テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌朝。
阿部が目を覚ますと、隣にはいつも通り目黒がいた。
「……。」
昨日、阿部は彼シャツを着て、わざわざソファで寝たふりまでした。
それなのに、目黒は阿部をベッドへ運び、額にキスをして、そのまま普通に寝た。
「……。」
阿部は眠っている目黒の横顔を見る。
やっぱり、何度考えてもおかしい。
以前だったら絶対にあれだけでは終わらなかった。
阿部がじっと見つめていると、目黒がゆっくり目を開けた。
「……あべちゃん?」
「おはよう。」
「おはよう。」
目黒は少し眠そうに笑うと、いつものように阿部へ腕を伸ばした。
「充電。」
「……うん。」
ぎゅっと抱きしめられる。
優しい。
いつも通り。
むしろ、かなり好きそうだ。
阿部は抱きしめられながら、さらに分からなくなった。
目黒が身体を離す。
「朝ご飯作るね。」
「うん。」
「何食べたい?」
「何でもいい。」
「じゃあ、卵焼く。」
そう言って、目黒は普通にベッドから出ていった。
阿部は布団の中で天井を見つめる。
「……普通。」
あまりにも普通だった。
しばらくして、阿部もリビングへ向かった。
キッチンでは、目黒が朝食を作っている。
「座ってていいよ。」
「手伝う。」
「じゃあ、お皿お願い。」
いつも通り、二人で並んで朝食を準備する。
その途中、目黒がふと思い出したように言った。
「そういえば。」
阿部の動きが止まる。
「何?」
「昨日。」
来た。
阿部は少しだけ緊張する。
目黒がにこっと笑った。
「俺のシャツ着てたね。」
「……。」
阿部はゆっくり振り返る。
「気づいてたの?」
「もちろん。」
「……気づいてたんだ。」
「うん。」
目黒は、何でもないことのように続けた。
「似合ってた。」
「……。」
「すごくかわいかった。」
阿部は皿を持ったまま固まった。
「じゃあ。」
「ん?」
「何で?」
43
みら

3,296
チョコ子
537
目黒が首を傾げる。
「何が?」
「……。」
本当に分かっていない顔だった。
阿部は聞けなかった。
何で、それで普通に寝たの。
そんなことを自分から聞くのは。
あまりにも恥ずかしい。
「……何でもない。」
「そう?」
「うん。」
目黒は特に気にした様子もなく、阿部の前へ朝食を置いた。
「食べよ。」
「……うん。」
阿部は卵焼きを見つめながら、心の中で呟いた。
気づいていた。
かわいいとも思った。
それなのに、何もなかった。
「……。」
ますます、倦怠期説が濃厚になった気がした。
その日の仕事。
楽屋へ入った瞬間、阿部は深澤を見つけた。
「ふっか。」
「ん?」
「ちょっと来て。」
「何?」
「いいから。」
阿部は深澤の腕を掴むと、楽屋の端へ連れていった。
深澤が怪訝そうな顔をする。
「何だよ。」
阿部は小声で言った。
「ダメだった。」
「……何が?」
「彼シャツ。」
一瞬、深澤が黙る。
そして。
声を押し殺しながら、笑い始めた。
「ちょっと!」
「ごめん、ごめん。」
深澤は口元を押さえている。
また笑う。
「本当にやったの?」
「ふっかがやれって言ったんでしょ!」
「言ったけど!」
「だからやったの!」
「で?」
深澤が興味津々で近づく。
「どうなった?」
阿部は真顔で答えた。
「ベッドに運ばれた。」
「布団をかけられた。」
「額にキスされた。」
「終わり。」
「……。」
深澤が、今度こそ完全に黙った。
「何、その顔。」
「いや。」
「何?」
「めめが?」
「うん。」
「彼シャツのあべちゃんを見て?」
「うん。」
「寝かせた?」
「だから、そう言ってる。」
深澤が、信じられないものを見るような顔になる。
「……それは。」
「何?」
「逆に怖い。」
「でしょ!?」
阿部が思わず声を大きくする。
「何が怖いの?」
後ろから声がした。
二人が同時に振り返る。
渡辺が立っていた。
「何こそこそ話してんの?」
「何でもない。」
阿部が即答する。
深澤が、
「彼シャツ。」
と答えた。
「ふっか!」
渡辺の眉が上がる。
「彼シャツ?」
「そう。」
深澤が楽しそうに説明する。
「昨日、あべちゃんがめめ相手に彼シャツ作戦したんだけど。」
「作戦って言うな!」
「めめ、あべちゃんをベッドに運んで、布団をかけて寝たらしい。」
「……。」
渡辺も黙った。
阿部が、
「ほら。」
と二人を見る。
「おかしいでしょ?」
渡辺が少し考える。
「……めめが?」
「そう。」
「気づいてなかったんじゃない?」
「今朝、似合ってたって言われた。」
「気づいてるじゃん。」
「だから困ってるの!」
深澤がまだ笑いを堪えている。
渡辺が真剣な顔で阿部を見る。
「待って。」
「何?」
「それ、本当に倦怠期じゃない?」
阿部の顔が固まった。
「……やっぱり?」
深澤が慌てて渡辺を見る。
「翔太!」
「だって、おかしくない?」
「煽るなよ!」
「俺は客観的に言ってるだけ。」
「その客観いらない!」
阿部がさらに不安そうになる。
「どうしよう。」
深澤が、
「いや、でも。」
と首を振る。
「普通に考えたら、ありえないよ。」
「でも、彼シャツ効かなかった。」
「効く、効かないで判断すんなって!」
渡辺は少し考えてから、
「あ。」
と言った。
阿部と深澤が渡辺を見る。
「何?」
渡辺は阿部を見る。
「まだあるじゃん。」
嫌な予感がした。
阿部が少し身を引く。
「何が?」
渡辺がにやっと笑った。
「最終兵器。」
阿部は一瞬で意味を理解した。
「絶対嫌。」
「まだ何も言ってないけど。」
「分かる。」
「何?」
深澤が聞く。
渡辺が当然のように答えた。
「前に買ったやつ。」
「ああ!」
深澤まで嬉しそうに阿部を見る。
「あるじゃん!」
「やだって!」
「あれなら、さすがに。」
「何。」
「めめも反応するでしょ。」
「何で二人ともそんな楽しそうなの?」
深澤が笑う。
「だって、彼シャツがダメだったんでしょ?」
「ダメだったって言わないで!」
「じゃあ、確認。」
渡辺が指を一本立てる。
「着るだけ。」
「見せるだけ。」
「それで何もなかったら。」
渡辺は少し間を置いた。
「その時は、もう一回考えよう。」
阿部がものすごく嫌そうな顔をする。
「何を考えるの。」
渡辺と深澤が、ほぼ同時に答えた。
「倦怠期。」
「やめてよ!」
その日の夜。
阿部は脱衣所で、買ったまま大切にしまっていたものを手にしていた。
以前、渡辺と深澤と買い物へ行った時に、渡辺に選ばれたものだ。
一度着て、目黒に見つかったことがある。
その時は、目黒の反応が分かりやすすぎるくらい分かりやすかった。
「……。」
阿部は鏡を見る。
「俺、何してるんだろ。」
完全に、自分でも分からなくなってきた。
彼シャツは失敗。
次は、これ。
深澤と渡辺に完全に遊ばれている気もする。
でも、気になる。
本当に、目黒の気持ちが以前とは違ってしまったのか。
「……着るだけ。」
自分へ言い聞かせる。
「確認するだけ。」
阿部は深呼吸して、脱衣所を出た。
ちょうど目黒が、リビングでスマートフォンを見ていた。
「あべちゃん、お風呂――」
目黒が顔を上げる。
そして、動きを止めた。
「……。」
阿部も立ち止まる。
目黒の視線が、完全に固まっていた。
数秒、沈黙が続く。
阿部は少しだけ期待した。
やっぱり、効いている。
さすがに、これは。
目黒がゆっくり立ち上がる。
「あべちゃん。」
「……何?」
目黒が近づいてくる。
阿部の心臓が急に速くなる。
来た。
そう思った。
でも、目黒は阿部の前で立ち止まる。
しばらく見つめたあと。
小さく息を吐いた。
「……似合ってる。」
阿部が、
「うん。」
と答える。
「すごく。」
「……うん。」
目黒は少しだけ困ったような顔になる。
そして、近くに置いてあった自分のカーディガンを取った。
阿部の肩へ、ふわっとかける。
「……。」
阿部が固まる。
目黒はカーディガンの前を軽く合わせた。
「風邪ひくよ。」
「……。」
「お風呂上がりでしょ?」
「……うん。」
「ちゃんと何か着て。」
「……。」
目黒は阿部の頭を優しく撫でた。
「かわいいけど。」
そして、額へキスをする。
「先に寝てていいよ。」
「俺、ちょっと明日の台本確認するから。」
目黒は何事もなかったように、ソファへ戻った。
阿部はその場に残された。
「……。」
肩には目黒のカーディガン。
身体は完全に隠されている。
阿部はゆっくり目黒を見る。
目黒は本当に台本を開いていた。
「……。」
一度、自分を見る。
もう一度、目黒を見る。
何も起こらない。
阿部は静かに寝室へ向かった。
ドアを閉め、ベッドへ座る。
「……。」
彼シャツはダメ。
最終兵器もダメ。
目黒はかわいいとは言う。
似合っているとも言う。
キスもする。
でも、その先へ来ない。
阿部は肩にかけられたカーディガンを、ぎゅっと握った。
「……終わった。」
ぽつりと呟く。
「完全に倦怠期だ。」
自分で言うと、想像以上に重かった。
阿部はそのままベッドへ倒れ込む。
「どうしよう……。」
以前なら、むしろ目黒の独占欲に少し困るくらいだった。
今は、何をしても優しく寝かされる。
「……優しすぎる。」
それが今の阿部には、逆に怖かった。
枕へ顔を埋める。
「ふっか。」
少し間を置いて、
「翔太。」
さらに恨めしそうに呟く。
「二人とも責任取ってよ……。」
もちろん、二人には聞こえなかった。
コメント
1件
あーーーもう最後まで読んじゃったよ!!😭💕💕 彼シャツもダメ、最終兵器もまさかのカーディガンでおしまいって…阿部くんの困惑と絶望がめっちゃ伝わってきてこっちまで切なくなったよ…!「優しすぎるのが怖い」って台詞が刺さりすぎた、、 でも楽屋でのふっかと翔太のノリが毎回面白すぎて和むw この三人の掛け合い好きすぎる😭 続きが気になりすぎる…!みらさん神回ありがとうございます…!!