あのとき、一瞬でもまふゆのことを優しいと思ったことを後悔した。
「私、絵名のこと嫌いだったの」
「は…?」
私を見るなり急にそんなことを言う目の前の少女。私だってあんたのこと大嫌いよ。なんでも持ってるくせして、どうでもいいと決めつけるその姿勢。私にもその才能分けてほしいくらいよ。
「今描いてる絵も何にも響かないし、昔から下手だと思ってた」
「ッッッ!!だから何よ!あんたには分かんないと思うけど、人が一生懸命時間かけて作ったやつをそうやって貶すの止めなさいよッ!!」
「……絵名には、絵を描く才能ないんじゃない?」
「なっっに、を…!!」
何か言葉にしようと思ったが、言葉が出てこない。すると涙が自然と流れてきて、言葉は嗚咽となって出てきた。
こんな無感情野郎に言われる言葉なんて意味ないのに。なんにも分かんないやつの言葉なんてまともに聞いたって……
私が声を出せないことをいい事に静かに近づいてくるまふゆ。
「な、によ…言いたい、こ、とは…それ、で、終わり?」
まふゆは黙ったまま、私の顔を舐めた。やっぱり甘くておいしい、なんて言葉を零すまふゆに、驚きで涙が枯れてしまった。
「何、してるの…?」
「私は、絵名のことが嫌い。絵も声も、全部嫌い」
嫌い、嫌いと言いながら顔に残ってる涙を全て舐められてしまった。その顔はいつもみせるあの無表情の顔なんかじゃなくて、優しい顔つきだった。
「ほんとに何してるの?」
「…絵名の涙って甘いのよね。だから泣かせた」
「…はあ?」
よく分からない。今ならまふゆと同じ気持ちになれるだろう。説明不足すぎる。もっと優等生らしく丁寧に説明してほしい。
「前に、絵名の涙を舐めたことがあるでしょう?」
「ああ、私が泣いてたときの…急に意味わかんない行動してきてびっくりしたけど」
ちょっとしたことで父親と喧嘩して、嫌になったからセカイに逃げ込んで自暴自棄になった時、たまたま会ったんだっけ。その時急に涙を手で拭ってそれを舐めて、甘い、なんていうから驚きで涙が止まったんだっけ。てか、その後めちゃくちゃあやされたし。
「あのときは絵名も泣いてるし、それ以上しなかったけど、今回は私が泣かせたしいいよね?」
「どういうことよ…」
全く分からない。そもそも私の涙が甘いなんてどういうことだ。普通はしょっぱいものじゃないのか。
「今日分かったんだけど、絵名って全部が美味しいんだね」
「は?」
「涙がなくてもね、美味しいって感じたの。涙ほどじゃないけどね」
「ちょっと、話が見えないんだけど」
「ねぇ、唾液の味ってどうなんだろうね」
「は?ちょっ、まふーーー」
キスされた。それも深くて長めのの。どうにか押しのけようと抵抗してみるけど、部活もちゃんといってる高校生相手に、私が抵抗という抵抗すらできるはずなかった。
ファーストキスなんだけどって思ってる余裕もなくて、こういうとこでも才能って発揮されるんだって思って。口の中の水分を全部余ることなく味わうように絡め取られている。私の声も、私すら知らない声を大嫌いなまふゆによって出されて、知られてるなんて恥ずかしい。
流石に息が続かないので、必死に肩を叩くと、顔を離してくれる。見ると余裕そうな表情のまふゆ。
「絵名、やっぱり私絵名のこと好き」
「…あ、そ。私は、嫌いよ」
私だけが息が切れているようで、そんな私を待つのかのように見てくるまふゆ。
「…久しぶりに、こんなに美味しいと感じた。ありがとう、絵名」
「…どういたしまして」
その割には私が失ったものは大きいけど。
「ねぇ、絵名」
「────────」
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