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篠原愛紀
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何だか長いこと夢を見ていた気がする
目が覚めても違和感があり
現実だと受け止めるまで時間を要した
ずっと当たり前だった
いつもと変わり映えのしない
寸分違わぬ現実なのに
これが変化の兆しだと思いたい
これが変革の過程だと信じたい
そんな夢見心地な頭で
混み合った朝の電車に揺られながら
現実へと強制的に引き戻される
ピッ♪
タイムカードを打刻し
自分のデスクへ向かう
まだ主任とはいえ
責任ある立場
お花畑脳で妄想ばかりしていられない
気持ちを入れ直し
パソコンを立ち上げ
その間にコーヒーを淹れに給湯室へ向かう
「おはようございます水川先輩」
目が半開きで
テンション低めの伊藤さんが先客にいた
無理もない
月曜日の朝イチ
引きずる週末に
現実という名の平日が否応なく帰来し
両者がぶつかり合う
狭間の刻
普段はお喋りな伊藤さんも
さすがに口数が少ない
眠そうな眼差しで
ぼんやりと私を見つめる
「……ん?……あれ?水川さん何か良い事ありました?」
(えええ!?)
咄嗟の事で慌てふためいてしまった
眠そうに擬態していた伊藤さんが
突如反転
突如目が覚めたかの様に
目ざとく私の表情に反応する
「いえ……特に何も無いですよ」
「伊藤さんは朝から元気ですね、今週も頑張りましょうね」
我ながら上出来の反応
闘牛士の様に華麗に受け流した
全くそんな素振りなど無かったはずなのに
伊藤さんも勘が鋭い
リュカとは全然違うが
女的な勘が鋭敏だ
温厚な性格とは裏腹に
まるで見透かしたかの様な目で
まるで分かったような顔をする
「ふふふ……そうですね~今週も頑張りましょうね」
知らぬ素振りで誤魔化しつつ
平然を装う私
何はともあれ
夢の週末から
徐々に
少しずつ
現実へと戻っていく
***
午前は営業本部のウィークリーミーティングがあった
新設された営業戦略室も
その括りに含められた
末席ながら私も
先週までの報告を行い
今週の予定を共有する
営業本部のフィードバック受け
営業全体の状況を把握する
タスク
優先順位
中長期的な展望
与えられた雑務をこなすだけの日々が懐かしい
やり甲斐なんて言葉は知っていても
やり甲斐なんて意味を未だ理解出来ないでいる
とは言え
役職に比例して給料も上がった
それだけで
例え多忙になろうとも
例え責任が増そうとも
役職に就くには十分に値した
***
私の業務レベルは
役職のレベルに未だ値しない
未だ慣れずにいる
営業本部とのミーティングに出席したのは
役職の付いた私だけ
伊藤さんは出席していない
そうなると
週頭の伊藤さんとのミーティングに支障が出る
それならば
ランチを摂りながら進捗の共有しようという事になり
今日のランチは
今週の予定の共有も兼ねて
伊藤さんとランチミーティング(仮)を
ゆるく催すことにした
伊藤さんのキャラがあっての
私達二人だから成立する
再現性のないランチミーティング(仮)
実のところ
同期同僚女子とのランチに加わりたくないのもあった
正直のところ
もういいかなとさえ思っている
ただでさえ針のむしろ
愛想笑いするのが通常運転
今思うと
よくも毎日の様に続けていたものだと感心し呆れる
そう感じる私は
変わったのだろうか
以前の私とは
違うからそう思うのだろうか
いずれにせよ
後輩が出来て
その伊藤さんが懐いてくれたお陰で
別の選択肢が出来た
「いただきます!」
「で、何があったんですか?」
口に含んだ飲み物を
思わず吹き出しそうになった
オフィスのテーブルを囲み
ランチ兼ミーティングを行う
その第一声が
いきなりの世間話
もはやガールという年齢でもない私達の
ガールズトーク
いきなり過ぎて
カウンター気味にくらってしまった
伊藤さんは
いわゆる女の勘が鋭い
ニヤニヤと嬉しそうに私の顔を眺め
何かを知っている素振りをする
「だから何もないですよ!」
「そうですかあ~なるほどですねえ」
何かを見透かした様な目が怖い
仮にあったとして
まああったのだが
同社に勤める伊藤さんに言えるわけがない
口が裂けても社長との情事など
嘘の下手な私は
誤魔化すように別の話題を探した
(……あ!……そう言えば)
ふと
以前、伊藤さんが言っていた言葉を思い出し
思い出す程に気になり始め
聞いてみる事にした
「そう言えば以前、鈴木さんからメール来るって言ってたけど……」
「その後も仲良くしてるの?」
思った返答と違ったのか
違うにしても予想外の話題だったのか
伊藤さんはキョトンとした表情で
しばし記憶を探るように考え込んだ
「そうですね……頻繁ではないですけどちょいちょいメール来ますね……」
そして
思い出したかの様に伊藤さんが口を開く
「そう言えば……」