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腕の中で大事に抱えている子が、もぞもぞと動きだした。
眠たい目をうっすらと開いて、
「……大丈夫」
そう声をかける代わりに、布団をかけ直す。
逃がさないように、もう一度、両腕に力を込めた。
それと同時に、〇〇が俺の胸に顔をうずめ、確かめるみたいに服をぎゅっと強く握ってくる。
まだ、外は薄暗い。
静けさだけが部屋を満たしていて。
瞼を閉じ、また眠りに落ちた___。
〇〇side
目を覚ましたとき、視界は樹音くんでいっぱいだった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、少しだけまぶしい。
腕の中は、温かくて、優しくて。
ここにいれば大丈夫なんだって、錯覚できるくらい。
――そのとき。
ポケットの中のスマホが、震えた。
一回、また一回。
コールが増えるたび、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
息がうまく吸えない。
視界が滲んで、音が遠くなる。
「〇〇…? 大丈夫?」
ぼんやりした意識の中、
樹音くんの声だけが、はっきり届いた。
――もう、だめかもしれない。
そう思った瞬間。
「〇〇!! 聞こえる!!?」
今まで聞いたことのない声量で呼ばれて、
意識が一気に引き戻される。
『じゅ…樹音くん……』
「おれ、ここにいるよ。
大丈夫。おれに合わせて、呼吸しよ。」
まっすぐで、少し潤んだ瞳。
それを見ているうちに、呼吸が少しずつ整っていく。
「……もう、大丈夫?」
そう言われても、
次にいつ着信が来るか分からない恐怖で、手が震える。
「おちついて。大丈夫だよ。」
そう言って、水を持たせてくれるけど、うまく持てない。
樹音くんは何も言わず、わたしの手からグラスを取って、
少しずつ口に運んでくれた。
背中を支える手が、大きくて、温かかった。
樹音side
着信音で、目が覚めた。
寝ている間の連絡は基本無視する。
それを知ってる人は、五回鳴らして切る。
でも今日は、違った。
嫌な予感がして体を起こすと、
隣で〇〇が、今にも意識を失いそうになっていた。
「〇〇…? 大丈夫?」
呼吸が乱れていて、声が届いていない。
『じゅ…樹音くん……』
助けを求める目を見て、
考えるより先に、声が出た。
「〇〇!! 聞こえる!!?」
自分でも驚くほど、大きな声だった。
少しずつ落ち着いていく呼吸に、ようやく息をつく。
「水、持ってくるね。」
キッチンへ向かいながら、
震えていたのは〇〇だけじゃなかったことに気づく。
戻ってくると、案の定、うまく飲めていない。
咄嗟にグラスを受け取って、
「おちついて。大丈夫だよ。」
そう言いながら、ゆっくり、少しずつ。
腕の中で小さく揺れる体を、
二度と離さないつもりで支えた。
少し経って、〇〇が落ち着いたのと同時に、
その意識も、ゆっくりと薄れていった。
「おれ、ここにいるから。安心して」
慰めようとか、落ち着かせようとか、
そんな単純な考えで出た言葉じゃなかった。
自分でも理由がわからないまま、
ただ、口からこぼれ落ちた言葉だった。
やがて、少し乱れた寝息が聞こえてくる。
今日は金曜日で、
本当なら、もう仕事へ向かっている時間。
でも、
こんなにも辛そうな〇〇を置いていくなんて、できなかった。
【体調不良の為、本日は欠席します】
短くそう打って、送信する。
後のことなんて、今は考えなくていい。
今は、〇〇のほうが大切だから___。
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隣で、起こさないように最小限の明るさで
スマホを見ていると、
〇〇が少し慌てた様子で起き上がった。
『ごめん……お仕事、だったよね』
罪悪感で、今にも縮こまりそうな〇〇の手を、そっと握る。
「気にしないで。〇〇がいちばん大切だから」
そう言うと、〇〇は少し視線を逸らして、
なにか言いたげな顔でこちらを見た。
きっと、
どういう順番で、どんな言葉を使えばいいのか
必死に考えているんだと思う。
焦らせないように、
握っている手に、ほんの少し力を込めた。
しばらくして、〇〇が口を開く。
『……ずっと、連絡くるの』
『親なんだけど、高校卒業するタイミングで縁を切って……それで……』
言葉を探すみたいに、
目線が、だんだん下に落ちていく。
『ここも、いつバレるかわかんない……。
もし、バレたら、樹音くんにも……。』
声が少しずつ震えていく。
顔を見なくても、泣いているのがわかった。
〇〇の手を引いて、抱き寄せる。
「大丈夫、迷惑なんかじゃない」
「〇〇のためなら、少しくらい痛い思いしても平気だよ」
そう伝えると、
『やだ……樹音くんが、危ない目にあうのはやだ……。』
いつもの大人びた〇〇じゃなくて、
子どもが必死に縋るみたいな声だった。
強く、腕に力を込める。
「ここは、おれの家でしょ?」
一息ついて、淡々と。
「誰を入れるか、入れないかは、おれが決める」
「〇〇のせいじゃないよ」
その言葉で、
堰を切ったみたいに、〇〇の感情が溢れ出す。
『樹音くんは優しいから……だめなんだよ
こんなわたしと関わってちゃ……』
『わたしが、あの日ついてこなけれ──』
言い切らせなかった。
「ちがう」
〇〇の言葉に、わざと被せる。
「あの日、〇〇を見た瞬間から、気になってた」
「〇〇がついてきたから悪いとか、そんなのじゃない」
震える自分の手で、〇〇の頬を掴み、
下を向いていた顔を、そっと上げる。
「おれが、おれの意思で家にあげた」
「助けたいって、決めて。」
まっすぐ、目を見る。
「おれは優しくもないし、誰にでもこんなことしない」
「ぜんぶ、〇〇が大事だから」
「大切で……失いたくなくて、たまらないから」
その言葉のあと、
部屋には、しばらく静けさだけが残った。
〇〇side
目を閉じているはずなのに、
眠りきれなくて、意識だけが浅いところを漂っていた。
胸の上下に合わせて、
樹音くんの呼吸が、すぐそばで聞こえる。
――いる。
ちゃんと、そばに。
それを確認するたび、
安心と同時に、怖さが胸に混じる。
「おれここにいるから、安心して」
その声が、胸の奥に落ちてきて、
張りつめていたものが、少しずつほどけていく。
このまま委ねてしまったら、
離れられなくなる気がして。
でも、抗う力も残っていなくて、
気づいたら、意識が遠のいていた。
どれくらい眠っていたのかは、分からない。
目を開けると、
隣で樹音くんが、画面の明るさを落としたスマホを見ていた。
起こさないように、
気づかせないように。
その距離が、やさしくて、苦しい。
『……ごめん』
声にした瞬間、
胸の奥がぎゅっと縮こまる。
仕事。
本当なら、もう向かっている時間。
わたしのせいで、
また一つ、樹音くんの「当たり前」を止めてしまった。
「〇〇がいちばん大切だから」
その言葉が、
嬉しいはずなのに、素直に受け取れなかった。
――そんなふうに言われる資格、
わたしにあるの?
守られるほど、
失ったときの痛みを想像してしまう。
言わなきゃ、と思った。
でも、言葉にしたら、
ここにいられなくなりそうで。
手を握られて、
その温度に、逃げ道を塞がれる。
『……ずっと、連絡くるの』
口に出した瞬間、
押し込めていた過去が、一気に溢れ出した。
鳴り続けるスマホ。
出なければ、増えていく着信。
逃げたはずなのに、
終わらない感覚。
『ここも……いつバレるかわかんない』
ここまで壊されたら、どうしよう。
もし、
樹音くんまで巻き込んだら。
考えるだけで、
喉の奥が、きゅっと詰まる。
『樹音くんにも……』
それ以上、言えなかった。
でも、
抱き寄せられた瞬間、
――あ、もう隠せない。
そう思った。
「迷惑なんかじゃない」
その言葉を聞くたび、
胸が痛くなる。
優しさが、
わたしを肯定してくれるほど、怖くなる。
『やだ……』
声が、
自分でも驚くくらい、幼く震えた。
守ってもらう側でいることが、
こんなにも、無防備になることだなんて知らなかった。
「ここはおれの家」
淡々とした声が、
揺れているわたしを、現実に引き戻す。
「〇〇のせいじゃないよ」
その一言で、
ずっと押し殺してきた感情が、堰を切った。
『樹音くんは優しいから……』
『だめなんだよ、こんなわたしと関わってちゃ。』
『わたしが、ついてこなけれ──』
「ちがう」
言葉を遮られて、
顔を上げさせられる。
逃げ場のない、まっすぐな目。
「おれの意思だよ」
その瞬間、
胸の奥で、張りつめていた何かが、静かに崩れた。
――選ばれた。
同情でも、
勢いでもなく。
「失いたくない」
その言葉が、
怖いくらい、あたたかい。
泣いていい理由を、
初めて、もらった気がした。
涙が止まらなくて、
でも、もう目を逸らさなかった。
この人は、
わたしを守ることを、覚悟として選んだ。
それが、
重くて、逃げたくて、
それでも――
どうしようもなく、救いだった。