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モノクロナツキ
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モノクロナツキ
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『次のお休みはいつですか?』
野中さんと連絡先を交換してから数日後の夜。
今しがた仕事から帰ってきた洸と、遅めの夕食をリビングでとっていた時、俺のスマホにメッセージが入った。
「あ、野中さんからや。いよいよミッション開始やな?」
「え、俺んとこには来てへんけど」
洸が「なんか寂しいなぁ」なんて口を尖らせながら、手元のLINEをイジイジと触りだす。
「まぁ、最初は大人数で行っても空くん怖がるしな? 俺がとりあえずジャブ打ってくるわ」
「まぁ、そうやけど……。でも、今メッセージが来たってことは、新さんに俺がメッセージ送ったらすぐ返事来るってことやんな?」
どこか嬉しそうに、独り言のように洸が呟く。
──ん? 待てよ。洸、空くんじゃなくて、明らかに野中さんに興味いってへんか?
「ちょっと洸。それは流石に、秀太が黙ってへんのちゃう?」
「ん? なんで? 新さんと俺のことに、秀太にぃは関係ないやろ?」
うそやん。そんな「当たり前やん?」みたいな爽やかな顔で聞き返さんといてよ。
普段は秀太の過保護ぶりに文句を言う側の俺だが、流石にこの瞬間ばかりは、秀太と同じくらい胃がキリキリと痛み出すのを感じた。
「ほら、返ってきた!」
なんの迷いもない無邪気さで、洸が俺の顔の前にスマホを突きつけてくる。
画面を見ると、そこには可愛いピンクのうさぎさんが『こんばんは』と愛らしく頭を傾げているスタンプが押されていた。
え、待って。それ、今日から始まったやり取りじゃない。トーク履歴が上にめちゃくちゃ続いてるやん。
……これ、アカンやつでは……?
今もしここに秀太がいたら、秒速で野中さんを探し出し胸ぐら掴んで牽制しとる案件や。でも、当の洸は本当に嬉しそうな顔をしている。ここで無粋に水を差さず、グッと堪えるのも兄の役目、なのか……?
「……洸くんさ、あれからずっと野中さんとやり取りしてたん?」
「うん。仲良くなった方が空くんの情報も聞き出しやすいやろ? 見て、空くん、ONE PIECE好きなんやって」
洸がトーク履歴をさらに上に遡って、画像を見せてくれた。
そこには、1巻から最新刊までびっしりと丁寧に、几帳面に整理された本棚の写真が写っている。
そっか。洸は洸なりに、空くんを助けるために野中さんとの距離を詰めてくれてたんやな。ただの金髪イケメンに心を奪われて連絡先交換したわけやなかったんや。
「流石洸くんやわ。お兄ちゃん、そんなところまで頭回ってへんかった」
「ほんま、弦は脳筋やからな。新さんに頼まれた日に突撃して、強引に連れ出したら何とかなるやろ、くらいにしか考えてなかったやろ?」
「洸くんのおっしゃる通りです……」
俺は深々と、我が家のできる弟に頭を下げた。
脳筋の俺と違って、秀太も洸も本当に頭が良い。今までこの真反対の兄弟2人に、俺が何回助けられてきたか分からない。
「でもさ」
洸が淹れたてのお紅茶を小さく啜り、ふっと表情を柔らかくした。
「俺は、このミッションに脳筋の弦は絶対に必要やと思ってる。弦の後先考えへん、ただまっすぐな親切の押し売りみたいな行動に、救われる人もおると思うんよ。特に……不本意に、部屋に引き籠もってしまった人にとっては」
秀太が近くにいない時の、甘えん坊じゃない方の洸は、意外としっかりしている。こういう時、俺よりよっぽどお兄さんに見えることがあるから不思議だ。
「……親切の押し売りって、せめて猪突猛進って言うてや」
照れ隠しにそう返して、俺はご飯を一気にかきこんだ。
そうか、ONE PIECEが好きなんか。俺も全巻持ってるし、そこは気が合いそうやな。それにしても、これ、空くんの本棚やろ?野中さんいつ撮ったんやろう?
「で、いつ行くん?」
「……明後日やな。ちょうど野中さんがお隣に来る日とも被ってるし」
「え~、俺その日、美容室の研修で遅くなるやん! ──あ、じゃあさ! もし空くんと仲良くなれたら、俺のカットモデルお願いしといてくれへん?」
「うわ、それめちゃくちゃ話のネタにいい! 流石洸、最高のアシストや!」
──そんな俺らの考える都合のいい作戦が、いかに甘かったかを思い知らされたのは、その二日後。お隣の、空くんの部屋の前だった。
「こんにちはー、空くん。お隣の上重弦です。この間はどうもー」
野中さんに部屋の前まで案内され、ドア越しに挨拶をしてから……はや2時間。
俺は、ぴっちりと閉ざされたドアの前で、ずーーーっと体育座りをしたまま、返事のしない虚無に向かって話しかけ続けていた。
そのうち、俺の一人芝居を見ているのが恥ずかしくなったのか、野中さんも「……ちょっと失礼します」とリビングの掃除をしに去ってしまい、完全に俺だけが虚空に取り残された。
これ、どうしたらええんや。
前もって仕入れた情報があるとはいえ、急にここで「ONE PIECEの最新巻読んだ!?」とか叫び出したら、「なんで俺の趣味知ってんねん怖っ」て通報されかねんよな?
ふと、俺が言葉に詰まった時だった。
「ん……?」
静まり返った廊下に、部屋の中から微かに、本当に微かに音楽が漏れ聞こえてきた。
切なくて、どこか懐かしいメロディ。いつか流行った曲やっけな、と記憶を必死に手繰り寄せる。
「あ──! 『あいのうた』や!」
突然思い出して、思わず大きな声が出た。
今どきの流行りの曲じゃない。数年前、前の彼女に勧められて一緒に観た、20年以上も前の古い映画の主題歌だ。今の歌手にはない、甘ったるくて、優しくて、どこか切ない歌声。当時、大して映画なんて観なかった俺が、新鮮な感動を覚えて何度も何度も見返した、あの名作の──。
その瞬間。
部屋の中から、ゴトリ、と何かが動く音がした。
続いて、ドアの向こう側に、ドンッ……と静かに何かが寄りかかるような気配が伝わってくる。
間違いない。今、ドアのすぐ向こうに、空くんがおる。
「……空くん、映画、好きなん?」
俺が気配のするドアの隙間に向かって、声を少し落として話しかけた。
すると……コツン、と、ドアの木肌を指先で小さく叩くような音が返ってきた。
ほら、絶対におる。俺の声、ちゃんと届いてる。
「俺さ、最近ジムの仕事が忙しくてあんまり映画観れてへんねんけど、おすすめの映画あったら教えてよ」
俺は急いで野中さんのいるリビングに向かい、「野中さん、ペン貸して!」とボールペンを借りる。
急いでドアの前に戻ると、スマホケースに何枚か挟んであった自分の名刺を引っ張り出し、その裏側にLINEのIDを殴り書きした。そして、ドアの下の隙間から、その紙をスッと中へと差し込む。
ズズ……と、紙が中から引っ張られる、確かな感触が指先に伝わってきた。
よし、と、俺はその紙の行方を見届けた後、静かにガッツポーズをした。
「……じゃあ、今日は帰るな。また遊びにくるわ」
コンコン、とドアを2回、優しくノックして、俺はその場を立ち上がった。
リビングに戻ると、心配そうな顔をした野中さんが掃除の手を止めて待っていた。
「野中さん、今日はとりあえずこれで帰ります」
「……どうでしたか? 空くんは……」
「大丈夫、俺に任せといてください」
小さくガッツポーズをして、静かにそう伝えると、野中さんはホッとしたように、あの綺麗な顔を優しく微笑ませてくれた。
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