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【夜と16とハロウィンと】
「おっ、…って、大丈夫?リィラちゃん」
小石に躓き転んだ私に、ヴァンパイアが手を差し伸べる。
「ありがとう」
「うん、全然いいよ。ケガは?」
「無い」
「よかった」
町広場を出て少し進むと、意外とすぐ近くにヴァンパイアが居た。
「じゃ、路地裏はもう少し先だよ。一緒に行こっか」
「うん」
ヴァンパイアは比較的安全そうに見えるので、普通について行って問題は無いだろう。
1分ほど歩き、薄暗い路地裏へ着く。
なぜここなのだろうか…?という疑問は浮かんだが、街全体を見て回るという目的では正しいのかもしれない。
「ヴァンパイア」
「うん?どうしたの?」
「トリック・オア・トリート。」
ヴァンパイアに、テンプレートの質問を投げる。
そろそろ口が慣れてきた。
「じゃあトリートで。ほら、これどうぞ。」
『少し怖いかもだけど』、という言葉を添えて、人の指を模したクッキーを渡される。
「これ…ハロウィンとかでよく見る、目玉グミとかと同じ系統の?」
「そうそう。見た目はただの指だけど、味は人間向きだから食べてみて」
促され、指の付け根の方を一口齧った。
…美味しい。血のようなこれはイチゴジャムだったようだ。
ヴァンパイアの言った通り、見た目こそ怖いものの、味はただの美味しいクッキーのようだ。
「…美味しい」
「気に入ったならよかった」
微笑むヴァンパイアが、私にも質問を投げる。
「ところでリィラちゃん?」
「何?」
「トリック・オア・トリート」
少し想定外だった。
今までは、こちらに聞かれるより先に相手の過去に触れていたから、そういうフォーマットが決められているのかと思ったが…どうやら違ったようだ。
「トリー───」
そこまで言い、言葉が止まる。
おかしい、お菓子が入っている袋が無い。
そこで私はハッとした。
「…転んだとき…、」
そうだ、あのとき。
ヴァンパイアと合流したときに転んでしまい、恐らくそのまま置いていってしまったのだろう。
「…無いね、袋」
ヴァンパイアも気付いたようだ。
「ごめん。取りに行っ───」
「え?なんで?」
…え?
「お菓子が無ければトリックでしょ?さっきまであったとはいえ、今は無いんだし。」
「……。」
それはそう。ぐうの音も出ない。
出ないが、トリックとは一体何をするのだろう?顔に落書きをする?靴に虫のオモチャを忍ばせる?
考えた私は、そのまま聞いた。
「何をするの?トリックって。」
「そりゃもちろん決まってるでしょ?」
ヴァンパイアが、自身の牙を指差しながら言う。
「血だよ、血。俺吸血鬼なんだから。」
…え?
「血?」
「血。」
…確かヴァンパイアは、出会った最初に『人間の血は吸わない』と言っていた。
「それは自分の血で補うんじゃ?」
「あー…あれは嘘だね。」
平然と言った。
あまりにも、あっさりと。
「どこからどこまでが?」
「そんなことは後で教えてあげるから。ほら、吸うよ?お菓子無いんでしょ?」
恐怖より先に、色々な疑問が浮かんだ。私はそういう人間なのだ。
痛いのだろうか?血を吸われ、眷属になったりするのだろうか?
「ま、待っ───」
問おうとした瞬間、首筋の血管に牙が突き立てられる。
血を吸われ始めた瞬間、なぜか全てを理解したような気がした。
まず、痛くない。それだけで『もういいや』と思ってしまう。
首筋に何かがあり、そこから血液が吸われていくのを感じているだけ。恐ろしいほどに感覚が無いが、吸血の影響で感覚が無くなっている訳ではなく、ただ単に吸血がそういうものなのだろう。
色々考えているうちに、首筋から牙が離れた。
「あー、美味しかった……これが1番のトリートだね」
少しだけ放心状態になっていたが、すぐに気を取り戻した。
「…ねぇ、ヴァンパイア」
「ん?どうしたの?」
「血を吸われて、私に何か起こる異変はある?」
「あー…それ、いつも聞かれるんだよね。」
ヴァンパイアが、私の左隣に座って説明を始める。
「まず、眷属にはならないし、吸血鬼にもならない。」
「ただしその代わり、人間には戻れなくなる。妖怪でも人間でもない、曖昧なものになる。」
「だから、一応毎回選ばさせてるんだよね。その曖昧な生物として生きるか、それともそのまま最大限血を吸われて死ぬか。」
「でも、なぜかほとんどの人間が死ぬことを選ぶの。これは俺も分かんないよ、吸血に催眠効果なんて無いはずだし。」
「まぁ、話が逸れるとアレだからそこは置いといて…。人間じゃなくなる、もしくは死ぬ。それと、噛み痕がずーっとそのまま。生まれ変わっても、ね。」
そこまで話して、こちらを向いてくる。
「で、どう?感想とかある?」
感想…か。
「それくらいなら全然いいや…とかは思ったよ。」
「いいんだ…。吸った俺が言うのも何だけど、変わった子だね」
「よく言われるよ。可愛くない子供だって自覚はある」
「そんなことはないんじゃない?血美味しいし」
「吸血鬼目線でしょ、それは。」
「あはは、確かにね。」
「ところで、聞きたいことがあるんだけど。」
「何?」
「あのさ…、どこからどこまでが嘘なの?」
最初に『嘘』と言われてから、ずっと気になっていた。
「えーっとね…、まず、ヴァンパイアなのは本当。」
「それは分かるよ」
「まぁそっか。で、パシリ帰りだったのも本当。」
「それは興味無い」
「そっか。で、この町の名前が『チルドラート』っていうのも本当ね。」
「意外と嘘ついてないね」
「ここからだよ?」
ヴァンパイアが一呼吸置く。
「で、『人間の血は吸わない』っていうのは勿論嘘。ついさっき吸った。」
「私のね」
「うん、ご馳走様。で、月イチで吸わないと発作が出るのは嘘。3日で出るよ、俺の場合。」
「早いね」
「個人差はあるけどね。1番短かった奴で2時間、長かった奴で月イチ。」
とんでもなく詐称している。
「で、種族は何でもいいっていうのは本当。種族性別血液型問わず吸えるよ、好き嫌いはあるけど。」
「自分の血で補えるっていうのは?」
「さっき言ったでしょ、嘘だよ。」
「好き嫌いっていうのは?」
「1番嫌いなのが、3万歳以上でAB型の大天使。1番好きなのが、15歳未満でO型の人間。AとOが混ざってると尚好き。」
……私だ。
「…11歳、O型、人間…。」
「母親がO、父親がAでしょ?」
…………え?
「なんで知ってるの?」
「妹さんから聞いた。」
「リィラから?」
「そう、本物のリィラちゃんから。」
「どうして?」
「どうしてもこうしても無いけど…一応説明しておく?」
「うん」
「9月15日…、リィラちゃんが失踪した日。その日は、太陽が完全に隠れるほど曇っていたよね。」
「その日、実は町長がゲートの管理ミスをしちゃって。俺は俺の世界とこの世界を跨いで、君達の世界に来たの。」
「行き場に困っていたとき、ある人間から良い匂いが漂ってきたんだ。9歳だったか10歳だったか忘れちゃったけど、Aが混ざったO型のいい匂いが。」
「その人間のところへ行くと、リィラちゃんは下校中だったんだ。」
「『ねぇ』と話しかけると、赤い瞳に鏡みたいに俺が映った。」
「そこはただの細道だったんだけどさ、そのときお腹が空いてたのもあって、どうしても我慢できなかったんだよね。」
「君と同じように、妹のリィラちゃんを吸血した。予想通りホント美味しかったよ、君とほとんど同じ味。」
「そのとき、前例通りに聞いたんだ。『人間ではない何かになるか、このまま死ぬか。どっちがいい?』ってね。」
「そしたら、彼女は死を選んだ。理由は教えてくれなかったけどね。」
ヴァンパイアは『なんでだったんだろうな』と呟いたあと、小さな溜息をついた。
「…で、君の妹が失踪したんじゃないかな」
「死体は?通学路には無かったらしいけど」
「あー、それね…。」
悩む素振りをこちらに見せる。
「獣が食ったんじゃない?」
…獣。
それは、”どっち”のことを指すのか私には分からなかった。
「…ベルゼバブ?」
「それはあいつ本人に聞いたらいいんじゃないかな。…残念だけど、次はミイラ。住宅街の中心だよ」
「…ありがとう」
順番で考えると、最初がパンプキン、その次が雪女さん、ゴースト、ヴァンパイア、次がミイラ。…となると、残りはベルゼ、そして町長と黒猫。
おそらく、ミイラの次がベルゼだろう。
「それじゃ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
少し歩くと、誰かが駆け寄ってきた
「リィラちゃん。リィラちゃん…。」
「…ゴースト?」
後ろを見ると、お菓子の袋を持ったゴーストが居た。
「落とシ物。遅カった?」
「ううん、大丈夫。ありがとう、ゴースト」
「そレならヨかった。また後デね、リィラちゃん」
袋を受け取り、ミイラが居る住宅街へと向かう。