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スンホは、人気のない駅のベンチに座っていた。終電はとっくに過ぎ、ホームには誰もいない。
足元にはコンビニの安い缶チューハイが転がっている。
口に入れても、もう酔わない。
頭の奥がじんじんと痛む。
陽斗の声がまだ耳に残っている気がした。
(全部終わったと思ったのに……)
自分の膝の上に置いたスマホを見つめる。
誰にも繋がらない画面。
友達なんていない。家族とも遠い。
どうして、こんなところにいるんだろう――
2億ウォン。
陽斗にだまされた金。
取り戻せるわけがない。
スンホはゆっくりと背中を丸めた。
誰かに助けてほしい。でも、もう誰も信じられない。
ぽたぽたと涙が落ちる音が、小さく響いた。
(もう……無理だ……)
目の奥が痛いほど熱いのに、心は冷えていく。
「……誰か……」
誰もいないホームで、かすれた声が自分の耳に虚しく跳ね返っただけだった。
どれくらいベンチに座っていたのか、もうわからなかった。
缶チューハイはぬるくなり、手に持つのも億劫で、ただ足元に落としたままだった。
スンホはぼんやりと改札の向こうを見た。
誰もいないのに、電光掲示板だけが明るく点滅している。
(どうする……俺……)
もう誰も頼れない。
頭の奥に、二つの選択肢が浮かぶ。
一つは――このまま全部投げ出すこと。
線路に飛び込めば、全部終わる。
この不安も、恐怖も、借金も。
もう一つは――
誰にも期待しないで、生きる方を選ぶこと。
逃げ続けてでも、また騙されてでも、
それでも、まだ何かできると信じる方を選ぶこと。
スンホは小さく息を吐いて、立ち上がった。
足が震えていた。
線路の方を一瞬だけ見た。
駅構内の冷たい蛍光灯が、金属のレールを鈍く照らしている。
一歩、足を踏み出す。
でも、足が止まった。
(やっぱり……怖い……)
死ぬことすら、怖かった。
だから――生きるしかなかった。
スンホは、スマホをポケットに突っ込んで、改札を出る。
行くあてもない。
けれど、一歩だけでも前に進むしかなかった。
(生きて……どうする……?)
それはまだわからない。
でも、自分で選んだのだ。
「生きる」方を――。
改札を出て、冷たい夜風にあたると、スンホは一瞬だけ目を閉じた。
このままじゃ見つかる。
また捕まる。
また、同じ場所に引き戻される――。
スンホは駅前のコンビニに飛び込んだ。
ATMで財布に残っていたわずかな現金を全て引き出す。
スマホももう危ない。
店を出て、近くの公園でスマホのSIMを抜き取って折った。
電源を落としたスマホはゴミ箱へ突っ込む。
(追跡はこれで少しはましになる……)
息を整えながら、夜の街を歩く。
駅前の明かりが遠ざかるたび、スンホの心臓は少しずつ落ち着いていった。
誰も信用できない。
だから、誰の助けも借りない。
大通りを避け、裏路地を抜ける。
知らないビルの陰に身を潜め、足音をやり過ごす。
スンホは自分の呼吸をひそめながら、
(これで大丈夫、これで……)と何度も自分に言い聞かせた。
どこに行くのかは決めていない。
でも、ここにはいられない。
(逃げ切る……絶対に)
震える足で、小さな光を目指すように、
スンホは夜の街に溶けていった。