二度としない。本当にごめんね」
顔を歪めてボロボロと涙を零す棘くんの目元を優しく拭う。しばらくはいっぱい甘やかそう。棘くんの背中に手を回して抱き締めると、嗚咽を漏らしながら泣く声が聞こえた。
その後、三十分近く棘くんに離してもらえなかった。
最終回全話の合計❤️が700