テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
269
Side 菅生健治
ホテルの分厚いカーテンの隙間から、日の光が漏れている。
ベッドから起き上がろうと、身じろぎした途端、ズキンとこめかみに痛みが走った。
昨晩、野々宮に呼び出され、浴びるほど酒を飲んだからだ。
それでも、ギシッとベッドをきしませ無理やり起き上がったのは、熱いシャワーを浴びて、きれいに身体を洗い流したかったから。
その振動が伝わってしまったのか、野々宮が目を開ける。
「おはよう、健治。ねえ、この後も一緒に居れるでしょう。わたし、フレンチ ベイ・ビューで海を見ながら食事がしたいわ」
「いや、今日は用事があるから帰る。それに日曜日なんだ、休ませてくれ」
「なんだ、つまらないの。でも、しょうがないわね」
そう言って、野々宮は不貞腐れように上掛けに深く潜る。
野々宮とは仕事上の付き合いだと、自分自身に言い訳をする。
実際、どうしても断れない取引を持ち掛けられ、その代償のようにベッドに誘われた。
これが、男女逆の立場なら間違いなくセクハラだ。
合意だというなら、枕営業になるのかも知れない。
元はと言えば、自分の|蒔いた種《不倫》が原因だが、別れたはずの野々宮に執着され、最悪の気分だ。
野々宮をベッドに残し、スマホを片手にバスルームのドアを閉めた。
カチッと施錠し、ひとりきりになり、ホッと息を吐く。
刹那、スマホが手の中で、震えた。
画面には、美緒の名前でメッセージが届く。
「あっ……」
思わず声がもれ、罪悪感が胸に押し寄せる。
俺は、自分で言った約束を破ってしまったんだ。
美緒を失うかもしれない。
震える指でスマホの画面を開いた。
自分の犯してしまった罪の後ろめたさから、美緒からのメッセージを見るのが怖かった。
昨晩、美緒は小松さんの家に泊まると言っていた。そして、お昼には帰るとも。
もしも、なんらかの理由で美緒の予定が変わり、俺が外泊したのがバレてしまったら……。
スッと、息を吸い込み、スマホに視線を落とす。
メッセージの内容は、美緒の祖母が急遽入院した事、昨晩は実家に泊り、また病院に行くから昼には帰れない、と書いてあった。
「助かった……」
美緒に外泊がバレなかったと、ホッと息を吐き、シャワーブースに移動した。キュッとカランを上げると、熱めのお湯が吹き出した。
酷く汚れてしまった気がして、野々宮の痕跡を消すようにゴシゴシを力を入れ、皮膚が赤くなるほど擦り上げた。
自分でもバカだと思う。
野々宮と関係を続けても、良い事などないとわかっている。
けれど、自分だけでなく、恩のある上司の出世まで匂わせられて、断れなかった。
結局のところ、自分の弱さがすべての原因なのだ。
やり場のない怒りをぶつけるように、シャワーブースの壁に拳を叩きつける。
「くそっ!」
握った手のひらには、後悔という鈍い痛みだけが残った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!