コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
体が壊れ、四十九日を過ぎた。
私は幽霊になったので、友達の所で魔法を試した。
Bちゃんは、華やかに煌めいた女の子。知らなかった。Aくんを好きみたい。
花言葉による恋文代行。 まる一日の期限を理由に心を吊ること。つまんないな。応援したのに。
惰性で流す涙。植物の柔らかな香り。
健やかなあなたをいくらみつめても、もう、欲しいの?って、月の笑みで、ガムやラムネを分けてくれない。私の目は、ビームを使えなかった。
Cくんは、鋭く涼やかな男の子。知らなかった。誰かの声が怖いみたい。
寝ては起き、二時間で四度も繰り返した。私にもみえない透き通った悪者に投げ付けた雑書から、逃げるように埃が浮くこと。
濃く刻まれた隈。掻き毟る頬から滲む血。手足の隠れた部分に潜む青。
カラフルなあなたの流れ星の髪を撫でたって、もう、止めろよって、別段満更でもなさそうに、尖った歯を輝かせてはくれない。私の指は、念力を使えなかった。
Dちゃんは、淑やかでいじらしい女の子。知らなかった。文章で殺せるみたい。
飛沫を上げて炎天の下を潜り、夕方は俯いて静かに歩き続け、時折空を思い出す。社会への浅く薄い絶望を芸術と凶器に変えること。
死ね、と打ち込んでは消して、割れた液晶を頼りなく殴りつける。暮れどきの林。
賢いあなたと並んで呼びかけたところで、もう、秘密だよって、雲を捕まえるようなやすらかさで、花の解説をしてはくれない。私の口は、テレパシーを使えなかった。
Eさんは、強く正しい女の子。知らなかった。期待されるのが苦しいみたい。
壊す勢いで鍵盤を叩いた。飾られてあるガラスのトロフィーを金槌で粉にすること。電球に照らされ、奇麗だった。
風を切る自転車。籠に載った安定剤と注射器の束。
清らかなあなたに飛びつこうとしたが、もう、欠伸よって、にわか雨を降らせながら抱き返してはくれない。まるで追いつかない。私の足は、瞬間移動を使えなかった。
Bちゃんの、引き出しに仕舞われている、私がお返しであげたピーチグミのパッケージ。
Cくんの、鏡台に置かれっぱなしの、私が遊んで怒られたときのファンシーな柄のピン留め。
Dちゃんの、整った詩に綴られる、知識のない私が何度もたずねた沈丁花の花言葉。
Eさんの、譜面の角に残る、何かで滲んで汚れたブーケの絵。
願うまでに、あなたたちは私を忘れる。
忘れたくないと遺している私の面影は、色を持つ限り、跡形なく、
忘れられる。
忘れられたい。
別の想いを代わりに、絶えまなく、忘れてほしかった。
ぐるんと回想を遂げ、私は、誰ひとりとも一喜一憂できていなかったことに気がつく。
魂に心はないらしい。
私は記憶だ。
***
向日葵畑の端に立つと、花々がまるでこうべを垂れる信者のようにみえた。つい腕を掲げてみた。神様はいませんと叫ぶと、ファンタジーを望む彼が有り得ないと抗議した。一から十まで、ゼウスさんが創ってくださったって。
泳ぎ回る魚群が銀ぎら光った。彼は、海が宇宙と繋がっているとか、何か奇妙なことを語っていた。
番らしき蝶が通り過ぎた。僕たちみたいだと彼が真剣に呟くので、おかしくて思わず吹き出した。
部屋の天井に蛍光シールを切り貼りした。暗くなったら二人でベッドに倒れ込み、今、百パーセント嘘の空だねといったら、彼が世界を塗り替えた。
汗で湿った彼の手が次第に熱を帯び、反対に私の頭は圧迫され、冷たく冴え渡っていった。
呼吸が少し止まり、遠い遥かに潮の音をきいた。
太陽の眩しい光線が、瞬く間に現れ、覆い尽くし、消えた。
彼の弁解はいつもわかりづらかった。
僕だけでいいだろ。
君と過ごすたびに苦しくなる。
助けて。
全部嘘なんだろ。
偽物ならやめてくれよ。
なあ。
私にはわからないまま謝っておく癖があったけれど、彼との場合、原因はわかっていた。
形に示そうと努めすぎたせい。本当なんて確かめようがないのに、求められて困ったから。
君は、優しく穏やかな男の子。知らない。私のことを好いていた程度なんか、知る由もない。
運命や、天の定めや、あらゆる不思議な力で私との関係を確かめようとしていた。数値やアルファベットで相性を占った。よく、偉人に代弁させていた。不健全だと思った。
鍵のかかった浴槽で無造作に混ぜられた三種類の洗剤。太く縛られたビニールの縄。花束。礼服。ライター。練炭。
混沌とした君に「私も好きだよ」と答えたとしても、もう、ありがとうって、どうしてかさほど嬉しくなさそうな顔で唇を寄せてはくれなかった。
私は、愛を使えなかった。
君が弾き出され、主の抜かれた体は倒れた。
私は祈れなかった。君が望んだ順路も、忘れられるという欲も。
急速に褪せていく、君が、私をみた気がした。
私は、初めて君の、真の幸せをみた気がした。
君が色を失う。
***
朝と夜を行ったり来たり。教師が恋人と連れ添う。両親がコンビニでアイスを買う。虹が架かる日のアスファルトはダイヤモンドが散らされたよう。幼児がレインコートを脱がせてもらう。ミニチュアの包丁。ノートブックを携えて恐れるように周囲を振り返る男子中学生。増えた交通安全のポスター。プラスチック製の柄が欠けた櫛。幸福論を抱えて溜め息を吐いている女子大生。フェルトのカメレオンを掛けたトートバッグ。空の部品は輝いている。
記憶が私だ。
全てを忘れる機会は亡くなったのだろうか。マーブル模様に混ざることなく、僅かに変わることなく、保たれたまま。
覚えていることしかできないというのは、途方もないことだと思った。
ただ、私が居る。
記憶が在る。
君は儚くなく、私を永久に忘れないことを選んだ。