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「お、お父様! いつからいらしてたんですか?」
私の慌てた様子に、いやエリアスの上着を握り締めた姿のどちらかに、お父様は眉を顰めた。
「マリアンヌが、エリアスの世話を甲斐甲斐しくしているところからだ」
「そうですか」
つまり、上着を脱がせていたところかな。まさか、ネクタイを外したところからじゃないよね。
私は急いでネクタイを回収して、上着と一緒に椅子にかけた。
ちゃんとネクタイが汚れないように上着と離して。
「それで大丈夫なのか?」
「はい。解毒剤を飲んだので。背中の怪我以外は、あまり問題はないかと」
「万年筆に毒が仕込まれていたんです。でも、その毒に合わせた解毒剤ではないから、まだ油断はできません」
エリアスはお父様の前だからか、大したことがないように言う。やせ我慢してほしくなくて、私は違うと訴えた。
「そうか。ニナはどうした」
「お医者様を呼びに――……」
「お待たせしました、お嬢様」
扉からニナが現れた。その姿に安堵したが、後ろにいる初老の男性を見て驚いた。
「え? コルド先生? こちらにいらしても大丈夫なんですか?」
思わずお父様の方を見た。
コルド先生はお父様の主治医であり、私も二年前、お世話になったお医者様だった。その後も、後遺症はないか、定期的に診てもらっているのだ。
診察の邪魔にならないように、私はそっとお父様の方へ近づく。
「あぁ。ポールは治安隊の医療担当の者が診ているから問題はないんだよ」
「そうですか」
私たちの会話など関係なく、コルド先生はエリアスの診察に取りかかる。その様子を見て、私とお父様はテラス側の椅子に腰かけた。
「あの、お父様がこちらに来られたということは……ポールは……」
「まだ何とも言えないところだ」
私は最後に見たポールの姿を思い浮かべた。
血を吐く姿。毒を飲んだと、確かお父様が言っていたような気がする。
けれど記憶が曖昧で、それ以上は思い出せなかった。エリアスが解毒剤を取ってくれとか、背中に刺さった万年筆とかで、気が動転して余計に。
それに、治安隊が壁になってよく見えなかったのも、理由の一つだった。
「あのまま治安隊の詰所に連行されていったよ。ここだと満足に治療できないと思ったんだろう」
偏にお父様が、この屋敷で治療させたくなかった、の間違いじゃないかな。ここはお母様が亡くなった場所だから。
それに、身柄を拘束した時点で、ポールの所有権ともいうべきものが、お父様から治安隊に移動したのも理由だろう。彼等とて、ホームである詰所の方が動き易いから。
「助かると、思いますか?」
「どうかな。実際、助かってほしくない、とも思ってしまうんだ。罪を償ってほしいという気持ちもあるにはあるんだが」
「……ポールはお母様と出会う前から、この屋敷にいたと聞きました。一番長く接していたのはお父様です。だから、誰もお父様の判断を非難する者はいません」
たとえお父様が、秘密裏にポールを処分したとしても。死刑よりも、さらに残酷な殺し方を命じても。私たちは非難しない。
「ありがとう、マリアンヌ。お前が私の前に出てきた時は、ヒヤッとしたぞ」
「すみません。お父様が殺されると思ったら、怖くて」
「怖いのなら、余計、出てくるものではないよ。いいね」
五月蒼
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るー@活動休止中
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念を押されたが、すぐに「はい」とは答えられなかった。
「無理なら、エリアスの背中でも押すといい」
「お、お父様っ!」
そんなことをしたら、エリアスが刺されちゃう! というか、刺されたんだけど。それでもダメ!
「ダメです! いくら何でも!」
「そうかい。いい提案だと思ったんだがな。そう思わないか、エリアス」
お父様の呼びかけに合わせて、長椅子の方を向くと、治療を終えたのかコルド先生が席を外すところだった。
その瞬間、私は驚きのあまり、両手で口元を押さえた。
エリアスが上半身裸だったからだ。包帯が巻かれた姿は痛々しいとは思いつつも、少しだけ恥ずかしかった。
いやいや、転生前は雑誌とかでも、見たことがあるじゃない。上半身裸の男性なんて。
そう! 夏なんか、プールや海に行けば、いっぱいいたわけだし。そんな恥ずかしがることなんて……。
視線をもう一度エリアスに向けたが、やっぱり見ちゃいけないような気がして、逸らした。
あぁぁぁぁぁ。この四年間で、免疫がなくなっちゃったのかな。
「ニナ」
「畏まりました」
たったそれだけで、ニナはエリアスに新しいシャツを着させた。
ごめんね、ニナ。仕事、増やしちゃって。
「すみません」
「いや、少しだけ安心したよ」
「そうですか? あと数年経ったら、見慣れると思いますけど」
「エ、エリアスっ!?」
な、何てことを言うの!? お父様の前で!
身を整えると、エリアスは突然立ち上がって、こちらに歩いて来ようとした。
いくら治療を終えたからといっても、エリアスは怪我人だ。私は慌てて駆け寄った。
「安静にしていないとダメじゃない」
「大丈夫ですよ、お嬢様。怪我自体は大したことはありませんから」
エリアスを座らせると、コルド先生が安心させるように、穏やかな口調で説明し始めた。
「万年筆に内蔵されていた毒は、即効性のものではなかったんです。恐らく、旦那様の食事に盛られていた毒と同じものだと思われます。いつ何時、使用できるように、常に携帯できる物に仕込んでいた、といったところでしょうな」
「では、その万年筆も証拠として治安隊に渡してくれ」
「畏まりました。それからお嬢様。さきほどのこと、このコルドも肝が冷えましたよ。お控えください」
「はい」
いくらお抱え医師でも、すぐに来られたのは、前もって控えていたからだ。昨日、キトリーさんのところで作戦会議をした後、エリアスかニナが連絡してくれていたのかもしれない。
「私の時はすぐに返事をしなかったのに、コルドの言うことは聞くのか」
「ほほほほ。医者と父親では、返答が違うのは仕方のないことですよ」
コルド先生はお父様を諭してから、そそくさと客間を出て行った。
さすがコルド先生。長いこと、お父様の主治医をしているだけあるわ。
私はコルド先生を見送った後、そのままエリアスの横に座った。また立ち上がるなんてことをしないために。
すると、
「父親とは寂しいものだな」
そんな声が聞こえたような気がした。