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それは、ほんの偶然だった。
放課後、教室に忘れ物をしたことに気づいて戻ったけど、廊下の角で足を止めた。
聞き覚えのある声が、少しだけ近かったから。
「まなとってさ、優しすぎじゃない?」
笑い声。
それに続いて、まなとの声。
「そう?でも、ああいう子は放っておけないでしょ」
「ああいう子、って?」
「一人で抱え込みそうなタイプ」
その言い方が、妙に引っかかった。
「守ってあげたくなる感じ?」
「まあ、そんな感じ」
軽い調子。
深い意味なんて、たぶんない。
それでも私は、その場から動けなくなった。
――放っておけない。
――守ってあげたい。
それが自分だけのものじゃないと、改めて突きつけられた気がして。
教室に戻らず、そのまま帰った。
まなとに声をかけられても、「ちょっと用事ある」と嘘をついて。
それからだった。
距離を取るようになったのは。
⸻
「……最近、冷たくない?」
昇降口で、まなとが言った。
「そう?」
私は靴ひもを結びながら、視線を合わせない。
「前は、もうちょっと話してた」
「前が、近すぎたんじゃない?」
まなとは言葉に詰まる。
「俺は、普通だったけど」
「まなとは、ね」
立ち上がって、ようやく目が合う。
「でも私は、普通じゃいられなかった」
「どういう意味」
「期待するの、やめただけ」
「なんで」
わたしは一瞬迷ってから、静かに言った。
「聞いちゃったから」
「なにを」
「まなとが、誰かのこと話してるの」
まなとの表情が少し変わる。
「廊下で。
“放っておけない”とか、“守ってあげたい”とか」
「……それだけ?」
「それだけで、十分だった」
私は小さく笑った。
「私も、そう思われてるんだって勘違いしてたから」
「勘違い?」
「うん」
まなとは否定しようとして、言葉を止めた。
「否定できないでしょ」
「……」
「誰にでも優しい人だって分かってたのに」
主人公は視線を落とす。
「自分だけ特別だって思いそうになるの、怖くなった」
「だから冷たくした?」
「冷たくしたんじゃない」
「じゃあなに」
「自分を守っただけ」
少し間が空く。
「俺はさ」
まなとは低く言った。
「誰かを放っておけないのと、
離れてほしくない相手がいるのは、別なんだけど」
主人公は驚いたように顔を上げる。
「それ、今言う?」
「今言わないと、離れてくでしょ」
「……簡単に言わないで」
「簡単じゃない」
一歩、距離が詰まる。
「勝手に決めつけられるの、嫌なんだけど」
主人公は一瞬だけ目を閉じた。
「だったら、最初から特別扱いしないで」
その言葉に、まなとは何も返せなかった。
「今日は帰るね」
主人公はそう言って背を向ける
その背中を見送りながら、まなとは初めて思った。
優しさが、誰かを遠ざけることもあるんだと。
それから数日、私は意識的にまなとを避けた。
話しかけられそうになったら、先に教室を出る。
目が合いそうになったら、スマホを見る。
名前を呼ばれても、気づかないふりをする。
――冷たい。
そう思われてもいい。
近づくより、期待しないほうが楽だと分かってしまったから。
⸻
「ねえ、最近どうしたの?」
友達にそう聞かれても、主人公は曖昧に笑うだけだった。
「別に」
「まなとと喧嘩?」
「してない」
「じゃあなんで距離あるの」
「……私が勝手にやってるだけ」
それ以上は言わなかった。
言えば、戻れなくなる気がしたから。
まなとside
一方で、まなとは明らかに落ち着かなかった。
「最近、お前元気なくない?」
そう言われて初めて、自分がぼんやりしていることに気づく。
「別に」
「“別に”多くない?」
まなとは返事をしなかった。
頭の中に浮かぶのは、あの背中ばかりだった。
冷たい言い方。
視線を合わせない癖。
――本当は、戻りたくなかったわけじゃない。
そう思えてしまう自分が、妙に苦しかった。
⸻
昼休み、まなとは意を決して主人公の席に向かった。
「ちょっといい?」
周りの視線を感じながらも、主人公は顔を上げた。
「なに」
その距離感に、胸がちくっとする。
「話したい」
「ここで?」
「……場所変える?」
少し迷ってから、主人公は立ち上がった。
⸻
誰もいない階段の踊り場。
沈黙が先に落ちる。
「避けてるでしょ」
まなとが先に言った。
「避けてない」
「嘘」
「嘘じゃない」
「じゃあ、俺のこと見ない理由は」
〇〇は視線を逸らす。
「見る必要、ある?」
その一言で、まなとの表情が固まった。
「そんな言い方しなくても」
「じゃあ、どんな言い方ならいいの」
「……」
「優しくされるのが、前よりしんどいだけ」
〇〇は静かに続けた。
「期待しないって決めたから」
「決めた、って」
「勝手に決めた」
「俺は?」
「まなとは、今まで通りでしょ」
「違う」
即答だった。
〇〇が驚いて顔を上げる。
「なにが」
「今まで通りじゃない」
少し間を置いて、低く言う。
「離れられるの、想像以上に嫌だった」
「……」
「誰にでも優しいのは、否定しない」
「なら」
「でも」
言葉を遮るように、まなとは一歩近づいた。
「離れてほしくない相手まで、同じ扱いにされたくない」
〇〇は唇を噛んだ。
「それ、ずるい」
「なにが」
「離れそうになってから言うところ」
「……そうかも」
正直な返事だった。
「でも、気づいたのは本当」
「遅いよ」
「分かってる」
一瞬の沈黙。
「私ね」
主人公は小さく言った。
「まなとが誰かを“放っておけない”って言うたびに、自分の居場所がなくなる気がした」
「居場所?」
「まなとの隣」
その言葉に、まなとは息を詰める。
「最初から、そこにいないほうが楽だって思った」
「……勝手にいなくならないで」
「それも、ずるい」
「分かってる」
でも、今度は目を逸らさなかった。
「それでも、言わせて」
まなとは静かに続ける。
「俺は、〇〇に離れてほしくない」
「……」
「誰かを守りたい気持ちと、
隣にいてほしい気持ちは、ちゃんと別だから」
〇〇は何も言えず、ただ見つめ返す。
「まだ信じなくていい」
少しだけ声を落として言った。
「でも、冷たくなる前に話してほしかった」
〇〇は、ゆっくりと息を吐いた。
「……話したら、戻っちゃいそうだった」
「戻っていい」
「簡単に言わないで」
「簡単じゃないから、言ってる」
二人の距離は、あと一歩で触れそうだった。
「今日は」
〇〇が先に視線を逸らす。
けれどまなとは〇〇の目を見て視線を逸らさない。
「まだ、答え出せない」
「うん」
「でも」
小さく続ける。
「完全に離れるつもりも、ない」
その言葉に、まなとはわずかに息を吐いた。
「それでいい」
「……欲張り」
「今は、それくらいで許して」