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#恋愛
篠原愛紀
やんわりと、けれどその瞳は真っ直ぐに私を捉えた。
「私は思いました。何故、貴方はあのまま引き下がったのかと。妹さんにいきなりあんな事を言われて、悔しくなかったんですか? 『いいえ。私も頑張ります。私が跡を継ぎます』……貴方の母親はその言葉を期待していたんじゃないですか?」
パチンと扇を鳴らし、顎を扇で触る仕草は手慣れている。
撫でるように扇を巧みに扱う彼には、――私の気持ちも読まれているようで。
彼の碧い瞳には、何だか嘘を吐けなかった。
「多分……私、ずっと決められて生きてきたのを文句も言えないくせに、不満だらけで。やりたくもない跡取りを土下座してまで取り返したくなくて」
目頭が熱くなり、じわじわと視界が滲んでいく。
涙は流しても声は我慢しようと唇を何度も噛む。
「明日から私は何者になるのかだけが心配な……つまらない人なんです。私」
強い決意も強い望みもないくせに、感情だけはしっかりある、操り人形。「貴方はずっとそう泣いてきたんですか? 一人で」
辛かったでしょうに。
そうデイビットさんは言う。
私の気持ちを理解しようと、目を閉じて。
「母の命令は、鳥かごの中の私には絶対ですので」
「鳥かごの中でさえ自由に鳴けない貴方と私は会うために生まれてきたのかもしれません」
デイビットさんは、意味深な言葉を吐くと瞳を開けて桜の木を見上げた。
そして私には届かない枝に、長い手を伸ばし簡単に花びらに触れた。
――貴方と出会うために。
甘美で夢のような言葉。
「イギリス人は賭けが好きです。私と勝負してみませんか?」
「賭け?」
「私が勝ったら、泣くのを止めて一晩、私のモノ になって下さい」
「一晩、私のモノ?」
一晩、デイビットの命令を聞くと言う事?
「一晩、共に過ごしてほしい、という意味です」
薄く開いた唇が、なんだかセクシーで自分でも驚くぐらい胸がどきどきした。
私を一晩扱き使うにしても、舞しか踊る事を知らなかった。
だからマッサージをしたり晩酌に付き合うやはたまた料理を作れと言われてもできる自信はない。
「それで、私が勝ったら?」
「この鳥かごから、自由にしてあげましょう」
自信満々にそう笑う。
私が20年間苦労して生きてきたこの鳥かごから、そんなに簡単に自由になれるなんて信じられない。
その自信が妙に鼻に付 く。
この人は自由も、名誉も名声も富もある。
何 一つない自分への驕りと優越感に浸っているだけなんだ。そう考えると甚だしい。
その余裕が私をさらに劣等感の籠に閉じ込める。
そんな甘い言葉……信じられない。