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◻︎個人的に?
2時間ほどがたち、そろそろお開きにしようというころ。二つのグループがそれぞれ二次会に行くことになった。
「課長、どちらに加わりますか?カラオケチームと、スナックチーム」
「うーん、そろそろおじさんは退席しようかと思うんだけどな」
「そんな、せっかくですから行きましょうよ、二次会!あ、お代は割り勘なので気にしないでくださいね」
どうしようかなと考えていた時、愛美からのLINEが届いた。
ぴこん♪
《帰りは何時になる?私、バイトの子が一人来れなくなったから、あと、3時間遅くなるんだけど》
妻の愛美は、最近になってコンビニのアルバイトを始めた。長女が中学生になったのを機に、夕方から夜のシフトにも入っている。
___でも、今から3時間だと真夜中になってしまうな
時間を確かめて、二次会は諦めて帰ることにした。
〈今から帰る〉
送信。
「ごめん、やっぱり、おじさんは帰ることにするよ。妻の帰りが夜中になるみたいだから、子どもたちが心配だし。じゃ、ここで失礼するよ。また明日からも頼むね」
えー、残念!という声を背に、駅へと向かって歩き出した。歩いて五分ほどにある私鉄駅の階段を降りて改札を抜けようとした時、ポケットのスマホが鳴動しているのがわかった。
「誰だろう?」
公衆電話と表示された発信者に、訝しく思いながらも改札手前の階段の横で通話する。
「もしもし?」
『小沢課長ですか?』
「はい、そうですが……誰ですか?」
『すみません、斉藤です。あの、課長のカバンに私のスマホ、入ってませんか?』
「え?ちょっと待ってて」
一旦自分のスマホをポケットに入れて、カバンの中を探るとそれらしき物に指が触れた。取り出したらピンク色のケースに入ったスマホだった。
「あ、これかな?入ってたよ」
『よかったぁ!!私、さっきLINE交換した時うっかりそこに入れちゃったみたいで、探してたんです。今すぐ取りにいくので、待っててもらえませんか?上社駅ですよね?もう電車、乗っちゃいました?』
「あ、いや、次は15分後だから大丈夫」
『待っててください、すぐ行きます!』
そこでプツンと切れた。なにを間違って僕のカバンなんかに入れてしまったんだろうか。お酒に酔っていたのか?
仕方がないので改札を通らず、そのままそこで待つことにした。
「あ、課長!」
ほどなくして階段の上から、足音と声が聞こえてきた。コツンコツンとヒールの音をさせながら、桃子が降りてくる。
「はい、コレ!」
「すみません、ホントに。もう私ったら酔っちゃってたみたいです。自分のバッグに入れたつもりだったのに」
テヘ♪と笑った顔は、ほんのり赤く上気していて艶っぽい唇と対照的に幼く見えた。
「斉藤さんって、意外とそそっかしいんだね。仕事は出来る方だと思ってたんだけど」
「仕事は必死に頑張ってるんですよ、課長に気に入ってもらえるように」
「え?」
どういうことかと訊こうとした時、ホームの方から電車が到着するというアナウンスが聞こえた。
「あ、ごめん、電車が来たみたいだから」
急いで改札へ向かおうとしたとき、カバンを持っていた左腕を両手で掴まれた。肘が、桃子のバストに当たってその柔らかい弾力にドキリとした。
「また、連絡してもいいですか?」
一瞬、意味がわからなかったけど。
「あぁ、さっきのグループLINEで連絡してくれればいいよ、じゃ」
そこまで言うと、手をほどいて急いでホームへ走った。少し息切れしたけど、いつもより遅いこの時間の電車は、座席に座ることができる。
電車が走り出して間もなく、LINEが届いた。
《LINEで個人的に連絡しますね》
今別れたばかりの桃子からだった。それはさっき作ったグループLINEではなく、桃子個人からだった。イマイチ意味がわからなかったので、『オッケー』のスタンプだけを返しておいた。
“憧れの男性……”
___まさか、な……
お酒の席の、おかしなテンションでのことだろう。
___桃子のような女の子が、僕を?
「まさか、な」
今度は思わず声に出してしまった。
ぴこん♪
《今度は二人きりでどうですか?もちろん、誰にも内緒で》
画面を開いて、手が止まった。
___まさか、な……
〈今夜は酔っているようだから、早く帰って寝なさい。明日、遅刻しないように〉
動揺してしまったことを悟られないように、上司としての常識的な言葉を返した。お酒の席の軽はずみな行動で、人生を台無しにしてしまった先輩や同僚を何人か見ているので、そうならないようにケジメをつける。しかし……
ぴこん♪
《また、お誘いしますね。おやすみなさい》
桃子の返事は、僕の意に反したものだったが深く考えることはやめた。
___オジサンをからかっているだけだろう
家に帰り着く頃には、桃子のLINEのことはすっかり忘れていた。鍵を開けてリビングに入ると、お姉ちゃんの莉子だけがソファでテレビを見ていた。
「ただいま」
「あ、おかえり、パパ。お母さんはもう一人分の仕事してくるから遅くなるって」
「うん、パパにも連絡が来たから急いで帰ってきたんだ。絵麻は?」
「絵麻はもう寝たよ、宿題も明日の準備もちゃんとやってた。お母さんがいなくてもちゃんとやれるから、パパも慌てて帰ってこなくてよかったのに」
ぴこん♪
ぴこん♪
ぴこん♪
連続で何かの通知が届いたのは、莉子のスマホだった。
「莉子もそろそろ寝なさい、スマホはもうやめる時間じゃないのか?」
「もう、うるさいな。だからパパは早く帰ってこなくてもよかったのに!」
莉子はスマホをポケット入れて、冷蔵庫からジュースを持って自分の部屋に入ってしまった。子どもたちだけだと心配だからと、二次会も断ってきたのにと、恩着せがましく思ってしまう。
___はぁー、こんなことなら二次会にでも行けばよかったな
駅での桃子のセリフを思い出して、少しだけ勿体無いことをしたかも?と思った。
着替えてシャワーを浴び、水割りを作ってテレビをつけようとリモコンに手を伸ばした時、スマホが光ってLINEを受信した。
《課長、ご馳走様でした。明日からもよろしくお願いします》
《愛美先輩にもよろしくお伝えください》
《ご馳走様でした。次もよろしくです》
《ありがとうございました》
グループLINEのメンバーから、それぞれコメントが届いていた。
〈お疲れさん、また明日からも頑張ってくれるよう、期待してるよ〉
そう返した時、別のLINEが届いた。
ぴこん♪
《課長、次はぜひ、二人で、ね?》
桃子からの個人LINEだった。既読にはしたが、返事はためらわれた。 酔っ払ってからかってるだけだろうから、まともに受け取ってはいけないと思った。
ガチャリと鍵が開く音がして愛美の気配がしたので、スマホをカバンにしまった。なんとなく後ろめたい気がしたから。
「ただいま、あ、パパ帰ってきてくれてたんだね。ありがとう」
「一応ね。他の人たちは二次会に行ったけど。やっぱり、子どもたちだけだと心配だったから」
「そう。子どもたち、喜んだでしょ?パパが早く帰ってきたから」
「いや、逆だったよ。絵麻は寝ていたし、莉子にはなんだか邪魔者扱いされてしまったよ。こんなことなら二次会にも行けばよかったよ」
「あらそう。女の子はお父さんに距離をとりたがる年齢なのかも?じゃあ次からは、気にしないでいいわ、子どもたちには戸締りだけはきちんと言っておくから」
「そうだな。僕も仕事で遅くなっても、気にしないで済むから、その方がいいかも。娘には嫌われたくないしな」
そうやって子どもは手を離れていくのだろう。ホッとしたような、寂しいような複雑な気持ちがした。