ライブラに入ってから約2年、今日も仕事が忙しい。ライブラ構成員は通常、各々に最適な任務を1日に何個か同時に遂行している。潜入捜査はチェインさんを軸とした作戦で、組織的な事件には構成員が集合して対応する。そして血界の眷属が現れた時はほぼ全構成員が出動し、互いを最大限カバーしながらもリーダーの封印をサポートする。つい先日、ちょうど血界の眷属との戦いを終え、個人の任務の量が軽減された。また数日すると元に戻るのだろうけど。大きな戦いの時には私は特に、ついつい血を使いすぎて貧血を起こすか体調が少し悪くなる。スティーブンさんが言うには理由はそういうことらしいけれど、他のメンバーと同じくらい遠慮なくしてくれても全くもって構わない。どちらかと言うと自分でも、事務作業より出向きの任務の方が楽しい。苦手では無いし、やれと言われたらその分こなす自信はある一方で、なんせ肩も凝るし、目も疲れる。そういう所を見れば、デスクワーク1色では無いうちの秘密結社は私に向いていると改めて感じる。だけど、デスクワークのメリットがふたつある。ひとつはライブラに貢献出来ること、もうひとつはうちのリーダーと同じ空間を過ごせること。仕事に個人的な感情が入ってしまうことは、我ながら情けない部分のひとつであるけれど、それで仕事が捗るのであれば、一石二鳥だと思いたい。クラウスさんは、リーダーであるが故、ミーティングやお偉いとの交流なんかもあるので席を話すことも少なくは無いけれど、基本的にパソコンや資料と睨めっこして、気分転換にギルベルトさんの紅茶を嗜むことが多い。そんなクラウスさんをたまに、気づかれないように横目で見ながら仕事をすることもよくある。クラウスさんは私にとって完璧な上司だ。コワモテで、2mを超える巨体だけど、人一倍優しくて、真っ直ぐで。純粋で律儀で。考えるより先に体が動いて、人を助けてしまう。そんな人。クラウスさんの全部が、私が彼に惹かれる理由だ。
でも、私の思いは心の中だけで。彼と私はただの上司と部下の関係で、それ以上の関係を持とうなどとは思ったこともないし、考えたこともない。だって、私は彼と共に居られるだけで、彼の部下であるだけで、彼に褒められるだけで十分幸せなのだから。それなのにそれ以上を求めるなんて、おこがましいし、そもそも彼と私は釣り合わない。
HLの夏。構成員は事務所の気温がとんでもなく高く、おまけに先程の雨天で湿度がガタ上がりしたため、あまりの不快感に口を開く気力も無くしていた。シーンと静まり返り、太陽がジリジリと照りつける効果音だけが鳴り響くようだった。
「っんで空調壊れてんすかダンナァ!」
「すまない、修理は既に手配している、来週にはどうにか直ると思うのだが」
「ァァァァやってらんねえ」
「ザップさん黙ってくださいアンタの叫び声で余計暑くなります」
「言い返してえトコだが確かに一理あるな、だがよ、問題なのはてめえだリトル!!」
「なに?」
「君、その格好暑くないのかい」
「いやマジで」
「え?」
「え?じゃねーよ、んだセーターにジャケットて、信じらんねえ、視界に入るだけで不快だぜ」
「いや……私は万年これですし……今更不快だとか言われても……」
「うっせえ!!せめて上のスーツは脱げ!!」
「いいけど……」
「アグネス、君がそこまでその格好にこだわる理由はなんなんだ?」
「知りませんか?ジャパンの少年探偵団というノベルですよ」
「ジャパン?意外な答えだな」
「そこに出てくる登場人物が本当に好きで、格好をイメージして真似ているんです」
「自分の好きな物をモチベーションにすることは悪いことでは無い、心置きなく好きな格好をすべきだアグネス」
「ありがとうございます、クラウスさん」
「そ〜ゆ〜ことじゃ〜ね〜んだよ〜」
「仕事しないアンタよりよっぽどましだろ」
「んだと陰毛頭」
「そうだ番頭、氷作ってくださいよ」
「ここでか?後処理はどうするんだ」
「んなもん後から考えればいいでしょ」
「ダメだよザップ、ギルベルトさんにまた迷惑がかかる」
「もう諦めましょうよ……来週まで待つしかないすよ」
「私、冷たいものか……なんなら扇風機とか買ってきましょうか」
「え!いいんすか!」
「うん、気分転換にもなるし」
「待ちたまえ、まさか自腹で買うつもりかね」
「?ええまあ」
「それはいけない、経費から落とそう」
「今月キツかったろう?いいのかクラウス」
「空調の修理もそうだが、こういう所で使ってこその経費だ、本当に厳しくなるなら私が出そう」
「じゃあクラウスさん、良ければ一緒に行きませんか」
「あぁもちろん」
「ダンナだけでいいだろ」
「経費から落とすなら……少し不安……というか、その」
「あ〜アグネス、分かってる、ありがとう、付き添ってやってくれ」
「?」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「クラウスのやつ、金銭感覚がおかしい所なくも無いからな」
「あーー、、坊ちゃん育ちすもんね〜」
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「運転しますよクラウスさん」
「すまない、では頼むとしよう」
「お茶飲みますか?」
「どうもありがとう」
「暑くないですか?」
「あぁ、問題ない」
「音楽かけますか?好きなジャンルなんでしたっけ」
「……アグネス」
「はい?」
「…君は実に思いやりがあって丁寧な女性だ、私は君のような部下を持って本当に良かった」
「えっ、本当ですか?」
「もちろんだとも」
「ありがとうございます、嬉しいです!」
「君がいつも構成員に対しての気配り、気遣いが出来ているのは皆も気づいているだろう、感謝している」
「……光栄です、とても」
お礼を言いたいのはこちらの方だ、構成員のことを家族のように大切にして、危険な目に合ったら胃に穴があくほど心配してくれるのに……
好きだー!!!という気持ちを抑えるのにいっぱいいっぱいで、なんだか運転どころじゃないな
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