nk×sm 【ぬくもり】
※恋愛、自殺描写あり
「スマイル、おはよっ!」
「あぁ、Nakamu。おはよう」
俺に、彼氏ができた。
同性だったけど、ひたすらアタックして、告白して、断られて。それでも何度でもアタックした。
その努力実って、俺の思いがようやく彼に伝わった。
もう毎日が楽しくって、会うたびニヤけちゃって、今が人生のピークなんじゃないかって毎分思ってる。
本を読む真面目そうな横顔も、時々見せる笑顔も、驚いたときのオーバーリアクションも、照れ隠しの文句も、全部が大好きだった。
今日は、初めてスマイルの家に遊びに行った。
「おじゃましまーす!」
「好きなとこ座っていいよ」
「今飲み物持ってくる」
スマイルの部屋は思ってたより綺麗で、思っていた通り本がたくさんあった。自分が知らない哲学かなんかの本もあれば、俺がオススメした文庫本も置いてある。
やっぱり、大好きな人の部屋はいいもんだ。自分がまだ知らない彼の姿を知れるのが嬉しくて、頬が緩んでしまう。
「飲み物とお菓子持ってきたよ」
「うわ、ありがとう!」
スマイルが持ってきたお盆には、氷たっぷりのジュースとシュークリームが乗っていた。俺の好きなものを知ってくれている喜びで胸がいっぱいで、ついテンションがあがってしまう。隠そうとしても、うまく隠せない。
そんな高ぶった俺の気持ちを抑えることができただろうか。
俺は立ち上がって、スマイルに抱きついた。
「スマイル、大好き」
俺がこうやって愛を伝えると、いつもスマイルは照れたように返事をしてくれる。昔は拒絶していたのに、最近は受け入れてくれるようにもなってきた。けどハグしたのは初めてだ。今日は、なんて言ってくれるかなぁ____
どんっ
スマイルは、俺の胸を両手で押して突き飛ばした。
お盆が床に落ちて、グラスが割れる。ジュースはこぼれて、シュークリームが潰れた。
「えっ?」
よろめいて、尻もちをついてしまった。
俯いた彼の顔を覗き込むと、真っ青だ。
「ぇ、あ、ご、ごめん」「けが、してない?」「いま、片付ける、から」
スマイルは、焦ったように捲し立てて部屋を出ていってしまった。
いま、拒絶、されたよね?
自分の身に何が起こったか理解できない。グラスの割れた音が脳裏にこびりついて離れない。
なんで、そんな顔したの?
「なっ、なかむ」「掃除、するからそこから動かないでね」
スマイルは、持ってきた雑巾とほうきでテキパキと割れたガラスをかき集める。その仕草には一切のムダがなくて、とても慣れているようだった。
俺には、それを呆然と眺めることしかできない。
やがて片付けを終えたスマイルは、俺の隣に座り直した。
「……ごめん」
「オレ、スマイルの気持ち考えてなかった」「嫌だったよね、突然ハグなんて」
俺が謝罪したら、スマイルは驚いたようにこちらを見た。
「いや、あの、今のは、俺が悪いの」
「俺さ、母親に抱きしめられるのが嫌いだったんだよね」
彼はそう言うと、ぽつぽつと喋りだした。
俺さ、母子家庭だったんだ。
母親、夜遅くまで仕事してて。俺が寝てる頃に帰ってくるの。
俺を起こして、抱きしめるの。それで言うんだ「大好きだよ、ごめんね」って。
それから、俺を殴るんだ。なんでだろうね、ストレス発散なのかな。痛くて、苦しくてさ。何でなのか、どうしてそんな事するのか昔は分かんなかった。今でもわかんない。
だから、怖いん。人のぬくもりが、抱きしめられるが。
「Nakamuのことは、嫌いじゃないよ」
自分の行動が彼のトラウマを呼び起こし、傷つけてしまった。
あんまりにも軽率な自分に嫌気が差しす。
もうこれ以上、隣りに居られない。
「いや、今のはオレが悪かった」「ごめん、今日は帰るね」
「じゃ、バイバイ」
せめてもの作り笑いを向けて、彼の部屋を後にした。
引き留める彼の声には聞こえないフリをして。
それから、どうやって家に帰ったか覚えてない。気づけば部屋のベッドに寝転んでいた。
オレは、誰かに抱きしめられるのが好きだった。テストで良い点をとったりしたら、お母さんが抱きしめてくれた。お父さんは、俺のことを軽々と持ち上げて抱きしめてくれた。小さい頃は、それがすごく嬉しかった気がする。
だから、みんな抱きしめられるのが好きなんだと思ってたのに。
そっか、スマイル、嫌だったんだ。
あーあ、傷つけちゃった。またやっちゃった。
俺は、抱きしめたかったのに。
抱きしめられたかったのに。
……人のぬくもりが、嫌いだって言ってたよね?
じゃあ、冷たかったらいいのか!
あぁ、やっと分かった!
俺はタンスを開けて、制服のベルトを手に取る。
試しにカーテンレールにかけてみたけど、これじゃ支えられなそうだ。
前に読んだミステリ小説では確か、ドアノブにかけていた。同じようにやればきっと出来る筈だ。
あ、でも本スマイルに貸しちゃった。まぁいっか。読み終わってるかな。感想、今日聞けばよかった。このトリックに、気づいてくれるかな。
ノートに簡単な手紙を書いて、ズボンのポッケに入れる。
ねぇスマイル
冷たくなったら、愛してくれるよね_____
さっき部屋を出ていったNakamuの顔が、忘れられない。
どうして、あんな悲しそうな顔をしたの?
触れられたとき、そんなに嫌な感じはしなかった。けど、駄目だった。怖い。殴られるかもしれなくて、ぬくもりを感じたくなくて。
でもNakamuは俺のことが絶対に大好きだ。だから大丈夫なはずだ。怖がることはない。
明日Nakamuにあって、もう一回謝ろう。そしたら、抱きしめてもらおう。
俺のことを心から愛してくれたのはNakamuだけだ。その愛にはできるだけ答えたい。何度突っぱねても離れなかったのは、アンタだけだ。
俺はとっくに、彼のことが大好きだった。
気恥ずかしくてなかなか言えなかった。もっと早く言えばよかった。こんなことに、なる前に。
明日は絶対に伝えよう。
スマホを手に取り、明日会いたいとメッセージを送る。
不安だけど、なんだか楽しみだった。
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