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◻︎桃子との始まり
「「「カンパーイ!!」」」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様、よくやったよ、みんな。今日は好きなだけ飲んで食べてくれ。僕のおごりだから心配するな」
「小沢課長、ありがとうございます」
今日は、大きな仕事が一つ終わり、まずまずの成功をおさめた打ち上げの食事会だ。最近できたこの洋風居酒屋で、毎日遅くまで頑張ってくれた部下たちを労うためにお酒とご馳走を振る舞う。
「課長、本当にお疲れ様でした。僕は課長の下で働けることを誇りに思います、さ、どうぞ一杯!」
課内では中堅の男性社員が、お酌にきてくれた。
「みんながそれぞれの力を出してくれたおかげだよ、こちらこそ、ありがとう。これからもよろしく頼むよ」
社交辞令かもしれない部下の言葉も、仕事が成功した今は素直に受け取っておく。
「小沢課長、どうせなら女の子をこちらに呼びましょうか?お酒の席ならその方がいいのでは?」
課長の僕より少し年上の、山田という社員が耳元でそんなことを言う。自分より年下の上司である僕に気を遣っているのだろうが、お酒の席を強制するとハラスメントになってしまうこんなご時世に、そんなことはよけいなお世話というものだ。
「いやいや、昭和の飲み会じゃないんだから。男とか女とか関係ないよ。みんなが楽しんでくれればそれでいい」
「そうですか?課長は、なかなか女の子に人気があるから、みんなお近づきになりたいと思ってますよ、たとえば、ほら……」
そう言うと山田は、口元にいやらしい笑みを含んで参加者を見渡し、1人の女性社員を手招きしていた。ビールのグラスを手にして、こちらにやってきたのは斉藤桃子、年齢はおそらく25歳だろう。桃子という名前が可愛い、という印象が残っていた。
「なんですか?山田さん」
「斉藤君は確か、課長みたいな男性がタイプだって言ってなかった?」
「はい、仕事ができて外見もスマートで憧れの男性です。あ、ここいいですか?」
桃子は、スミマセーンと僕と山田の間に割って入る。
「ほらね、課長はやっぱりモテるんだから。ごゆっくりどうぞ」
「あ、ちょっと山田さん、どこへ…?」
自分のグラスを持って立ち上がる山田を呼び止めたが、聞こえないのかそのまま別のグループのところへ行ってしまった。
「えー、課長、私が隣じゃ、不満ですか?」
「いや、そんなことは。でも……」
ふくれっつらをしてみせる桃子のぽってりした唇は、グロスで艶かしさが増していて、職場とはまた違って見えて、ドキリとした。仕事をしている時は、これまで特に意識をしたことはないのだが。
「いいじゃないですか、今夜はゆっくり飲みましょうよ、私がお付き合いしますので」
桃子は店員を呼んで、新しいビールを注文していた。
「あらためて課長、お疲れ様でした。仕事の成功を祝して乾杯しましょう!」
「え、あ、うん」
「乾杯!」
「乾杯!」
居酒屋は貸切にしてあったので、あちこちにグループができていて、みんな楽しそうに盛り上がっていた。若い魅力的な女の子の桃子に、“憧れの男性”と言われたことで、いつもより気分が高揚して、ビールも美味しかった。
当たり障りのない世間話をしていたら、ふと桃子の視線が僕の左手を見ていることに気づいた。どうやら、プラチナの結婚指輪を見ているようだ。
「課長って、愛妻家なんですってね。奥様ってどんな人なんですか?」
上目遣いで僕の目を覗き込む桃子からは、ほんのり甘い匂いがして、なんだかクラッとした。
___これが若いってことか?
結婚してからずっと、妻以外の女性とこんなに近くに接したことはない。久しぶりの艶めかしい感覚に、トクンと脈が上がったことを悟られないように落ち着いて答える。
「愛妻家?特にそんなことはないよ、まぁ、普通の夫だよ、そして娘2人の普通の父親だ。多分……その…キミのお父さんと変わらないと思うよ」
25歳の女の子から見たら、40歳の僕など父親に近いだろう。
「えー、やぁだ!うちのお父さんは、もうほんっとにオヤジですから。課長みたいにセンスもよくないし、仕事も万年平社員ですよ」
「それでも、斉藤さんはこんなにきちんと育ってるんだから、ちゃんと立派なお父さんなんだよ」
そんな話をしていたら、ニ人の男性部下たちがやってきた。どうやら桃子がお目当てらしい。一人は背も高くスッキリした顔立ちで仕事もできるイケメンの柳壱成、もう一人は柔らかい物腰で人当たりも良く、そして笑いを取って場を和ませるのが得意な丸山尊。
どちらも社内の若い子に人気の二人だ。
「課長、ここに混ぜてもらっていいですか?僕らも桃子ちゃんと話したいんで」
どうやらこの二人は、桃子に気があるようだ。若い人同士なら、話も弾むだろう。
「あー、もちろん、こっちに詰めるからちょっと待ってて」
僕はみんなが座れるように、席を詰めて一番奥に座った。その横に桃子、それから柳、向かい側に丸山。
「ちょっと、私もここのテーブルに混ぜてくださいよ。課長は私の先輩の旦那さんだから、色々話をしたくて」
そう言ってもう一人入ってきたのは、野崎百合。妻の愛美の後輩で、“百合ちゃん”と呼んでいて今でもたまに連絡を取り合っているらしい。去年の夏休みには、我が家でバーベキューをした時にも参加していた。百合はグラスと小皿を持って、僕の向かい側に座った。こうして6人がけのテーブルに5人が座った。
「野崎さん、またうちにも遊びに来てやって。愛美も待ってるから」
「はい、ぜひぜひ。絵麻ちゃんと莉子ちゃんも大きくなりましたよね?」
「莉子はもう中1だよ。最近反抗期なのか、あまり話もしてくれなくて寂しいもんだよ」
「大丈夫ですよ、課長と先輩はとても仲良し夫婦ですから、お子さんはまっすぐ育ちますって」
百合はケラケラと笑い、ビールを飲む。その間は、桃子は先程仲間に入ってきた柳や丸山たちと、SNSの話題で盛り上がっている。何かの写真か動画を見ているようだ。
「若いっていいな。なんでも楽しそうに見える」
思わず、実感を込めて言ってしまう。
「そんな、課長はまだまだ若いですよ。二人の子のお父さんには見えません」
百合のお世辞はうれしいけれど、今の若い子の話にはもうついていけない。
「あ、そうだ、これ、課長も入りませんか?」
桃子から見せられたスマホ画面は、動画専用のようだった。
「ん?いや、それは僕には無理だよ。扱い方がさっぱりわからない」
「え?そうですか?簡単ですよ。じゃあ、グループLINEにしましょうよ」
桃子がスマホを開いて、登録画面を出した。
「お?いいね、桃子ちゃん!僕らともLINE交換してくれるんだよね?」
うれしそうにしたのは、二人の男性たち。
「もちろんいいですよ、お仕事の用事もパソコンメールよりこっちが早いから、便利ですよね?」
「だよね?だよね?」
柳も丸山もさっさとスマホを出した。
「ほら、課長もスマホを出してください。野崎先輩もですよ」
「はいはい、わかりました」
桃子に言われて、5人全員でLINE交換をしてグループを作った。ほんとに軽い気持ちで、LINE交換をした。