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「僕にもこんな話がある」
彼はある町のスラム街で、元オリンピックのメダリストと友達になった話を始めた。
「彼女は体操の選手で、目標は金メダルだった。そのために、すべての努力をかけてた。言い換えれば、そのためなら何でもやる人だった。すごい、と最初は思った。でも、親しくなるうちに考えが少し変わってった」
青年は身を乗り出した。旅人は続ける。
「思春期に発育が進まない薬を飲んだり、ドーピングを多用したツケが出ていた。サーカス団に入ったりしていたが、しまいには動ける身体ではなくなった。それ以上細かいことは、話したくない」
旅人は両手を組んで下を向いた。
どこからか、ケバブの匂いが漂ってきた。
「逆に言うと、そこまでするくらいメダルの価値ってすごいんだね」と青年は言った。
「金メダルの方が、健康よりも価値があるって思う?」と旅人は言った。
「だって、健康な人なんて街中にいくらでも見つけれるよ。でも、メダリストはその辺からは見つからない」と青年は言った。
「君は資本主義社会に毒されてるな、僕はそうじゃない世界も見てきたもんだから」と旅人は言った「価値は需要と供給の関係では決まらないよ」
「でも、普通そういうふうに決まるんじゃないの」と青年は言った。
「経済の価格は、相手があっての相対的な価値だ。僕の言ってるのは純価値だよ」と旅人は言った。
「言ってる意味が、よく分からないよ」と青年は言った。
「君の持ってるものに、相手がどれだけの価値をつけるか。君はその価値で手放すかどうかっていうのが、経済の値段っていう価値だ。相手がたまたま予想よりも高く値を付けるかもしれない。低くつけるかもしれない。君の側も同じだ。さらに、相手も君も、その場の状況で価値を変える」と旅人は言った。
「どういうこと?」と青年は言った。
「例えば、腹が減ってて他に食べ物がないときは、ドッグフードにも高い価値をつけるかもしれないし、満腹なら、たとえ腕のいいシェフが作った、スパイスの効いたシシケバブにも価値をつけない」と旅人は言った。