TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

次は——


停車駅を告げるアナウンスの声。

ああ、まだ。

まだ時間はある。





「今日も疲れたね」


いつもの路線。演劇部の練習の帰り道。


大道具担当の綾は最後の仕上げに忙しくて、役者仲間の慎二は、友達の家に泊まるらしい。


それで帰りは、私と陸の2人きりになった。


疲れた、と大げさな動作で手すりに寄りかかる陸の顔を、こっそり盗み見る。


細く筋の通った鼻、マスクをしていて今は見えない、薄い唇。

黒くて長い前髪は、憂いを帯びた黒い瞳を半分隠している。


やっぱ整ってるなあ。お客さんにきゃーきゃー言われるだけある。


そんなことをぼんやり考えていると、ふと目があって、慌ててそらす。


車内アナウンスが耳に入る。まだ一駅しか進んでいない。


「で、藍香はどうなの?」


急に話しかけられると、頭が混乱する。


「え? 私?」

「うん。慎二との夫婦役。だいぶ苦戦してるみたいだけど」

「えー、そりゃそうじゃん。だってあんなやつが旦那だなんて」

「あんなやつって。慎二が聞いたら泣くぞ」

「いいよ。むしろ泣かせてやりたいよ」

「ひどいなあ」


ひどいと言いながら、全くそう思っていないような笑い声。

アンニュイな雰囲気の割に、笑い方は年相応だ。


それから少し沈黙が流れる。


うーん、なんだか今日は、うまく話を続けられない。


告げられる駅名。別れるのはまだ先だ。


別に気まずい訳じゃないのに、沈黙に耐えられなくなって、スマホの電源をつける。


インスタグラムを開くと、ストーリーの通知。


慎二の投稿が目に入る。泊まった先の友達にちょっかいを出している。くだらない動画だ。


くだらないけど、なんだか面白くて、つい笑いがこぼれる。


「なにそれ」


突然、顔のすぐ近くに気配を感じる。


陸が隣で、私のスマホを覗きこんでいる。


髪が頬に触れる。彼のワイシャツから洗剤のにおいがする。


無意識に、息をひそめてしまう。


細い指が私のスマホに伸びてきて、動画を巻き戻す。


動画を見終わった陸が、ふふふ、と小さく笑う。


「おもろ」

「ほんと馬鹿だよね」


目を見合わせて、2人でもう一度笑う。

いつもは温度の低い彼の瞳は、こういう時だけとても温かい。


今の停車駅で、折り返し地点。


「夫婦役って本当に難しいなって、痛感してるんだよね」

「まあ、まだ高校生の俺たちじゃ、想像してもしきれないよな」

「結婚もまだだもんね」

「ね……あれ、でも藍香は結構、恋愛経験豊富じゃなかったっけ」

「はあ?」

「だってほら、この前の文化祭で」

「いや、あれは告白されただけだし、恋愛経験とかじゃないじゃん」

「まあそっか。あれって結局、断ったんだっけ」

「そりゃそうだよ。だって好きか分かんなかったんだもん」


次の言葉を言おうとして、急によろける。


急カーブに差し掛かった電車が、大きく揺れたのだ。


背の低い私は吊り革を握っていなくて、背中側に大きくよろめいた。


とっさに伸ばされた手が、私の腕を掴む。

倒れかけた体は、間一髪のところで止まった。


「うわあぶな、ありがと陸」

「お前ほんと危ないわ。吊り革持てよ」

「だから届かないんだって。喧嘩売ってる?」

「あーあーごめんごめん。じゃあ、俺のカバン吊り革代わりにしな」


陸はそう言って、肩にかけられた通学カバンを示した。


「じゃ、遠慮なく」


わざと体重をかけてカバンを引っ張ると、おい! と笑いを含んだ咎める声が降ってきた。


すぐそばの手すりを持てばいいのに。

なんて、どちらも言わないんだよな。


「……で、陸はどうなの」


ちょっとだけ声色が変わってしまう。

ん? と陸がこちらを見る。


「どうって何が」

「恋愛経験的な」

「恋愛経験」

「ね、なんかさ、誰かいないの?」


好きな、人、とか


急に、返事が返ってこなくなる。


前髪越しの目が、細められている。


何かを誤魔化すように。こらえるように。


無意識に自分も、目を細めていた。


急に顔が熱くなって、それ以上言えなくなる。


「ま、なんでもいいんだけどさ」


逃げるように息を吐く。

なんでもよくは、ない。


次は——


停車駅を告げる、アナウンスの声。


もう、降りなくてはいけない。


「じゃあ、私はここで」


足早にホームへ出る。

そこで振り返って、またね、と声をかける。


また明日、と返ってくる声。


それからドアが閉まるまでの間、


ほんの少しだけ長く、目が合った。



ああ。


あと一駅あれば、


好きって言えたのに。

loading

この作品はいかがでしたか?

49

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚