「さっちゃん、今日は遅いしもう帰ろう」
「あ、もうこんな時間なんだね。アリアちゃんも疲れたと思うし、帰ろうか」
「うん、疲れたよ」
退屈過ぎて……なんて真剣だったさっちゃんには言えないね。
……ゴメンねさっちゃん。わたしが殺気を覚えるには100年くらいかかりそうだよ。
「すいません、今日はこれで帰ります」
「うむ。またいつでも来るといい」
次に来るのは日曜日かな……。明日もこれじゃ疲れちゃうよ。でも……。
「さっちゃん、明日はどうする?」
「明日も来たいかな。すぐに入門するかはどうかはわからないけど、見学だけは続けたいと思う」
「すごい真剣だったもんね。さっちゃんは凄いなー……」
そう、わたしは無言で疲れるだけだけど、さっちゃんはすごい真剣なんだ。強くなるために全力で努力しようとしてる。
わたしはそれを応援したいし、一緒に強くなりたいと思ってるから無言地獄でも頑張らなきゃいけない。
……わかってはいるんだけど、わたしに殺気をどうこう出来るとは思わない。
「殺気かー。どうすれば覚えられるのかなー」
「私は種族的に殺気とかに凄く敏感なんだけど、普通は長い間の訓練や実戦が必要だって聞くね」
……そっか。獣人さんは気配にすごく敏感だって聞いたことがある。
でも、わたしは原人だ。普通よりちょっと魔力が高いだけのただの原人。きっと、殺気を覚えるには普通に時間がかかる。
「長い訓練と実戦が必要か……。どうにかなんないかな?」
「楽に強くなることは出来ないと思うよ。私も協力するから地道に頑張ろう」
「……うん」
地道に頑張る、か……。
頑張るのは構わない。強くなるには必要だと思うから。でも、ゆっくり成長してたらさっちゃんにおいて行かれる気がする。
さっちゃんは天才だってユリ姉さんが言ってた。
努力家で天才のさっちゃんは、あの道場にもすぐになじむと思う。
どんどん強くなっていくさっちゃんと、普通のわたしがずっと一緒にいることができる?
……きっと離される。
学生のうちは一緒にいられると思う。でも、社会人になったら? ブリギッテさんやユリ姉さんは一緒にいられるって言ってたけど、ホントにそう? 一緒に働いても、わたしは足手まといにしかならない気がする。
……足手まといなんてやだ。さっちゃんに迷惑なんてかけたくない。さっちゃんの迷惑になるくらいならわたしは……。
「大丈夫だよ、アリアちゃん。私達は絶対に離れない。周りが何と言おうと絶対に一緒にいる」
さっちゃんが抱きしめてくれる。
……忘れてたよ。わたしの考えはさっちゃんには筒抜けだったんだ。
「私の幸せはアリアちゃんと一緒にいること。働く場所とか強さとかは関係ないよ」
「……うん、ありがとう」
……凄く嬉しい。一緒にいてくれるって言ってくれて。わたしの一番の友達。絶対に離れない。ずっと一緒にいる。
「ほら、泣かないで。大丈夫だから、ずっと一緒にいるから」
「うん、うん……」
いつの間にか泣いてたみたいだけど、不安や悲しくて泣いてるんじゃない。嬉しいから泣いてるんだよ。でも、泣いてたら心配かけるよね。
……笑おう、笑顔でいよう。
「……もう大丈夫だよ、ありがとうさっちゃん」
「そう、アリアちゃんは笑顔の時が一番可愛いよ。いつもみたいに笑ってようね」
「うん!」
……よし、もう大丈夫!
地道でもいい、強くなってさっちゃんと一緒にいる。周りから何も言われないくらい強くなってさっちゃんの隣にいる。
……それでいい。少しでも前に進もう!
「じゃあねさっちゃん、また明日!」
「うん、また明日ね」
家の前でさっちゃんと別れた。
道場が近いとすぐに帰れて便利だね。
「ただいまー」
「はい、お帰り。お姉ちゃんが帰ってきてるわよ」「へえ、珍しいね。今日って月曜だよ?」
お姉ちゃんは大学生で普段は寮暮らしだけど、休みの日には必ずといっていいほど帰ってくる。
……往復だけで半日はかかるのに大変じゃないのかな?
休日がほぼ移動だけで潰れるなんてわたしには考えられない。
「あんたが変なことになったから、心配して帰って来たみたいよ」
「変なこと?」
「道場に通うことになって民兵に内定してることよ」
「そんな理由で帰ってきたの? バカじゃないの?」
スパーン!
いったーーー! なに! うしろから誰かに頭を叩かれたよ!
「あんた、私がわざわざ心配して帰ってきたのに、馬鹿、ですって」
「あ、お姉ちゃんお帰り」
スリッパをもって仁王立ちしてるお姉ちゃんがいた。これは怒りモードだね。
いい音の正体はスリッパで叩かれた音だったみたい。 買い物袋を持ってるってことはお使いでも頼まれた?
……お母さんは人使いが荒いね。遠くから帰ってきたお姉ちゃんにお使いを頼むなんて。
「お母さん、はいこれ。アウレーリア、あんたは私の部屋に来なさい」
「うん……」
お姉ちゃんの怒りモードは逆らっちゃいけない。
お姉ちゃんの怒りモードは、お母さんの怒りモード+手が出る。
小言が増えるだけじゃなく暴力も加わるのだ。
何回か逆らったことはあるけど、毎回最後には思いっきり投げ飛ばされる。
子供のころから柔術の道場に通ってるみたいで、部屋には大量の優勝トロフィーがあるのでかなり強いんだと思う。
「さて、なんの話か分かってるわね?」
「わたしの道場通いと民兵になるってことだよね……」
「そうよ。なんで私に相談しなかったの?」
「だって、いなかったよね」
あの日、お姉ちゃんはいつも通り家に帰ってきたみたいだけど時間的にあわなかった。 わたしが家を出た後に帰ってきて、お姉ちゃんが帰った後にわたしが帰ってきたからだ。
「いつも言ってるわよね。あんたは馬鹿だから、大きなことをする前は必ず相談するようにって」
「でも、今回のことはお姉ちゃんには関係ないんじゃ……」
スパーン!
痛い! スリッパ持ってるの忘れてた!
「口答えしない」
「口答えじゃ……」
スパーン!
痛い! スリッパめ!
「お母さんも私も、あんたのことを心配して言ってるの。口答えは許さないわ」
「はい」
「お母さんが認めちゃってるし、さっちゃんも納得してるみたいだから今回は許してあげる」
「じゃあなんでおこって……」
スパーン!
痛い! 理不尽! 悔しい!
「許してあげてるんだから、素直に感謝しなさい」「ありがとうございます」
「今後、大きなことを決める時は相談するのを忘れないこと。私はもちろん、お母さんにもね」
「はい」
……もう口答えしない。わたしは機械になる。
イベント会場で見た挨拶だけを繰り返す機械。あれになろう。
「で、ここからが本題だけど……」
「本題!?」
スパーン!
痛い!
……けど、え、相談しなかったせいで怒られてるんじゃなかったの!?
「大人しく聞きなさい」
「はい」
「桜花武神流って聞いた時は唖然としたし、レクルシアに入るって聞いた時は頭が真っ白になったわ」
「はい」
「あんた、この二つがどういう所か分かってる?」「レクルシアについてはお母さんから聞いたし、道場には今日見学に行ったよ」
レクルシアは有名な組織で危険な依頼を多くこなしていて、道場は無言空間の殺気道場だった。
「そう。じゃあレクルシアについての説明はいらないわね」
「うん」
「じゃあ、桜花武神流の道場。見学してみてどうだった?」
「無言道場だったよ。おじいちゃんからは殺気をぶつけ合って修行してるって聞いた」
「おじいちゃん? 誰それ?」
わたしは死にそうなおじいちゃんのことやおばあちゃんのことを話した。
「あ、そう言えば、おじいちゃんは師範代とか言われてたね」
わたしを驚かした人がおじいちゃんのことを師範代って言ってた気がする。
「……もう二度と「おじいちゃん」なんて呼ばないこと。今後は絶対に師範代って呼ぶこと。いい、わかった?」
「なんで?」
スパーン!
痛い! スリッパ忘れてた!
「返事は「はい」よ」
「はい」
……逆らっちゃダメだ。
おじいちゃんは師範代、師範代、師範代……。
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