テラーノベル
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☆第二話☆
状況がうまく飲み込めない。俺は死んだのか。なぜ俺を殺した熊になった。
ずっと同じ疑問を咀嚼し続けるが、一向に飲み込める気配はない。
彼は彼の屍から震える手でスマホを取り、操作しようとする。
(クソ…)
熊の手だからか、ディスプレイがタッチを受け付けてくれない。
仕方なく電源ボタンを押すと、ディスプレイが光る。
通知欄には「不在着信 3件」の文字が。
どれも由喜からだった。
とりあえず電話しなければ。エマージェンシーコールならかけられるだろう。
この場合は警察か。
とそこまで考えたところで、彼の頭の中に疑問がうっすらと浮かぶ。
今の状態で警察にかけたら、駆除されるのは俺だ。
今の俺は熊だ。話せない。人間の敵だ。
だから頼れるやつはいない。自分でなんとかするしかない。
彼は熊になってしまった。人間ではない。街では暮らすことができない。
そんな彼が今行くべき場所はひとつだ。
(とりあえず森…かな)
彼はゆっくりと山の方向へ歩き出した。四足歩行は慣れていないので少しふらつく。
木々が十分に深くなってきて、月の光も届かなくなってきたところで、彼は今更に思う。
(…腹が減った)
腹が減った。水も飲みたい。
だがあたりには木の実など食えそうなものはなにもない。
仕方なく山をあてもなく上っていると、少し光が見える。
山中の家のようだ。かなり古い。
一軒家を紹介するテレビ番組にはぴったりの場所だろう。
彼は引き込まれるようにして光へと足を運ぶ。
その時、食欲を誘う匂いがした。
焼いた魚か。香ばしい匂いがする。
耐えられない。腹が減った。もう限界だ。ご飯、ごはんが食べたい。
彼はドアを頭突きで突き破って中にはいる。
家に入ると、住人のドタドタと足音が足に響く。
理性を食欲に支配された彼は操作されているかのように匂いの元へ歩く。
そこには老夫婦がいた。
80前後といったところだろうか。
主人は彼を見るとすぐさま一抹の迷いなく動き、妻を守るように腕を広げている。
(ご飯、ご飯、ごはん、ごはん、ごはん…)
だがその防御は食欲で手段を選ぶことすらできない熊の前では、哀れなほどに非力であった。
大地は思い切り頭突きをして、主人を突き飛ばす。
主人は壁に背中から激突して、うっ、と息を漏らして吐血した。間一髪で逃れた妻の方は、腰を抜かして動けなくなっている。
「たすけて、たすけてえ」
彼はゆっくりと近づき、必死に助けを呼ぶ妻の首を鋭利な爪で掻き切った。
主人の方もしばらく苦しそうにしていたが、少しして一度多量の血を吐いたあと、ぷつんと糸が切れたように倒れ、全く動かなくなった。
邪魔者は誰もいなくなった。
彼はグリルから焼き鮭を引き出し、むしゃむしゃと食べる。
おいしい。身体に染みる。
物足りなかったので、冷蔵庫を開けて冷えたサーモンにかぶりついた。
おいしい。おいしい。身体の隅々まで満たされていく。
蛇口を捻り、冷たい水を飲む。
おいしい。乾きがなくなっていく。
空っぽだった彼の容器に、幸せがとくとくと注がれていく。
すっかり満腹になって満足した時に、彼は自分がしたことの重みを知った。
なんだこれは。俺がやったのか。
生々しい血が流れる現場を見ながら、彼は思う。
半ば逃げるようにして家を飛び出した。
殺してしまった。人を。2人も。
強い罪悪感が胸を締め付ける。
できるだけ遠くに行こうとして、急いで一軒家とは反対方向へ必死に走った。
コメント
1件
うわ……読み終わってしばらく動けなかった。スマホがタッチできないところから「ご飯、ごはん」と本能に飲まれる流れ、生々しすぎた。理性が戻った後の罪悪感の描き方が重くて、胸がぎゅっとなる。熊になってまで由喜さんのこと気にかけてるのが切ない……「食べる」シーンの幸せと直後の地獄の温度差、表現としてすごく好きです。続き、どうなっちゃうんだろう……
瀬名 紫陽花
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