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篠原愛紀
この週末は激動だった
私自身にとって
小さくない変化があった
私の考え
私の日常
私の未来
そして
私が思い込んでいた
私の運命——
体の関係も
夫とはずっと疎遠だった
それが
夫に強引に求められ
無理矢理抱かれ
そして
リュカを受け入れてしまった
もしも運命があるのなら
願わくば
私の運命には
分岐点があると願いたい
そして
この週末が
分岐点であったと信じたい
そんな
希望を孕んだ妄想もここまで
自宅の玄関が近づくにつれ
より喫緊の問題に直面する
夫に強引に抱かれて以来
会話もしていない
そのまま家を飛び出し
連絡すらもせず
私は外泊した
それ以来の帰宅
正直気が重い
ガチャ!
重い玄関の扉を開け
すっかり忘れかけていた
現実の扉を開ける
自宅の匂いが
どこか懐かしく思え
その匂いが
現実を思い起こさせる
脱ぎ散らかった靴と
奥から感じる気配で察する
「……」
いつもそうだ
私と純也は相性が悪いのか
いつも間が悪い
夫がこの時間に自宅に居る事など稀
しかし
こういう時に限って必ず居る
平然を装い
普段通りを装い
靴を脱ぎ
リビングへ
夫は
私と目も合わさず
ソファでスマホを触っていた
「……」
ただいまくらい言おうか迷うが
嫌悪感が先行して言葉にならない
「おかえり」
話したくない私に対し
邪険な対応ながら
夫が先に口を開いた
まるで
何か言いたげな素振りで
「……ただいま」
シンクに積まれた食後の食器が目に入る
金曜日に私が作っておいた料理を食べたのだろう
汚れた食器は
当然のようにそのまま
洗う事もなく
水に浸す事もなく
食器に付着した汚れは乾ききっていた
食後の片付け
夫からすればそれは
当然の私の勤めなのだろう
そしてこれが
私の現在地
現時点での
私の現実そのもの
上着を脱ぎ
積まれた洗い物に取り掛かる
夫は尚も変わらず
ソファでスマホにご執心
「……夕飯食べた?」
まだなら作らねば
その為だけの問いだった
「……」
その問いの返答すら
スマホより優先度は低かった
返答すらなく
画面を見つめ
指を滑らせている
私もそれ以上聞き返す気力はなかった
が、
「昨日何処にいたの?」
ドキッとした
夫の言葉は
返答ではなかった
予見していた言葉ではあったが
何せ
人生初めてのやましい状況
鼓動が高鳴り
血流が沸き立つのを感じる
私と目も合わせず億劫そうなのは
ただの平常運転なのか
はたまた
それを言うタイミングを見計らっていたのか
状況的に後者の気がした
「……実家に帰ってた」
私は
初めて夫に嘘をついた
夫以外に対してもついた事がない
人生初めての嘘
極大な背徳感
夫婦として
重大な背信行為
でも
そのきっかけは純也の横暴
私にだって聞きたい事がある
今までのように有耶無耶にして
自分が全て被るような事はしたくない
自分自身を虐げて
今までと同じ日常にしたくない
だから
勇気を振り絞って
私も
矢継ぎ早に問いかけた
「金曜日さ……帰宅してからの事、覚えてる?」
「ん?……あ~わりぃわりぃ」
「ちょっと飲み過ぎちゃってさ……あんま覚えてないんだよね」
「……」
よく分かった
純也という人が
私をどう見ているのか
その言葉は眉唾
よく覚えてるんだ
よく覚えていてのその応対が
私をどう見ているのか
私が純也にとってどんな存在なのか
如実に表している
とは言え
多少なりの後ろめたさはあるのだろう
自分の聞きたい返答が聞け
私の問いには気まずい態度
夫は
それ以上この話題に突っ込まなかった
図らずして
私も
それ以上この話題に突っ込まれずに済んだ
罪悪感を感じつつも
胸を撫で下ろした
洗い物を終え
あり物で簡単な料理を作っておいた
結局純也が夕飯を済ませたのかは不明
私もそれ以上話しかけたくなかったし
純也もそれ以上話しかけて来なかった
***
熱いシャワーを浴びながら
熱い昨晩の記憶に思いを馳せる
あっという間の一晩だった
あっけなく現実に戻ってしまった
普通のマンション
普通のキッチン
普通のシャワー
今思えば
まるで夢のようだった
熱い昨晩の出来事が
リュカとの記憶が
リュカの匂いが
熱いシャワーで洗い流されてしまいそうで
熱いシャワーを浴びながら
侘しさと
哀愁に浸ってしまう
自宅の扉を開け
再び
現実の扉を開けた
夜が明ければ
再び
現実の
職場に出勤しなければいけない
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