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みひろは、きろるやせりほど近寄りがたい存在というわけではない。でも、るえむはみひろと積極的に親しくなりたいとは思わなかった。自分が彼女の友だちとして相応しくないことは明らかだったし、おそらく本能的にそれを理解していた。だから強がりなどではなく、こうして時々話せるただのクラスメイトでよかった。
――第一、俺には生涯の親友がいるのだから。
その親友さえ隣にいてくれれば、たとえ誰に嫌われたとしてもるえむはきっと平気だった。
「あっ、るあんだ」
席に座ったばかりのみひろが、主人を見つけた犬のように声を弾ませて立ち上がり、教室の入り口へ駆けていく。登校してきたのは、辻るあんだった。
「るあん、おはよー。今日は遅刻しなくて偉いやん」
先ほど自分に向けられた態度とは違う、本当の友だちに向けた態度。
「寒すぎてはやく目が覚めた」
小さく欠伸をしながらるあんが答える。
「るあん様、今日もかっこええなあ」
「あんなに寝ぐせついてんのにな」
るあんに自ら話しかける勇気を、るえむは持ち合わせていない。自分のような二軍が彼女の時間を拘束するのは、流石に烏滸がましく思えた。
「はやいって言っても遅刻ギリギリやけどな。とりあえず、はやく着替えて。体育館行かな」
「え、今日って一時間目体育やっけ。だる……。みひろ、一緒にサボろう」
「あかんって。るあん、遅刻しすぎて一時間目の単位、どれもヤバいやん」
「……確かに」
二人から視線を外し、みひろは席を立った。別に、嫉妬ではない。本気でるあんを好きなわけでもない。ただ、プールの中から見上げる太陽のように、あまりにも眩しいものは、ずっと見つめていると眩暈がしてくる。
言わずもがな、るあんも一軍だ。
このクラスの一軍は、きろる・せり・みひろ・るあんの四人で形成されていると言っていい。
(うちのクラスは何故か女子の方に権力が偏っている)
入学して一カ月も経つ頃には、誰に振り分けられたわけじゃないのに、誰もが教室での立ち位置をわかっている。言い換えるなら、スクールカースト上の自分の位置を。
ルックスがよいか、抜群にコミュニケーション能力があるかなど、他の生徒よりも目立っている、上位数パーセントの生徒たちが集まる一軍。
普通という言葉では片づけられないが、もっとも多くの生徒が属する二軍。
容姿に恵まれない生徒や、変わり者の掃き溜めである三軍。
大きくはその三層に振り分けられる。
容姿も並、これといった才能も持ち合わせていないるえむは、もっとも多くの生徒が属する二軍の中層にいた。そして、一軍に憧れる一方で、そのポジションに満足してもいた。
華やかな一軍でもないが、三軍のように日陰にいるわけでもない、ごく普通の高校生である自分に。
それにこの世の中で流行っている物語の主人公は、普通の人間という設定で溢れている。
だからるえむは、この教室にいつか運命的な出来事が降り注ぐのなら──それが何なのかはわからないが──それはクラスメイトの誰でもない自分の元にやってくると、心のどこかでそう信じていた。
「れもん、準備できた? 体育館、一緒に行こ」
席を立つと、るえむはいつものように、山吹れもんを誘いに行く。二学期のはじめに自分がくじで引き当てた廊下側の席とは違い、窓際の乃愛の席は陽が当たって羨ましい。
「うん、できたよ。行こ」
人懐っこい笑みを浮かべ、れもんが立ち上がる。彼こそが、るえむにとっての生涯の親友。
当然ながられもんも、二軍の中層に属している。
他の学校ではわからないが、この教室において違うランクの者同士が親友になることはほぼない。つまりれもんは、自分と同じレベルの、どこにでもいそうな平凡な生徒だ。
「今日、めっちゃ寒ない?」
「うん、めっちゃ寒い」
一月の冷え切った廊下は、まるで死刑台へと続くようだった。
寒さを紛らわすように、るえむはれもんと腕を組む。
れもんとは小学生の頃からの幼馴染で、これまで二人で過ごしてきた時間は計り知れない。
家が近所だったことから、登下校を共にするうちに仲が深まったのが始まりで――放課後にお互いの家を行き来するようになると、れもんの母は自分たちを兄弟のように可愛がってくれ、夏休みになると必ず、アウトドア好きのれもんの父が、キャンプに連れていってくれるようになった。
動物たちの鳴き声が木霊する森の中、二人で張った小さなテントで寝袋を並べて眠るとき、るえむはれもんと本当の兄弟になれた気がしてうれしかった。
どんな下らない話にも彼は笑ってくれる。だかられもんといるとき、るえむはお喋りになった。ただの二軍女子である自分が、れもんと話しているときだけは、この学校の主人公のように思えた。