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第211話 白いコア
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
日下部の端末には、旧学園跡地の地図が表示されていた。
校舎。
体育館。
校庭。
外周。
その輪郭が、さっきより少しだけ濃くなっている。
だが、日下部が見ているのはそこだけではなかった。
地図の地下。
旧学園跡地のさらに奥。
石造建物の内部に残された、白い研究施設。
そこに、小さな白い点が表示されていた。
その時、仮設指揮所の入口が開いた。
入ってきたのは、佐伯と村瀬だった。
二人とも、防護服の上に簡易装備を重ね、顔には疲労が濃く出ている。
だが、足取りは崩れていなかった。
木崎が振り返る。
「佐伯、村瀬。駅の方は?」
佐伯が端末を抱えたまま答えた。
「駅周辺の復元ラインは、いったん安定しています」
「ラストの錆片も、隔離ケースに移しました」
「ただ、あれはまだ完全に死んだ反応じゃない。解析は続けた方がいいです」
村瀬も続ける。
「錆片は、物質というより“残った命令”に近いです」
「放置すると、金属や光具に薄く染みます」
「駅周辺に残すのは危険なので、解析班へ移しました」
城ヶ峰は短く頷いた。
「よく戻った」
佐伯は、指揮所の画面を見る。
「学園帰還、始めるんですね」
「その前に、未処理のものがある」
城ヶ峰が日下部の端末を指した。
「白い研究施設だ」
その言葉に、佐伯と村瀬の表情が変わった。
村瀬が小さく息を呑む。
「あの、カプセルの部屋……」
日下部は端末を操作した。
そこに映る小さな白い点。
「……まだ残ってる」
木崎が画面を覗く。
「何がだ」
「以前潜入した時に見つけた白いコアです」
「それと、成人遺体二体が入っていたカプセル」
「位置反応が、まだ消えていません」
木崎の顔が険しくなる。
「……そういや、あったな」
あの白い部屋。
壁際に並んだ円柱のカプセル。
中に浮いていた成人の遺体二体。
そして、中央のドーム型カプセルに入っていた白いコア。
木崎は低く言った。
「洒落になんねえ場所だった」
城ヶ峰が画面を見る。
「学園帰還を始めたら、あの部屋はどうなる」
日下部は指を動かし、座標を重ねる。
「分かりません」
「旧学園跡地と学園が重なる時、地下構造も揺れる可能性があります」
「もしあのコアが帰還ラインに巻き込まれたら……」
言葉が止まる。
木崎が代わりに言った。
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橘靖竜
「白いコアごと、どっかにずれるかもしれないってことか」
日下部は頷いた。
「はい」
「それに、あの成人遺体二体も放置できません」
「ただの遺体じゃない。器の在庫として保存されていた可能性があります」
城ヶ峰は一秒も迷わなかった。
「回収班を出す」
木崎が顔を上げる。
「俺が行く」
日下部も続く。
「俺も行きます」
「コアの反応を現場で見ないと、触っていいものか判断できません」
佐伯が一歩前に出た。
「私たちも行きます」
しかし、城ヶ峰は首を振った。
「佐伯、村瀬はここに残れ」
佐伯が眉を寄せる。
「ですが――」
「駅周辺の解析を継続しろ」
城ヶ峰は言った。
「ラストの錆片、旧学園跡地の外周、学園帰還ライン」
「三つを同時に見る人間が必要だ」
村瀬は唇を噛み、それから頷いた。
「……分かりました」
佐伯も端末を握り直す。
「こちらで外周と錆片の変化を見ます」
「白いコアに反応が出たら、すぐ共有します」
城ヶ峰は頷いた。
「木崎、日下部、相馬班を同行させる」
「目的は三つ」
「成人遺体二体の身元保全」
「白いコアの回収、または封印」
「白い研究施設の再調査」
木崎が頷く。
「了解」
城ヶ峰は最後に言った。
「学園帰還は止めない」
「回収と帰還準備を同時に進める」
日下部の喉が鳴った。
時間はない。
レアが残した光は、少しずつ薄くなっている。
だが、白いコアを放置したまま帰還を始めることもできない。
現実側は、二つの危険を同時に抱えることになった。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・朝】
体育館では、名前確認が続いていた。
青山先生が前に立つ。
「私は、青山和子です」
「三年二組の担任です」
「今、体育館中央にいます」
「現実世界の学園へ戻る対象です」
生徒たちが続く。
「私は、森下カナです」
「三年二組です」
「今、体育館中央にいます」
「現実世界の学園へ戻る対象です」
声はまだ震えている。
けれど、前よりも強い。
ダミエは床の白い線を見ていた。
「人の名前は安定してきた」
「次は、場所の名前をさらに固める」
ノノの声がイヤーカフから入る。
『場所の名前だけじゃなくて、その場所の記憶も一緒に言って』
『体育館なら、体育館で何を見たか』
『校舎なら、どこに何があったか』
『小さい記憶でいい』
『それが、場所を現実につなぐ』
香川先生が前に出た。
「二年一組の教室は、校舎二階の東側です」
「窓から校庭が見えます」
「廊下を出て右に階段があります」
生徒たちが続く。
「二年一組、校舎二階、東側」
「窓から校庭が見える」
「右に階段」
青山先生も言う。
「三年二組の教室は、校舎三階の中央です」
「階段から二つ目の教室です」
「黒板の右側に、予定表が貼ってありました」
三年二組の生徒たちが声を合わせる。
「三年二組、校舎三階、中央」
「階段から二つ目」
「黒板の右に予定表」
白い線が、体育館の床から校舎の方へ伸びる。
ダミエは小さく頷いた。
「効いている」
だが、その床のさらに下に、まだ細い違和感があった。
小さな針のようなノイズ。
ダミエはそれを見逃さなかった。
「まだ残っている」
ノノも同じ反応を見ていた。
『うん』
『場所の名前で弱くなるけど、消えない』
『誰かが、ずっと下から触ってる』
近くにいるセラの声が入る。
『場所が迷っています』
『でも、今はまだ踏みとどまっています』
『人の名前と、場所の記憶が支えになっています』
ダミエは体育館の中央を見た。
「なら、止めるな」
「このまま続ける」
◆ ◆ ◆
【現実世界・学園跡地/石造建物・内部】
木崎たちは、石造建物の中へ入っていた。
相馬班が前後を固める。
日下部はノートパソコンを抱え、白いコアの反応を追っている。
通路は以前より静かだった。
だが、その静けさが逆に怖い。
木崎は小声で言った。
「前より、綺麗になってないか」
相馬がライトを壁に向ける。
古い石壁の奥に、白い線が薄く走っている。
まるで研究施設の白さが、石の中へ染み出しているようだった。
日下部は画面を見たまま言う。
「帰還ラインと反応しています」
「学園が戻り始める前なのに、ここだけ先に呼ばれてる」
「誰に」
日下部は答えられなかった。
通路の奥に、白い扉が見えた。
以前に見た、異様に綺麗な扉。
木崎は息を吸う。
「開けるぞ」
相馬班が銃を構える。
日下部は端末を操作しながら言った。
「床の円には触らないでください」
「前と同じなら、文字列が罠になっています」
扉が開く。白い光が漏れた。
部屋は、まだそこにあった。
白い床。
白い壁。
壁際に並ぶ円柱カプセル。
そして、その中に浮かぶ成人の遺体二体。
腐敗はない。
だが、生きてはいない。
木崎は顔をしかめた。
「……やっぱり残ってたか」
相馬が部下に指示する。
「遺体記録。カプセル番号、位置、映像保存」
「不用意に開けるな。まず外部封印」
隊員たちが慎重に動く。
日下部は部屋の中央を見た。
ドーム型の小さなカプセル。
その中に、白いコアがある。
小さく、硬質な白。
光っているわけではない。
それでも、視線を外すと頭の奥が引っ張られる。
日下部は額に汗を浮かべた。
「これ……やっぱり危ない」
木崎が聞く。
「持って帰れるのか」
「そのままでは無理です」
「でも、封印容器に移せれば」
「少なくとも、帰還ラインに巻き込まれるのは防げます」
相馬が部下に合図する。
特殊なケースが運び込まれる。
内部に光具と絶縁材が組まれた封印容器。
木崎はカメラを回しながら呟く。
「間違いないな、あの時レアに奪われたコア」
日下部は白いコアを見つめた。
「奪われた後、ここへ戻されたのか」
「それとも、同じものが複数あるのか」
「分かりません」
その時、白い床の文字列が一瞬だけ光った。
木崎が銃を構える。
「来るか」
部屋の隅に、黒い影がにじむ。
サラリーマンのような輪郭。
だが、顔はない。
口だけが普通に動いた。
「それ、持っていくんすか」
相馬班が一斉に銃口を向ける。
木崎が低く言う。
「出たな」
影は世間話のような声で続ける。
「困るんですよねえ」
「在庫、減ると」
日下部の顔が青くなる。
「やっぱり……器の管理用か」
木崎は叫んだ。
「相馬、コア優先!」
相馬が即答する。
「了解!」
銃声が白い部屋に響く。
だが、影は弾をすり抜けるように揺れた。
木崎は歯を食いしばる。
「くそ、効きづらい!」
日下部は封印容器を白いコアの近くへ滑らせる。
「十秒ください!」
「五秒にしろ!」
「無理です!」
影がゆっくり近づく。
「返してくださいよ」
「それ、まだ使うんで」
木崎は影の前に立つ。
「使わせるかよ」
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
ノノから現実側の報告が入った。
『現実側、白いコア回収に入った』
『成人遺体二体も確認』
『木崎さんと日下部さんが現場にいる』
ハレルの顔が変わる。
「白いコア……」
サキもスマホを握りしめた。
「あの時の……?」
リオは副鍵に手を置く。
「それを放置したまま戻るわけにはいかないな」
アデルが言う。
「現実側は現実側で動いている」
「こちらは、こちらの柱を立てる」
ハレルは頷いた。
「分かってる」
ノノの声が続く。
『匠さんから伝言』
『建物を戻すな』
『人のいる学園を戻せ』
ハレルは主鍵を握り直した。
建物だけではない。
人だけでもない。
人がいて、名前があり、記憶がある場所。
それごと戻す。
ハレルは校庭中央に立った。
「雲賀ハレル」
「この校庭にいる」
「現実世界へ戻る対象」
「この学園にいる人たちを、場所ごと戻す」
リオが続く。
「一ノ瀬涼」
「この校庭にいる」
「現実世界へ戻る対象」
「校舎側の線を支える」
サキはスマホを胸に抱く。
画面の中で、reが小さく揺れている。
「雲賀サキ」
「この校庭にいる」
「現実世界へ戻る対象」
「みんなの名前を、場所と一緒に繋ぐ」
その瞬間、reがほんの少しだけ明るくなった。
アデルも外周へ手を向ける。
「アデル」
「外周を支える」
「現実世界へ戻る対象ではない」
「この学園を、壊れずに送り出す」
校庭の白い線が、少しずつ太くなる。
人の名前。
場所の名前。
小さな記憶。
ゆれる残光。
そして、現実側で回収されようとしている白いコア。
すべてが、同じ時間の中で動いていた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・学園跡地/白い研究施設】
日下部の手が、震えていた。
封印容器の内側に、白い光具が点る。
「三、二、一……固定!」
白いコアの入ったドーム型カプセルが、低く震えた。
影が一気に動く。
「だめですよ」
木崎が飛び込む。
「相馬!」
相馬班が光具を一斉に起動する。
白い部屋に、強い光が走った。
影の動きが一瞬鈍る。
その隙に、日下部が封印容器を閉じた。
ガチン。
硬い音がした。
白いコアの反応が、端末上で弱まる。
日下部が息を吐いた。
「封印、成功……!」
木崎は叫ぶ。
「遺体カプセルは!」
相馬が答える。
「外部ロック完了! 移送準備に入ります!」
黒い影は、封印容器を見たまま、ゆっくり口を動かした。
「……困りますねえ」
その声は、普通の会社員のようだった。
だが、次の瞬間、影の輪郭が崩れた。
怒ったのではない。
笑ったのでもない。
ただ、形を変えた。
「在庫が減ると、次の器が足りない」
木崎は背筋が冷えた。
日下部は端末を抱え、封印容器を見下ろす。
「撤収します!」
木崎は頷いた。
「全員、出るぞ!」
「コアと遺体、両方持ち出す!」
白い床の文字列が、激しく走り始める。
まるで部屋そのものが、回収を拒んでいるようだった。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/さらに深い場所】
Cの声が、静かに響いた。
「回収されました」
カシウスの声がする。
「白いコアか」
「はい」
「放置しておけば、帰還時に使えました」
ジャバが笑う。
「じゃあ、あいつら少しは頭が回るってことか」
Cは答えない。
学園の輪郭。
旧学園跡地。
白い研究施設。
サキのそばのre。
それらが同じ盤面に浮かんでいる。
Cは小さく言った。
「それでも構いません」
「コアを回収すれば、荷物が増える」
「守るものが増えれば、境目は増える」
カシウスが静かに言う。
「次は三点同期だ」
「はい」
Cの声は、若いようにも、年老いているようにも聞こえた。
「柱が立ち、荷物が増え、帰る場所が定まった」
「なら、次は動かします」
ジャバの声が弾む。
「俺の獣影だな」
「はい」
Cは穏やかに告げる。
「校庭を殴ってください」
「体育館を揺らします」
深層に、静かな笑いが沈んだ。
◆ ◆ ◆
学園は、戻る準備を進めていた。
だが、その裏で、現実側は白い研究施設へ入り、
成人遺体二体と白いコアの回収を始めていた。
戻すもの。
残すもの。
回収するもの。
見失ってはいけないもの。
すべてを抱えたまま、学園帰還は次の段階へ進む。
名前の柱は立った。
だが、その柱の下で、Cの針はまだ抜けていない。
コメント
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おつかれさまです〜!!第211話読み終えたよ😭💕 今回は一気に二つの世界が動いてて、指揮所の緊張感と、学園の名前確認の温かさが対照的でめっちゃ好きでした…!特に木崎さんと日下部さんが白いコアと遺体回収に向かうところ、あの不気味な「在庫が減ると困る」影ちゃん怖すぎて鳥肌たったよ🥶 でも最後にCが「守るものが増えれば境目が増える」って呟くところでゾッとした…。荷物が増える=弱点になるって解釈なのかな。匠さんの「建物じゃなくて人がいる学園を戻せ」って言葉もじんわり響いた〜。次はジャバの獣影が来るって!?体育館とか校庭が揺れるの想像しただけで怖いけど、続き気になりすぎて寝れないかもしれん…!!応援してます🔥