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第6話:畑の朝食と、祖母の微笑み
若井side
泥まみれになった俺たちは、畑仕事を終えて縁側で休んでいた。
祖母が淹れてくれた緑茶と、自家製のきゅうりの浅漬けが、体に染み渡る。
太陽が山の上まで登りきり、朝霧はすっかり晴れていた。
「ふぅ…美味しかった!ばあちゃんのきゅうりは世界一だね!」
涼架は浅漬けをバリバリと音を立てて食べながら言った。
「そうかい、りょうちゃん。いっぱい食べておくれ」
祖母は優しく微笑み、俺にも茶碗を差し出してくれた。
俺は汚れた手を拭き、緑茶を一口飲んだ。全身に疲労が押し寄せているものの、なぜか気分は清々しい。都会では味わえない味だ。
「まさかこんな朝早くから、畑仕事をしてるなんてびっくりしました」
すると祖母は、涼架と俺を交互に見て楽しそうに笑った。
「りょうちゃん、お客さんにまで手伝わせていいのかねぇ」
涼架は口いっぱいにきゅうりを頬張りながら「いいの!若井、楽しそうだったもん!」と声を上げた。
「楽しそうだったのは、お前だけだ。俺は突然の重労働に、体が悲鳴をあげている」
「えー、でも若井、露がついてるきゅうりとかキラキラ光る葉っぱとか、夢中で写真撮ってたじゃん!」
涼架はそう言って、俺の太ももをポンと叩いた。俺はドキッとして、すぐに涼架の手が触れた部分を意識してしまった。
「…それは、まあ。早朝の光が良かったからだ。被写体の魅力があっただけで、労働自体は別だ」
俺はそっけなく返した。
祖母はそんな俺たちのやりとりを見て、さらに笑みを深くした。
「若井くん。りょうちゃんはね、こういうところに来ると、昔から野生児になるんだよ。都会ではぼんやりしてるのにね」
「あ、ばあちゃん、それ言わないでよ!」
涼架は照れたように、祖母の腕に抱きついた。
「野生児、ですか。確かに」
俺は素直に同意した。
「りょうちゃんはね、本当は動くのが好きな子なんだ。でも、都会の生活は、なんだかこの子のふわふわしたところを、無理やり固めてしまうみたいで」
祖母はどこか寂しそうに言った。
涼架は、祖母の言葉を遮るように、能天気に笑い飛ばした。
「そんなことないよ、ばあちゃん!僕はただ若井にこの田舎の空気を体験して欲しかっただけだよ!ね、若井?」
「まあ、おかげで良いシャッターチャンスはいくつか得られた。それは感謝する」
俺はそう言うと、涼架は満面の笑みを見せた。
「でしょ?若井が課題のテーマを見つけるまで、僕がいくらでもネタを提供するよ!明日も早起きしようね!」
「明日も……?勘弁してくれ。今日はもう、昼まで寝かせてもらうぞ」
俺は思わず頭を抱えた。祖母は楽しそうに笑いながら、俺たちのお茶碗にお茶を注ぎ足してくれた。
「若井くん、気にしなくていいよ、りょうちゃんが、誰かと一緒にこんな楽しそうにしているのは、ばあちゃんも嬉しいんだ。どうぞ、この夏の間、りょうちゃんのお世話役だと思って存分に甘やかしてあげておくれ」
「世話役、ですか…」俺は口の中で繰り返した。
俺が撮りたいのは写真だったはずなのに、この天然なやつの世話を焼いているうちに、俺の心が、この「りょうちゃん」の無防備な生活にどんどん引き込まれていくのを自覚し始めていた。
この夏の俺の課題は、どうやら単なる「風景写真」ではないようだ。俺は、朝日に照らされて無邪気に笑う涼架を見つめ、そっとカメラを撫でた。
次回予告
[縁側のそうめんとコテツの視線]
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