私は、自分の不注意のせいで朋也さんに心配をかけてしまった。改めて自分を律して、この仕事に全てをかける決意をした。
「皆さんに話があります」
朋也さんが、チームのみんなに話をするようだ。
朝から石川さんの姿がないことを……説明するのだろう。
「おはようございます。突然ですが、石川ディレクターが一身上の都合で今日からお休みされることになりました。ですが、今のプロジェクトは必ず成功させたいと思います。一秒のムダも作りたくありません。ですので、今日からは、私がアートディレクターも兼ねて指揮を取ります。ディレクターの勉強もずっとしてきたのでご心配なく」
「何か質問はありますか?」
「……あの、石川ディレクターはいつか戻って来られるのでしょうか?」
若い男性社員が言った。
正直、私と同じで、石川さんによく文句を言われていた。
「……その可能性は無いでしょう。もちろん、私が決めることではないので、断言は避けますが」
「……わかりました。すみません、変なことを聞いて」
「いいんです。これからは何でも話し合える、風通しの良い社内空間を作りたいと思ってます。少しでも疑問やこうしたいとのアイデアがあれば、何でも口にしてください。みんなで協力し合いながら、最高の職場環境にしていきましょう」
「はい!」
みんな、一気に笑顔になった。
今までとは違って、雰囲気がガラッと明るくなった気がする。
俺に任せろって……
朋也さんが、石川さんの代わりをするということだったんだ。
やっぱり朋也さんはすごい。
リーダーが変わるだけで、こんなにもモチベーションが上がるなんて。
石川さんも、確かに仕事はできた。
だから『文映堂』に入れたのだろう。
でも、いつからかそのスタンスが変わり、行ってはいけない方向に進んでしまったのかも知れない。
朋也さんの挨拶が終わり、それぞれ仕事を始めた。
朋也さんは、石川さんに引き継ぎをされたわけではないのに、みんなに早速仕事を振ったり意見を言ったりしている。
私は、CMプランナーの菜々子先輩と梨花ちゃんと打ち合わせをするように言われた。
「一身上の都合ってなんだろうね? まあ、あんな冴えないおじさんより本宮さんの方が全然いいけどね」
菜々子先輩が言った。
「本当に石川さんどうしたんでしょうね。昨日まで普通に働いてたのに。恭香先輩、何か知ってます?」
梨花ちゃんも気になっているようだ。
「……ううん、私も知らないよ」
それが精一杯の答えだった。
「絶対何かやらかしたのよ。内密に上が処分したんでしょ。あの人ならやりかねないから」
「え~。だったら何をしたんですかね? う~ん。会社のお金を使い込んだとか、女の子に手を出したとか……」
「あなた、昨日、クライアントを接待したんでしょ? 石川さんと2人で」
「えっ、そうなんですか~? だったら石川さんが何かしたか知ってるんじゃないんですか!?」
「ま、まさか。私と別れた後で、きっと何かあったのかも知れませんね」
「え~? なんか、怪しくないですか? 石川さんに言い寄られたりしたとか?」
「梨花ちゃん。それは失礼よ。石川さんにも選ぶ権利があるでしょ。あの人、冴えないけど、お金はたくさん持ってたから」
「確かに! 菜々子先輩が狙われるならわかりますけど~。わざわざ……ね~」
2人の会話に悪意を感じる。
だけれど、今の私には何も反論できない。
「まあ、どちらにしても、石川さんじゃプロジェクトは上手くいかなかったかもね。変わって良かったじゃない。さあ、そろそろ打ち合わせ始めましょ。CMで、シンプル4のみんなにコピーを言ってもらうタイミングなんだけど……」
菜々子先輩のプランに沿って話が進む。
モヤモヤした気持ちは拭えなかったけれど、朋也さんと仕事の成功を約束したのだから、くよくよしていてはいけない。
私は、仕事モードに切り替えた。
相手企業の方も到着し、早速本宮さんが対応したけれど、石川さんよりずっと相手の反応や受けが良かった。
今日来たクライアントの1人に外国の方がいて、会話に耳を澄ませると、とても流暢でネイティブのように話す本宮さんの英語が聞こえた。
海外生活の経験があるのだろうか?
あの容姿で仕事ができて、おまけに英語も話せるなんて……無敵感がハンパない。
怖いと思っていた人だけれど、ものすごく人の気持ちがわかる人なんだろうと思う。
だからこそ、彼女でもない私を助けてくれたんだ。
同僚として――
一弥先輩は……
私には関心がない。
そんな人と、私を守ってくれた本宮さん。
私にはいったいどっちが大事なんだろう?
ほんの少し前まで全く知らない人だったのに、たった3日でこんなにも心を持っていかれて……
何だか複雑だ。
私は、あんなに一弥先輩のことが好きだったのに。
嫌いには絶対になれないし、たぶん、今も好き。
だけれど、いつまでも一弥先輩を想い続けるのは……
「やっぱり本宮さん素敵ね。英語も話せるなんて」
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