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3話目。最後。
▫︎ ▫︎ ▫︎
「っは、……はぁ、ッ、」
もうこんな夢のことなんて今の自分には関係ない話だ。地上の世界のことは知らない。今が幸せ、それで良い。けれどいくらそう思い込もうとしても過去のしがらみはスマイルを雁字搦めにしてなかなか離してくれなかった。
きんときが自分に注いでくれる愛情は、はじめこと戸惑ったものの徐々に受け入れられつつあった。それでもずっと怖かった。いつ祖父母がかつてそうしたように捨てられるか。暴言を吐かれ嫌われるか。
きりやんが突然いなくなってしまったように、両親がうみのそこに沈んでいったように、きんときも消えてしまったら。
優しい人ほど、スマイルに優しくしてくれた人ほど、姿を消していく。脳裏でスマイルに向けられた3つの優しい微笑みが霧散していく。
(きんとき、)
考えているうちにまた無性に怖くなった。今すぐその大きな手で抱きしめて欲しかった。ベッドを抜け出し、ふらふらと廊下を泳ぐ。書庫にも自室にも姿がない。スマイルの顔色が青ざめていく。
どこ、どこにいるの。きんとき、
「きんとき……ッ」
「どうしたの?」
はっと息を飲んで振り返る。そこには優しい微笑みを携えたきんときが立っていた。
「どこにいたってスマイルが呼んでくれたら駆けつけるよ」
「……ほんと?」
「うん。何があったって、いつだって」
スマイルはきんときの胸に飛び込んだ。優しく背中に腕が回されて、抑えていた嗚咽を漏らした。
「い、いなく、ならないで、きんとき、」
「俺はいなくならないよ」
「ずっと、ずっとおれのそばにいて」
「うん。いるよ」
スマイルは両親を失ってから初めて、子供のように声をあげて泣いた。祖父母に抑圧されて忘れていた泣き方をようやく思い出したかのように、今まで理不尽に受けた苦痛、そのとき我慢した分まで清算するように、泣き続けた。
「一緒に寝ようか。安心できるように」
きんときはスマイルをお姫様抱っこして、ゆっくり泳ぎ出す。向かう先はスマイルの自室。
「寝て起きても俺はここにいるから」
布団に一緒に入り込んで、毛布を被せると、スマイルはきんときに抱きついた。泣き疲れたのだろう、退行してしまったような仕草は愛おしさも痛ましさも感じさせた。
その背に腕を回して、以前読んだ本で母親が幼子にしていたように、毛布の上から優しく一定の周期で背中を優しく叩いてやる。人の子はこうすると、お母さんのお腹の中で感じていた心拍音と無意識に重ね合わせて安心できるらしい。
「……きりやんにあいたい」
「きりやん?」
「おれの友達……急に、いなくなっちゃった。みんな、神隠しにあったんだ、って」
「Nakamuたちに聞いてみるよ。人探しならシャークん……いや、Broooockの方が得意かも」
優しく背を叩かれ、思考が緩慢としてくる。
「ぶるーく?」
「うん。太陽の神様だよ。俺と対をなす神で空の上にいる」
「そら……」
眠気に抗えない。まだきんときの声を、話を聞いていたいのに。スマイルは閉じかけた瞼を開いては閉じる動作を繰り返す。
「そのうち会わせてあげる。だから、おやすみ」
優しく囁けば、少し表情を緩めて眠りに落ちた。きんときは背中を叩く手を止めて、右手でさらりとスマイルの頭を撫でた。
刹那、流れ込んでくる記憶の数々。
(……なるほどね)
出会った日に海に落ちた経緯を聞かれて口ごもった理由も、そのときに心を読めなかった理由もわかった。人間についてスマイルから、本から、たくさん学んだ今のきんときだからこそ知り得た過去だった。
不思議ときんときの心は凪いでいた。以前ならば怒りを全面に露わにして、海を荒らしただろうか。もっと前、スマイルと出会う前ならば、そもそも一人の人間の過去など知ろうともせず、興味も持たなかっただろう。
『海に関することだと、有名なのは、人間が堕落したことに怒った神様が洪水を起こした、とか、』
スマイルが教えてくれた話を思い出す。どうやら海の神様は人間に憤るとき、洪水を起こすらしい。なお、これは海の神様も知らなかったことだが。
まぁ、それに従ってやるか。きんときは怒っていた。スマイルを散々傷つけた挙句海に突き落とした祖父母に、見て見ぬ振りをした村人たちに。人間に特別な感情を抱くのはこれで二回目だ。一回目は底知れぬ愛おしさを、二回目は血が沸き立つような憤りを。それでも眠っているスマイルの手前、柔らかい微笑みを崩さなかった。決して表に怒りの感情は出さなかった。愛しい子の前でそんなことはもうしない。
(洪水なんてわざわざ起こしたことないけど、うまくやれるかな)
さらり、スマイルの目にかかってしまった髪を耳にかけてやりながら、考える。うまくやれなくたって良いか。
復讐は復讐しか生まないから無意味だ。
そんなことを書いていた本もあったか。けれどきんときが行うのは復讐なんて生やさしいものではない。
それは歴とした、神からの天罰だ。
▫︎ ▫︎ ▫︎
「おはよう、スマイル」
本当に、起きてもそこにいた。柔らかく微笑んでくれるきんときに、スマイルはぱちぱちと瞬きをした。
「……おはよう」
「うん。朝ごはん、食べようか」
きんときは朝食、昼食、夕食といった概念も覚え、スマイルがねだらずともご飯を与えてくれるようになっていた。生活も価値観も、今や完全に人間と同じようだ、と朝食を頬張りながらスマイルは思った。
「ごちそうさまでした」
手を合わせれば、きんときもそれに従う。ようやく覚醒した脳で、スマイルはようやく彼が正装を見に纏っていることに気がついた。
「あ、今日仕事か」
「うん。でもすぐ帰ってくるからね。あと、昨日言ってたスマイルの友達が見つかった」
あまりにさらっと伝えられたから、スマイルは話を聞き流す体勢できんときの言葉を最後まで聞いていた。え、と一拍遅れて間抜けな声が漏れる。
「昨日話した太陽の神様、覚えてる?」
「ああ、えっと、ぶ、ぶ……」
「Broooock。太陽神様。俺も驚いたんだけどさ、Broooockが攫っちゃったみたい。スマイルの友達」
そんなうっかりさんみたいな口調で攫っちゃったみたい、とは。首を傾げると、きんときは少し困ったように笑った。
「俺がスマイルにしたように、Broooockはきりやんを攫ったらしい」
「……そんな偶然あるの?」
「ね。Broooockと話して、二人が今日来てくれることになってるから、寂しくないと思う」
さらりと頭を撫でられて、スマイルは目を細める。村人たちが言っていた通り本当に神隠しだったとは思わなかった。しかしどんな形であろうと親友と再会できるなら嬉しい。
「ありがとう、きんとき」
「うん。じゃあ行ってくるからね。少し遅くなるかもしれないけど、Broooockたちと待ってて」
「うん。いってらっしゃい」
「その前に」
優しく額にキスを落とされて、スマイルは目を見開いた。唇以外にするキスなんて教えていないのに。
「いってきますのキス」
ふふ、と柔らかく笑って部屋を出ていったきんときに、スマイルは目を見開いたまま額をおさえて固まった。
これは、些か恋愛小説ばかり読ませすぎたかもしれない。きんときが上手に回ってしまった。
▫︎ ▫︎ ▫︎
「っスマイル、!!!」
「ぁ、きりや……」
ふわり、抱きつかれてスマイルは一瞬驚いたが、すぐにその表情を緩める。約一年ぶり、だろうか。
「よかった、スマイル、俺がいなくなってどうしてるかと……!!」
「ぇへ、俺もよかった。ずっときりやんのこと心配してた」
再会を喜ぶ二人の人の子を柔らかい表情で見守る、赤い装束と瑠璃色の瞳をした人がいた。いや、人ではない。彼こそが太陽神の名を司るBroooockだろう。
「太陽神様」
「あは、様も敬語もいらないよ。きりやんにも普通に話させてるから」
「じゃあ……Broooock?」
「お前適応早いのな」
曖昧に笑う。すごく既視感があるから、とは言わなかった。
それからスマイルときりやんはお互いに神様に拾われてからの話をした。どうやらきりやんの方は家で眠りについたはずが目を覚ましたらすでに空の上だったらしい。まさに神隠しだ。
「それからはもう働き詰めよ。大変ったらない」
「え〜、きりやん優秀だからさぁ」
「限度ってもんがあんだろ!数日前まで人間だったやつに強いる仕事じゃなかったって!」
きりやんとBroooockは時々そんな言い合いをしながら、しかし仲良く色々なことを話してくれた。
Broooockは仕事を怠けがちで、たまにNakamuが叱りにくる話。知識があり、スマイル同様本を読んだり勉強することが好きなきりやんもNakamuによくしてもらっていること。Broooockは料理がうまいらしく、中でも中華が絶品と聞いたときは少し羨ましかった。
「中華……食べたいな」
「スマイルは何食べてんの?」
「鮭」
「……と?」
「1日3食鮭」
きんときに関する話を食生活の面からしてしまったせいで、きりやんの彼に対する印象は最悪になってしまった。
「この期に及んでスマイルを虐待しやがって、神だろうと許さない」
そういって今にもきんときを探し出して一発拳をお見舞いしそうな剣幕のきりやんを宥め、深呼吸をしてスマイルは話し出した。
きりやんがいなくなってから海に落ちるまでの経緯。きんときとの出会い。初めは人間に疎くて、お互いに何もかもが手探りだったこと。ある一件からのきんときの変化。最近は本からたくさんのことを学び吸収し、人間同然の暖かさを持って接してくれる話。
話しながら、気がついたらずいぶん多くのことをきんときと経験してきたものだ、とスマイルは思った。そうか、もう彼と出会ってから半年も経ったのだ。
「そうか、……最後まで老害は老害だったな」
「まぁ、おかげできんときと出会えたから」
「……お前は優しすぎるんだよ」
「本心だよ」
目を細めてスマイルは微笑む。海での生活は地上の日々で疲弊した心身を癒してくれた。ここでなら好きなだけ本を読んでいても怒られるどころか褒められるし、暴言を吐くしわか嗄れた声の代わりに愛を囁く透き通った声があるし、何より手をあげずに頭を撫でてくれて、抱きしめてくれるきんときがいる。
悪夢を見れば一緒に眠ってくれる。愛しい人の喪失を描いた物語を読んで寂しいと思う。スマイルのために泣いてくれる。
これを愛と言わずなんと言うのだろう。
今はひたすらきんときと過ごす全ての瞬間が愛おしかった。
「まぁ今幸せなら良かった。しかしでかい書庫だな」
「うん。一生かかっても読破できないと思う」
「はは、人間ジョークだな」
それからは村で過ごしたように他愛無い話をしたり、書庫の端の端にあった知らない言語で書かれた分厚い本を開いて一緒に解読しようとしてみたりして遊んだ。
きんときといるときとはまた違う楽しさがあって、スマイルはあどけない子供のように笑った。
(あぁ、よかった。お前もそういうふうに笑えるようになって)
その笑みを見て、きりやんも微笑んだ。
スマイルに初めて話しかけた日のことは今でも鮮明に覚えている。酷い状態だった。細い体躯に紫苑の瞳は濁りきって、今にも宵闇に溶けて消えてしまいそうな儚さを纏った彼に気がついたら声をかけていた。
笑わないし泣かない。感情が抜け落ちてしまっていたスマイルの姿は、どこか幼い子供に乱雑に扱われてあちこちが汚れた人形を想起させた。
そうだ、大人のくせをして幼稚な頭をした祖父母が全て悪いのだ。
「……復讐したいと思わない?今ならできるだろ。きんときもいるし」
「いや?俺はここで平穏に暮らせたらそれでいい」
「うん、それがいいよ。話してなかったけど、神様は無作為に人間を傷つけると即刻神の位を追放されるからね」
Broooockの言葉に二人はそういうものなのか、と頷いた。
「聖書が言ってることと全然違うよな」
「それ、俺もきんときと初めて会ったとき思った」
全く同じことをきりやんが言うものだから、スマイルはまた声をあげて笑った。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「そろそろ帰ろうか。地上に日が出てないと僕は力が保てないからさ。ここにずっといると溺れ死んじゃう」
「そっか。またね、きりやん」
「おう、またな〜。今度はBroooockの飯食いに来いよ!」
神殿の入り口まで二人を送っていった。今日もふよふよと漂うガーディアンを一撫でし、書庫に戻る。
きんときの口調的にBroooockときりやんが空に戻るまでには帰宅するのかと思っていたが、そうではなかったようだ。とはいえ夕飯までには帰ってきてくれる。今はそう、絶対的な信頼があった。
「スマイル」
新しく開いた本を一冊読み終えるか、という頃。ふと聞き慣れた声が響いた。
「Nakamu。久々な気がする」
「そうだね。一ヶ月ぶりくらいかな」
にこり、空色の瞳を細めるNakamu。せっかくなら二人がいる間に来たら良かったのに、とスマイルは思った。彼のことも話題にあがっていたし、きっと話がもっと盛り上がった。けれど創造神というだけあって忙しいのだろう。
「行きたかったことには行きたかったけどね。ご想像通り俺はきんときやBroooockの倍くらい仕事してるからさ」
「、あ、そりゃそうか、Nakamuも心読めるか」
「うん。まぁBroooockは元からサボりがちだったけどさ、きんときは仕事熱心だったからスマイルが来てすぐの時はどうしようかと思ったよ」
肩をすくめて言うNakamuに、少し申し訳ない気持ちになる。創造神の神を煩わせている。人間としてはあまりに重すぎる罪ではないか。
「はは、冗談。そんなに重く考えなくていいよ」
「優しいな、Nakamuは」
「……ううん。優しい優しくないの以前に俺は神だからさ」
数千年の付き合いだろうと、掟は掟。
そう前置きをして、Nakamuは書庫の床に体育座りをしているスマイルに、自身も座り込んで目を合わせた。
「君は賢いから遠回りして伝えようとしたところで察してしまうと思う。だから単刀直入に言う」
———きんときは神の座を追放される。
▫︎ ▫︎ ▫︎
「ここか」
水泡に包まれて、村の上空20メートルほどのところから地上を見下ろす。海に面しており、畑や木々に囲まれていて立地に恵まれた村だ。立ち並ぶ家の配置はスマイルの過去を覗いたときの記憶と一致していた。
海が近いのなら都合が良い。存分に力を発揮できる。意図的に海を荒らすことなんて初めての経験だった。当たり前か、と息を吐き出して笑う。それは即ち神としての終わりを意味するから。きんときは瞳を閉じ、深呼吸をして海に向き直る。
きんときは決して無計画に、ただ体内で渦巻く怒りを発散するために地上に来たわけではない。前々から少し考えていたことだ。実行に移すのが早まっただけ。むしろこれでスマイルをいじめた人間たちを道連れにできるならば一石二鳥だ。
一発。一発で確実に全員仕留めて、スマイルのところへ戻る。神の座を追放される前に地上に戻れば、きんときが持ち得る神の力を失い人間となる。スマイルが人間でいることを望むなら、きんときも人間になればいい。そうして有限の命を共に生き、共に死にたい。
瞳を開く。津波、というにはあまりにも大きすぎる波が体現した。視線を村に動かせば、それだけで波はとてつもない速度で移動を始める。
さぁ、時間がない。あの村が波に飲まれるところが見れないのは気がかりだが、シャークんが気付くまでどれくらいの猶予があるかわからない。想定では30秒。最高位の神といえど全知全能というわけではない。裏を返せば、全知全能ではないというだけで、この世で最も、限りなく全知全能に近い存在。
書庫にテレポートしたのはあくまで賭けだったが、ピースは上手く嵌ってくれた。驚いたように目を見開くスマイルをお姫様抱っこして、最高速度で泳ぎ出す。
「きんとき、!どうし……」
「ごめんね、後で説明する。でも俺たちはずっと一緒、それは絶対だから」
その言葉に安堵したのか、それ以上は何も言わずきんときに身を委ねるスマイル。
3000年過ごした家、ずっと護衛をしてくれたガーディアンたち。
さよなら、俺が愛した深海へ。
それらが見えなくなると、頭を光らせながら泳ぐチョウチンアンコウやその大きな体をどこか気怠げに動かすシーラカンスが見えてくる。おそらく水深1500メートルほどだろう。目標の三分の四は進んだ。ここまで概算で15秒ほどだが。
「きんとき」
低い声が耳元で聞こえた。浮上する速度が急激に低下する。嘘だろ、この神。最悪の想定の倍の速さで来やがった。唇の端を歪める。
「……?きんとき?」
「主は神としての禁忌を冒した」
スマイルが不安げにこちらを見上げてくる。大丈夫だよと言って微笑みたいのに、それさえままならない。
「今この瞬間から、海洋神の座を追放する」
こぽり、口から泡が溢れた。吸い込んだ水で酷く咽せる。人間は、水に潜っている間息を止めるんだっけ。シャークんの声が聞こえなくなって、泳ぎ出そうとして、顔の筋肉が引き攣った。
人間の体では泳ぎ方がわからない。あまりにも致命的だ。
「きんとき、!!」
スマイルが腕の中から離れる。最期に抱き締めようとしたのにな、と少し寂しく思った。
▫︎ ▫︎ ▫︎
「きんときは神の座を追放される」
目の前でそう言い放ったNakamu。しかしそれを聞いたスマイルは案外冷静だった。
「……どうして?いつ?」
「さっき聞いたんでしょ。人間を無作為に傷つけたら神の座を追放されるって」
「聞いた。でもきんときは人間を傷つけたりしないはず」
多くの本を読んで人間のことを知った。何より多くの時間をスマイルと過ごした。今なら胸を張って言える。きんときはこの世で最も人を愛する神だと。
「確かにきんときは人間のことを愛せる。……時にスマイル、愛する人が第三者によって傷付けられたらどう思う?」
「……許せない」
なんだ、そういうことか、と思う。
「……復讐は復讐しか生まないから無意味だという人がいる。それについてはどう思う?」
本を閉じて、Nakamuに向き直る。
「俺は」
きっと半年前の自分なら全面的に同意する。復讐なんて馬鹿なことをせずに静かに暮らしていればいいものを、と考えていたことだろう。
けれども今のスマイルは違う。
「それでも愛する人を優先してしまう醜さこそ、人間を人間たらしめるものだと思う」
もっと効率的に生きればいいと思う。常に素直な聖人君子でありたいと願う。そう思っても、願っても、愛を前にして非効率な道を選び嘘をついて誰かにとっての悪人になる。
その姿は決して神聖とは言えない。けれどそれが人間だ。当たり前だろう、だって人間は神じゃないのだから。
「……そう」
Nakamuは柔らかく微笑んだ。この子はしっかり覚悟ができている。あるいはきんとき、お前の考えもどこまで悟られているかわかったものではないな。そう静かに思う。
「さぁ、そろそろきんときが君を迎えにくる。俺とはここでお別れだ」
「わかった。今までありがとう、Nakamu」
「こちらこそ。楽しかったよ、スマイル」
「……あ、待って」
立ち上がってNakamuを引き留めた。ひとつだけ心残りがある。
「Broooockときりやんに、こっちは大丈夫だからって伝えてくれない?」
「あぁ。わかった、確かに伝えておくよ」
柔らかい微笑み。瞬きをすればNakamuの姿は消えていた。
———あのとき聞いておけばよかった。こうなる可能性だって想像し得たのに。
「きんとき、」
二人で死ねるならまだよかった。共に過ごした海の中、手を繋ぎ抱きしめ合いながら死ねたなら。けれどスマイルにはなぜかきんときから譲り受けた力が残っていた。
水中だからひと一人抱えて浮上する分にはスマイルにもできる。けれどこのままではきんときが死んでしまう。
『あれ?さっきはすんなりいったのに』
『ごめん、…….ごめんね、スマイル、っ』
『いってきますのキス』
はっと息を飲んだ。そうか、あぁ、そうだ。脳裏に浮かんでは消えた声。人間味を帯びて、出会ってから半年が経とうと、いつだってきんときが変わらずにスマイルにくれたもの。
きんときの頬に指を這わせ、その顔を両手で包み込む。触れた肌からは今まで感じたことのなかった体温を感じた。
ゆっくり、きんときと唇を重ねる。スマイルからしたキスはこれで二回目になった。一回目と違うのは、吸い込んだ空気を全て吐き出し、息を吹き込んだこと。
「おきて」
柔らかく微笑んだ。
「あいしてるよ、きんとき」
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「おきて」
誰かの声がする。
「あいしてるよ、きんとき」
俺も愛してるよ、と返そうとして、一体誰に?と考えた。愛とはなんだ。人を愛するとはどういうことだ。愛している、と言い合うのは、お互いの愛を確かめるのは。
「……ッ、!!!!」
目を見開く。スマイルは意識を失って、あわやきんときの頬からその指が離れるところだった。すぐに脱力した体を抱き寄せて、速度を上げて浮上する。
スマイルに分け与えた神の力はシャークんに取り上げられなかった。それをキスで受け渡してくれたのだろう。
残された力はそう多くはない。
日光が差し込む。珊瑚礁が見えた。魚たちが泳いでいる。
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▫︎ ▫︎ ▫︎
波の音が聞こえる。なんだか妙に暖かい。
「おはよう」
目の前に誰かの顔がある。深海を閉じ込めたような瞳は、見紛うはずもない。
「……きんとき」
「スマイル」
知らぬ間に砂浜に二人並んで横たわり、手は固く繋がれていた。
「太陽が出そうだよ」
きんときが起き上がって、スマイルもそれに倣った。水平線から日が差し込む。眩しくて目を細めた。
「日の出は初めて見る」
「……そっか。綺麗でしょ」
「うん。すごく綺麗」
ふと頬を暖かいものが伝って、きんときは目を見開いた。なんだ、これ。
「ふふ、」
スマイルがふわりと微笑んで、それを拭った。
「……それは、きんときが人間になった証明だよ」
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「シャークん」
「ん?」
「あれわざと?」
「あれって?」
「スマイルに力残したの」
「さぁどうでしょう?」
いたずらっ子のように笑う彼に、Nakamuはやれやれと肩をすくめる。
「この結果でよかったんですか?」
にやりと笑って問うNakamuに、シャークんはふ、と唇の端を緩める。
「いいんじゃないっすか」
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書き始めたときからシャークんさんの「いいんじゃないっすか」で締めるのは絶対にやろうと思ってました。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
コメント
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わー!! 完結おめでとうございます! そして書いていただきありがとうございます!! 「力が欲しいか」「欲しいです」 「いいんじゃないっすか」 動画の台詞で始まって動画の台詞で終わるのめっちゃいいですね…!?